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【先生の質は低下しているのか?(1)】 2倍、3倍を切る採用倍率の影響、背景を考える

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 前回の記事では、公立学校の教員採用試験について、倍率が低い県、なかには1倍近いところもあることを紹介しました。

 採用予定者数が地域によってかなり差があって、倍率も地域差が大きいです。また、校種や教科による差もあります。高校の一部の教科ではとても難関な地域もあります。

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 では、倍率が低い県などでは、教員の質が落ちているのでしょうか。逆に言えば、倍率が高い県等は安心だ、と言えるのでしょうか。以下では、拙著『教師崩壊』で解説したことを抜粋、加筆して解説します。

■「採用倍率3倍を切ると危険水域」、ほんまでっか?

 聞いたことがある方もいると思いますが、「採用倍率3倍を切ると、教員の質の維持は難しい」などと、教育委員会の採用担当や一部の研究者はよく話をします。これを受けて、マスコミでも「小学教員の競争率、7年連続減の3・2倍 懸念される質の低下」(産経新聞2019年5月22日)、「組織で人材の質を維持するのに必要とされる倍率は3倍とされ、『危険水域』を割った」(毎日新聞2019年12月23日)など、教師の質が低下しているのではないか、という論調が目立ちます。きっと、今年ももうすぐ、この手の報道が出てくる地域もあると思います。

 小学校教員の採用倍率は、かつては5~6倍、もっとも高いときには10倍以上あったのに、いまは3倍もない、2倍を切る地域もあるという事実は、感覚的にはこうした不安をわかりやすく示したデータに見えます。

 ですが、倍率低下がただちに質の低下を示すとは言えません

 わたしが調べたかぎりでは、3倍を切ると危険という説は、データできちんと検証されたものではありません。おそらくですが、教育委員会等の採用担当者の経験則に基づくものが、どこかで流布してしまった可能性があります。

 もともと、日本社会には、企業等の採用においても、なるべく多くの候補者を集められたほうがよい、という考え方は根強くあります。ですが、採用が専門である経営学者の服部泰宏准教授(神戸大学)は、「エントリー数が多くなればなるほど、候補者の中に優秀な人材が含まれる割合が多くなる」というのは、科学的根拠のない、思い込みに過ぎない、と述べています(服部泰宏『採用学』新潮社) 。

 仮にですが、2人から1人を選ぶとしても、みな優れた受験者なら問題ないはずですから。極端な話をすれば、倍率は1.0であっても、望ましい人材が来てくれれば、非常にコスパのよい採用と言えます(成果はあるし、採用にかかるコスト、手間は低いのですから)。逆に言えば、10人から1人を選ぶ採用であっても(倍率10倍!)、10人がみな不適当な人であれば、残念なことになります。

 理屈はこうなのですが、実際は、現実はどうなっているのかという点が問題です。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

 

■採用担当としては、多くの人が教員の質の低下を実感

 あらためて、本当に近年、先生たちの質が低下しているのかどうかを見てみましょう

 とはいえ、これはたいへん難しいクエスチョンです。人材の質がどうなっているかは、そう簡単に言える話ではないからです。とりわけ、教師の世界はなおさらです。野球やサッカーなどでも、一流選手が一流のコーチや監督に必ずしもならないのと同様に、教えるという行為は、複雑で繊細です。

 小学生から「分数の割り算は、どうして逆さまにして掛けるの?」とか「虹はどうして七色なの?」といった質問が出たとき、どう説明したらよいでしょうか。あるいは、基礎的な学力に不安がある子で、おとなしくて「わからない」とも言ってこない子をどう導いたらよいでしょうか。

 こうした現実があるとき、一概に、「この人は教師としての資質がある」とか「コイツは教師失格だ」などとおこがましいことは、誰もがちゃんと言える話ではない、と思います。

 それは、わたしも同じです。ですが、そこは承知の上でも、心配なことや問題視するべきことはきちんと指摘しておかねばなりません。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

 幾分か傍証とはなりますが、事実確認しておきたいと思います。

 ひとつは、採用を担当している教育委員会の声です。朝日新聞のアンケートによると、「望ましい人材を確保するうえで十分な倍率か」について、「やや不十分」と答えたのは36教委(58・1%)、「不十分」は7教委(11・3%)で、計約7割を占めました(62教委が回答、朝日新聞2019年9月1日)。採用担当者としては、不安の残る受験者層である、というわけです。

■7、8割の現役教職員が、優秀な人が来なくなったと感じている

 もうひとつは、学校の現職の教職員の実感です。筆者が最近(2019年12月~20年1月)調査した結果を紹介します。こう質問しました。

 あなたの周りの状況(傾向)として、ここ1~3年くらい「優秀な」人材が教員を目指さなくなっていると感じますか。※「優秀な」とは、さまざまな定義や意味合いがありえますが、ここでは、教員にとても向いている人材、ぜひ教員になってほしいと思える人材のことを指します。

 その結果が次のグラフです。

妹尾昌俊『教師崩壊』より抜粋
妹尾昌俊『教師崩壊』より抜粋

 なんと、「大いにそう思う」と強く同意する人が、公立の小中学校では4割前後に上ります。「少しそう思う」も含めると、公立小中学校の約7割の教職員が、最近「優秀な」人材が教員を目指さなくなっている、と実感しています。

 採用倍率の低下は、その低下が著しい小学校教員について言われていることが多いのですが、公立高校の教職員は、「優秀な」人材の流出を小中以上に感じている人が多いです。約半数が「大いにそう思う」と回答、「少しそう思う」も含めると、約76%がそう心配しています。もともとアンケートには、問題意識の高い人が回答しやすいから、という影響もあるとは思いますが。

 やはり問題は「倍率」だけではないのです。倍率だけ見れば、多くの場合、高校のほうが小学校などよりずっと高いです。ですが、いい人材を獲得できているかという視点で見れば、事態は、高校のほうがより問題かもしれません。高校は民間や大学院進学などとも競合しやすいですし。

 さらに、問題は公立だけではありません。私立学校では、企業と同じく、学校法人等ごとに独自に採用しているわけですが、私立高校の教職員の約8割も、「優秀な」人が来なくなったと感じています。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

■今年はさらに危険な方向に?

 こんななか、コロナ禍で、事態はより悪い方向にいこうとしている側面もあります。

 ひとつは、消毒、清掃などの感染症対策や、土曜授業の増加、夏休みの大幅な短縮などで、教員の勤務負荷がさらに強まっていることです。こう余裕のない職場では、受験者数や優秀な人材の応募は、さらに減ってしまうかもしれません。

 また、教員採用試験で密を避けないといけないということで、論文試験をやめたり、グループワークの状況を評価する試験を中止したりする県等が多くなっています。つまり、これでは、教員になる人の思考力や表現力、協働的な学びができる資質などを十分に試すことは難しく、基礎的な知識などを問う筆記試験(マークシート式)がそこそこできて、面接官ウケがよい受け答えができる人が採用されやすくなるかもしれません。

 もちろん、感染防止は重要なことですが、だからといって、易きに流れているような風潮も気がかりです。Web会議なども活用すればいいのに、とも思いますが、ICTが苦手なのか、あるいは環境が脆弱なのか、教育委員会の悪いところがここにも出てきているようにも感じます。

 この記事の要点をまとめます。倍率が低下したとしても、ただちに教員の質が低下したと断定することはできない。逆に、倍率が高いとしても、安心はできない。だが、優秀な人材が教職にエントリーしなくなっている可能性を示唆するデータもある。それにもかかわらず、教育委員会のなかには、優秀な人材を募集・評価することから逆行するような政策や採用試験を実施しようとしているところもある。

 次回の記事でも、教員採用の問題について深掘りしたいと思います。

※この記事は、妹尾昌俊『教師崩壊』(PHP新書)を抜粋、加筆しました。

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★妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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