炎天下での部活 「生徒はやりたいと言っているんだから」でいいのだろうか?

(写真:アフロ)

 記録的な猛暑が続いています。都内だけでも、今月に入って熱中症の死亡者は100人を超えたそうです(NHKニュース8/19)。お年寄りの被害が多いようですが、子どもたちにも注意が必要です。昨日の記事では、暑さ指数(WBGT)などをもとに、危険性が高いときには、リスクの高い部活動や体育での運動などを中止にしたり、学校を臨時休業にしたりすることも検討してはどうだろうか、という話をしました。

前回の記事:酷暑のなか、学校は休みにできないか? せめて部活は中止にならないか?

 この記事について、先生たちの反応はさまざまですが、今回は、部活動についてのコメントをひとつ紹介します(文意を変えない範囲で編集しています)。

秋には全国大会をかけた新人戦があります。それに向けて、熱中症に注意して、もちろんコロナの対策もしながら、練習や試合をしているのが現状だと思います。なかには、コロナの影響で活動が制限されて、焦って苦しんでいる子どもたちもいます。「部活動の練習や試合をしたい!」という子ども達の想いを大切にすることは、間違ってないですよね?

 きょうは、こうしたご意見、見方について、考えたいと思います。読者のみなさんは、どうお考えになりますか?

(写真素材:photo AC)
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■生徒は練習したいと言っています

 「熱中症には気をつけつつ、子どもたちの想いを大切にしたい」。これは大事なことだと、わたしも思います。

 熱中症のリスクをゼロにはできないものの、なるべく低くできる環境で、部活動を楽しむ、練習をしっかりするというのはあっていいのだろうと思います。やるか、やらないかと、ゼロか百かで考えるものでもないと思います。

 一方で、炎天下で、あるいはエアコンのない体育館などで、明らかに熱中症のリスクが高いのに、長時間練習をしたり、試合をしている部活動も少なくありません。スポーツは勝敗がついてきますから、勝ちたいという気持ちが強まるあまり(それは自然なことです)、熱中症などのリスクを過小評価しがちになるのではないでしょうか。

 たとえば、先ほど紹介した意見のように、「大会を控えているんだから、思い切り練習させてやりたい」という思いが顧問や学校としては強くなりやすいわけです。しかも、当の生徒たちが「待ちに待った大会、絶対に勝ちたいです。きょうも練習頑張ります!」と言って来るわけですから。教師としては、この気持ちに応えたいと思うのは、ごく自然なことだと思います。とりわけ、今年はコロナの影響で、生徒たちにも長い期間、我慢を強いてきましたし、3年生らには大会やコンクールが中止になり、つらい気持ちにもさせました。

 ですが、熱中症リスクを軽視するような練習や大会というのも、行き過ぎだと思います。当たり前ですが、命、健康あってのことです。いくら生徒がやりたいと言っても、大人のわたしたちや教師は、時としてはストップをかけることも必要です。

(写真素材:photo AC)
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 実際、部活動中の熱中症が原因で生徒が死亡する事案も起きていますし、そこまで至らなくても病院に搬送される事案もたくさん起きています。次の内田良先生の記事に詳しいです。

内田良「コロナ時代の部活動 多発する熱中症に備えは十分か 授業とのちがいから考える【#コロナとどう暮らす】」

■部活、なんのためでしたっけ?

 紹介したご意見とこれまで述べてきたことにも、深く関連する質問があります。

 部活動はなんのために行っているのでしょうか?

 この問いの答えも、多様であっていいと思いますし、先生だけでなく、生徒たちも考えていくとよいと思います。

 とはいえ、いくつか外せないものはあります。大会やコンクールで勝つ、入賞することだけが部活動の本来の目的ではない、ということです。

 学校の教育活動の一環として部活動はありますから、そこには教育的な目的、ねらいがあるはずです。その点で、プロスポーツのジュニア団体に入ったり、習いごとに通ったりするのとは少し異なる要素もあります。

 たとえば、スポーツや文化、科学に親しむとか、ふだんの教科ではできないような体験を積むことで、そのスポーツや文化活動についてより学びを深めるといったねらいがあると思います。あるいは、チームワークや挑戦する気持ち、やり抜く力(Grit)、そして生徒たちの自主性、主体性を伸ばすといった効果を期待する部活動もあっていいでしょう。

 大会等に勝つことは、上記の目的に向かって活動するなかでのひとつの具体的な通過点、目標のひとつなのかもしれません。

 ですが、部活によっては、熾烈な競争の世界で、上記のいわば、ふわふわした目的、ねらいがともすれば、薄くなり、いつの間にか、勝つことが目的化してしまうことがあります(「勝利至上主義」と言うと、言い過ぎかもしれませんが)。

 「本当にいまのままでいいのだろうか」、「もともとの原点を忘れがちになっていなかっただろうか」。生徒たちも、先生たちも再度問い直してみてはいかがでしょうか。休校中に部活動が休みになりましたね。そのときにも改めて、そうしたことを振り返った人も多かったのではないでしょうか。

(写真素材:photo AC)
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■アクティブ・ラーニングの場としての部活動

 わたしは、もっと部活動で、生徒が自ら考え抜くことや企画することを重視してもいいのではないか、と考えています。

 たとえば、今回に関連して言えば、「熱中症のリスクをなるべく低めながら、無理をせずに練習するにはどうしたらよいだろうか」というテーマで、生徒が調べたりアイデアを出したりしてもいいでしょう。あるいは、暑さ指数などで危険なときには、空調のきいた部屋で、日頃の練習メニューの企画会議や試合に向けた作戦会議をしてもいいかもしれません。

 強豪校のなかには、短時間で集中した練習をしているチームもあります。そうした事例を調べてみたり、(先方が受けてくれれば)Web会議で取材してみたりしてもいいかもしれません。コロナ対策と熱中症対策をしつつ、スポーツ(あるいは音楽等)の充実をどう図るか、探究するわけです。

 わたしが確認したいことは、なにも部活の内容は、猛練習することだけではない、ということです。言い換えるなら、

 試合で勝つことが目的化 

 ⇒ よその学校よりも、少しでも多く練習せねば!

 ではなく、たとえば、

 部活動を通じて、そのスポーツ等を好きになれるといいし、生徒が自分たちで考え、挑戦してみることを学んでほしい、を目的に

 ⇒ 猛練習することだけが活動ではない

 という発想をもつことも大事ではないでしょうか。

 

 東京都と札幌市の部活動の指針のなかには、こんな一節があります。

(引用者注:部活動では)生徒同士で、具体的な目標、活動の成果と課題、課題の解決策、今後の活動の重点等について話し合わせるなど、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて取り組んでいくことが重要である。(東京都教育委員会 部活動に関する総合的なガイドライン)

学ぶ力を育成するためには、部活動においても「課題探究的な学習」を取り入れることが効果的である。例えば、スポーツ活動では「どうすれば、もっと競技力を高められるだろうか」、 音楽活動では「どうすれば、もっとイメージが伝わる表現ができるだろうか」といった課題を生徒自らがもち、「足りない技能を高める新たな練習方法を取り入れてみたらどうだろうか」「仲間とイメージを共有するために、各自がもっているイメージを言葉で伝えあってみたらどうか」など、課題の解決に向けた追究を生徒が自ら行うなどのことが考えられる。(札幌市教育委員会、札幌市立学校に係る部活動の方針)

 つまり、教科の授業や学校行事のときだけでなく、部活動もアクティブ・ラーニングの場にしていける、という話です。教師は、生徒に任せて放ったらかしでいい、というわけではありませんよ。生徒の考えを深めたり、視野を広げたりする支援ができるといいと思います。

 こういう視点も参考にしつつ、「炎天下でも練習するんですか?」ということも考えていけるといいと思います。

(参考文献)

神谷 拓(編著)『部活動学 《子どもが主体のよりよいクラブをつくる24の視点》』

妹尾昌俊『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』

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