産休・育休をとる先生の代わりの講師がいません(見つかりません)。もう半ばあきらめています。」

「本来の配置より2人少ない体制で、なんとかやりくりしていますが、近隣校も似た状況で、感覚が麻痺してきました。」

「方々に連絡をとって、やっと講師先生が見つかりました。もうすぐ70歳の方に頑張っていただきます。」

「病気休職の代わりの先生が来ないので、教頭が学級担任を兼ねています。」

 ここ数ヶ月のあいだに、こうした話を各地の教育現場(公立の小中学校)から立て続けに聞いた。

 もうすぐ総選挙で、与党は公立小学校の35人以下学級が実現する見込みであることをPRし、野党はもっと少人数化が必要だと訴えたりしている。また、文部科学省と中央教育審議会は、「令和の日本型学校教育を担う新たな教師」とのかけ声で、相変わらず、高い理想を掲げた議論をしている(一方で、教職員増などリソースの話はほとんどしていない)。

 だが、当の教育現場は、先生がいない、足りないという、もっとも土台のところでグラグラしている

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

 あなたが小中学生の保護者なら、学級担任が配置されず教頭がやむをえず代わりをしていたり、その教科の専門ではない先生がやむなく担当していたりしたら、不安だろう。当然、子どもたちにも影響が出てくる。だが、実際、そういう事態になっている学校もある。

 35人以下学級の導入、あるいは30人学級化等は、教員需要を増やす。教師のなり手がいなければ、あるいは国、自治体がケチって正規の教員増に予算を付けない場合は、学校はもっと苦しい状況になる(参考1、2)。

参考1:西日本新聞:「現場が大変なことに…」35人以下学級、教員の悲鳴

参考2:妹尾昌俊:【少人数学級の影、副作用】先生の忙しい日々は改善する? 悪化の可能性も

■出産を祝福できない教育現場

 公立学校の場合、文科省が教職員の定数の標準を決めている。つまり、児童生徒数などに応じて学級数を決め、その学級数などに応じて教職員は何人配置されますよということは示されていて、一定の財源も国が手当てしている(その財源のもと実際の配置の検討、決定は各都道府県と政令市の教育委員会である、図)。

図 学級編制及び教職員定数に関する国、地方の役割

出所)文科省資料

 だが、冒頭で例示したように、本来の配置数に満たない体制、つまり、欠員、未配置の状態で綱渡り状態のまま、なんとか持ちこたえている学校も多い。

 なぜ欠員になってしまうのか。

 直接的には、年度途中に病気休職等が発生しても、補充できる講師が不足しがちな事情がある。

 また、地域・学校によっては、教員の年齢構成がアンバランスで、20代、30代が多いところもある。産休・育休を取得する人が増えると、代替の講師がなかなか見つからないケースも多々ある。新しい命が生まれて、おめでたい話なのに、「学校に迷惑をかけてすみません」という気持ちになる先生もいるし、一部の校長等のなかには、妊娠した女性教師をあからさまに迷惑がる人すらいるという。

 健康、出産、子育てを大切にできない職場であるとしたら、そこは果たして教育の場と言えるのだろうか。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

■なぜ、欠員(未配置)が多くなるのか?

 教育学部は各地にあるし、いくら少子化とはいえ、どうして、先生のなり手が不足してしまうのだろうか。

 ここ数年、公立小学校などで採用試験倍率の低下がよく報道されているが、この倍率低下と教師不足は、密接な関係がある(図)。

図 教師不足(教員不足)と採用倍率低下に共通する背景

出所)妹尾昌俊『教師崩壊』(PHP)
出所)妹尾昌俊『教師崩壊』(PHP)

 教師不足というのは、主には産育休や病休の先生の代わりの講師がいないという問題である。この講師はどこから来るのかと言えば、それは、採用試験で不合格だった人や家庭事情等で以前退職した人である。

 教員免許が必要なので、転職サイトやハローワークなどで手軽に人材が集まるとは限らない。採用倍率低下は不合格者が減ったということでもあるので、講師バンク(講師登録者数)は枯渇しつつある。

 しかも、職員構成が若返ることで産休・育休代替の需要は高まるし、病休者や離職する人が出たときも、代わりの人が必要となる。そして、病気になるほど精神的あるいは肉体的にキツイ職場であることは、教師不足と倍率低下の双方にマイナス影響を与えている。

 くどいようだが、少しまとめよう。地域差や校種の差はあるが、次の流れになっている学校もある。

 教員採用試験の倍率低下

 ⇒不合格者の減少

 ⇒講師登録者の減少(講師バンクの枯渇)

 ⇒病休や産育休の代替要員がなかなか見つからない

 ⇒各学校はいまいる人員でなんとかするしかない

 ⇒各学校はさらに疲弊する

 ⇒そんな職場では働きたくないと敬遠する人や離職する人も増える

 ⇒教員採用試験の倍率低下

 悪循環である。

 やむなく欠員が生じた場合、学校はどうするか。たとえば、教務主任といった学級担任をもたない人が臨時に担任を担ったり、特別支援や算数指導で少人数クラスにしていたところを一部割愛したりして、なんとかやりくりしている学校もある。前述のとおり、教頭あるいは校長が担任代行せざるを得ないケースも珍しくない。

 こうした教師不足、講師不足は、なにもコロナのせいで引き起こされているものではない。地域差はあるものの、コロナ前からも深刻な問題だった。たとえば、富山市では2019年4月1日に35人分の教師が不足し、始業式に学級担任を発表できない学校もあった

■実際、どのくらいの欠員(未配置)が発生しているのか

 実はこれまで文科省は、実際にどのくらいの人員不足が発生しているか、把握すらしていなかった。朝日新聞が各地の教育委員会に問い合わせて、ときどき報道されていたのだが、国は動かなかった。やっと今年度に調査することになっているが、あまりにものんきだ(本稿執筆時点ではその結果は公表されていない)。

 次のデータは、慶應義塾大学の佐久間亜紀教授がまとめたものだ。

出所)中教審での佐久間教授提出資料

 あるX県での2019年度の未配置の状況であるが、これを見ると、次のことが推察できる。

●未配置数が、5月は83人、9月には142人、1 月には218人になっていた。年度が進むごとに深刻化している。年度途中は、既に別の職に就いている人も多いので、代替者が一層見つかりにくいためであろう。

●最終的に未配置のままは、5月に43人、9月に89人、1月に61人である。

●本来はフルタイムの講師を当てるべきところ、この県では非常勤講師を多く雇用することで、授業に穴をあけまいと、なんとかしのいでいる。

●だが、非常勤講師は報酬も低めに設定されているし(「官製ワーキングプア」の問題)、基本的には授業のみを担当するので、校内の事務や生徒指導の困難な対応などは残された正規の教職員が担っているケースが多い。つまり、その学校の教職員の負担は激増している可能性が高い。

 今年の春には、文科省が始めた「教師のバトン」プロジェクトが炎上騒ぎとなった。Twitterやウェブで学校にまつわるちょっとイイ話や、働き方改革などの事例などについての投稿を募集したのだが、現役の教師等からは非難の声や疑問が相次いだ。「学校の労働環境は過酷で、そんなキラキラした投稿なんてできない」、「とても次世代にバトンを引き継げるとは思えない」といったコメントには共感する声も多いように見える。

 先ほど紹介した悪循環、ならびに本来配置されるべき人も十分にいないまま、なんとかやりくりしている学校の現実を踏まえると、「教師のバトン」に反発する先生が多いのも理解できる。

■教育は本来「回す」ものではないが

 わたしは1年半前と半年前に書いた本のなかで、この教師不足の問題をはじめ、教師にまつわる危機的な状況が同時多発的に深刻化していることを、「ティーチャーズ・クライシス」と呼び、問題提起を続けてきた(『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』)。この危機は、ここ1年あまりで、一層しんどい状況になっている。

 「学校が回らない」。

 そう述べる校長、教職員は多い。本来、子どもたちの成長を支援する学校現場は、「回したらよい」、「こなしたらよい仕事」ではないはずだ。だが、それすら危うくなっているのだ。

 目下は新型コロナの感染者数は少なくなってきているが、2~3人の教職員に濃厚接触者が出て2週間出勤できない状態になると、たちまち、授業などのやりくりができなくなる学校もあるのは、本稿で紹介した現実を踏まえると、理解していただけると思う。感染症にも脆弱な体制なのだ。

 どうすればよいかについては、別の機会に詳しくは議論したいが、不採用だった人を講師バンクに入れて、教育委員会側が都合のよいときだけ来て下さい、という、いまの制度、仕組みそのものがそもそもおかしい、という議論もしていくべきではないか。

 また、公務員の人件費削減の圧力は、社会からも政治家からも強いが、本来は、多少の産育休や病休が出ても、人手が足りる教職員配置の体制とするべきではないか。

 対症療法やその場しのぎで済ませられない、大きな「ティーチャーズ・クライシス」に既になっている。

妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi