9月入学は先送りでも、教育問題の先送りはできない

オンライン学習環境があっても、続かないケースも(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 この1ヶ月、9月入学をめぐって様々な議論がかわされたが、今年、来年の導入は、見送られる見通しが濃厚になってきた。

「9月入学」について自民党は、今年度や来年度のような直近の導入は困難だとする提言案を大筋で了承しました。公明党も拙速に検討を進めるべきではないとする提言をまとめ、来週、それぞれ政府に申し入れることにしています。

出典:NHKニュース5/30

 9月入学のメリット、デメリットについては、既にいろいろなところで整理されているので、ここでは繰り返さない。だが、注意したいのは、9月入学の導入が先送りになったからといって、先送りできない問題がまだまだ山積みだということだ。

 むしろ、9月入学の検討に関係者、政治家、文科省をはじめとする官僚、専門家等の労力と時間がとられて、重要な問題を前に進める時間をロスしてしてしまった

 とはいえ、時計の針を戻すことはできないので、過去を嘆いてばかりでは仕方がない。これから早急に手を打っていく必要がある。

(写真素材:photoAC)
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■先送りできない4つの問題

 次のペーパーをご覧いただきたい(#9月入学本当に今ですか?の活動で筆者が作成した資料)。少なくとも、ここに書いた4点は、よく対処する必要がある。9月入学になっても、ならなくても、大事な点だ。

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 第一に、学習の遅れ、教育格差の問題。9月入学論が出てきた背景のひとつがこの問題だし、未曾有の3ヶ月にもおよぶブランクをどうしていくかは、重大な問題だ。

 特効薬はないが、いくつかやっていけることはある。もちろん、オンライン学習環境の整備は急ぎたいが、オンライン学習も決して万能ではない。先行研究によれば、対面授業ほどの効果は出ないとするものが多いし、低学力層ほど、適切な支援がなければ、なかなか続かないし、学力も向上しない。

 その意味では、各地で学校再開の動きがあることは望ましいことだと思う。教員や学習支援員を増加させて、学習が遅れがちな子へのケアを手厚くすることが重要だ。

 これは、補習や夏休みの削減をむげにどんどんやれ、と申し上げているのではない。授業等の量の拡大は、学習意欲が低い子にとっては、一層つらくなる危険性もある。やはり、正規の授業中に遅れを拡大させない、取り戻す支援をしていくことが王道で、そこでは不十分な点があれば別途補習などを考えるという順番だろう。

 また、学校が再開できたからといって、安心してばかりもいられない。新型コロナの第二波、第三波がいつ来るかもしれず、そこを想定して、感染症や災害に強い学校づくり、学びが止まらない環境整備を進める必要がある。教育行政や学校は、休校中のこの2、3ヶ月の対応をしっかり検証、反省してほしい。

(写真素材:photoAC)
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 前の記事に書いたが、教員の資質能力向上も、重要課題だ。子ども同士の接触で感染が心配だからといって、また、カリキュラムを年度内に終わらせたいからといって、講義一辺倒で知識注入型の授業ばかりやられたのでは、おそらく、付いていけない子や、意欲・関心が低くなってしまう子が続出するだろう。ほんの1、2年前まで「アクティブ・ラーニング」とばかり言っていたのは、どこに行ったのだろうか?

参考:【学校再開後の最重要課題(1)】子どもたちの意欲を高める授業ができているか?

 おそらく小学校などは、低学力層の子にも寄り添って、これまでかなり丁寧な授業をされてきた先生が多いと思う。ぜひその知見を職場内や地域(中学、高校なども含めて)でも共有していってほしい。ただし、丁寧にじっくりやると、カリキュラムが終わらないというジレンマを抱えることになるので、どうメリハリを付けていくか、一部の単元はスピードアップできるか、一部は翌年度に繰り越すかなどを企画していく必要がある。

 わたしは、文科省が学習指導要領の精選をもっと打ち出すべきだと前から申し上げているが、各学校でできることもある。教科書は端から端まですべて扱わないといけない、というものでもない。直近は、先生たちは学校再開でバタバタしているだろうが、夏休み中に軌道修正を考える機会があったほうがよいと思う。

■ステイホームがつらい子など、子どもの心のケア

 緊急性の高い課題の2番目は、新型コロナ対策で、ステイホーム、ステイホームと言ってきたものの、自宅がつらい子へのケアがおそらく不十分だったことだ。家庭学習のプレッシャーを保護者にも子どもにも強めたことは、この傾向、もっと言えば、「教育虐待」のリスクを強くしてしまった。

(写真素材:photoAC)
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 こうした意味でも、学校再開は望ましいほうに働く可能性があると思う。

 多くの教職員がすでに意識していることだが、学校再開後は、まずは先生と子ども、それから子ども同士の関係づくりと心のケアを優先させることだ。授業を進めようとすることよりも。コロナ禍で子どもも大人も大変な日々が続いた。「生きて、元気に再会できたことだけでも、すばらしい」という感じでいいと思う。

 逆に、自宅でゆっくりできて、久しぶりに学校に行くのがつらいという子もいる。子どもの問題は多様で繊細だ。

 こうした多様で個々の子どもたちの実情に応じた丁寧な支援を行うには、学級担任任せではいけない。非常勤で、週に1度や2週に1度くらいしか派遣されなかった、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーらがもっと来られるようにしてほしい。

■感染リスクと過労死リスクに直面する学校現場

 1つ目、2つ目の問題とも関連するのが、3番目にあげた課題、教職員の過重労働が一層進もうとしている問題だ。

 3密を避けるため、学級を2つや3つに分けて、授業等を行っている学校もあるが、そのぶん、先生たちは授業に出ずっぱりになっているし、カリキュラムの遅れが生じている。また、諸外国と比べても、もっともマルチタスクで多種多様な業務を負っているのが日本の先生なのに(参考文献の拙著などで詳述)、検温や消毒作業、トイレ掃除などなど、先生たちの業務は、さらに増えている。

 このままでは、新型コロナでなくて、過労で先生たちが倒れてしまう。

 対策としては、業務を仕分けして、教員以外でもできることは、分業したり、外注したりすることだ(たとえば、消毒、掃除)。

 もうひとつは、もちろん教職員を増員することだ。ただし、率直に申し上げて、学級運営などが不得手な人材が増えても、トラブルが増えるので、むしろ現場は大変になる。ここでも、量と質と両方大事だ。また、採用や育成は一朝一夕に進むものではない。

 即戦力という言葉はあまり好きではないのだが、期待されるのは、やはり退職されたシニアな元先生たち。また、英語教育や情報教育などは社会人経験者も活躍できる余地は広いと思う。人員増は莫大な予算もかかる話だが、9月入学よりははるかに低コストだ。

 文科省は今般の第二次補正予算で、小6、中3という最終学年を少人数クラスにして、学習を進ちょくさせるために3,100人分の教員の増員措置を決めた。厳しい財政事情のなか予算獲得の努力は敬意を示したいが、学校現場からは「ひとケタ少ないのでは」という声もあがっている。

 全国に小中学校が何校あるかご存じだろうか?約3万校なので、3,100人だと、単純計算だと、約10校に1人増えるほどしかならない。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

■受験生の不安増大、メンタルケア急務

 4番目は、大学受験などの方針がいまだ定まらない問題だ。受験生らの不安は大きいままだ。

 昨日のニュースによると、文科省は「全国高等学校長協会に対し、日程を全体的に遅らせることや出題範囲の限定、追試験の活用などに関するアンケート調査を28日に依頼したという」(時事通信5/29)。

 「いまからアンケートなどしていて、大丈夫か?」とも思う。仮に9月入学となると、大学入試のスケジュールも大幅に変わるので、9月入学の議論が今月行われてきたことで、明らかに動きが遅くなったことのひとつの例だとも思う。大学入試の範囲やスケジュールは、当然、大学側が主体だから、文科省だけで決められるものでもない。実現可能性があり、かつ受験生(浪人生を含む)にとって不公平がなるべく少ない対応を早急に固める必要がある。

 少しまとめたい。9月入学の拙速な導入は見送られる公算が高くなってきたが、教育現場、学校には先送りが許されない問題が山積みだ。少なくとも、4点。学習の遅れへの対応、子どもの心のケア、教員の過労防止、大学入試の方針策定。これ以外も課題、問題はたくさんある(たとえば、高校生らの就職問題、高校生や大学生の中退増加の心配など)。どうしていけばよいか、関係者の知恵を早急に出し合って前進させたい。

(参考文献)

ジョン・ハッティ(2018)山森光陽監訳『教育の効果』図書文化

妹尾昌俊(2020)『教師崩壊』PHP新書

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