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学校に「あれやれ、これやれ」と細かく注文を付ける文科省の矛盾【後半】

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
自分で進んで学習できる子にとっては、余計なおせっかい?(写真:アフロ)

 文部科学省は、休校(臨時休業)中に教科書に基づく家庭学習を課すことや、児童生徒の健康状態を確認することなどを求める通知を昨日(4/21)出した。この通知には、ICT活用などで評価できることもある一方、大きな問題があることを前回の記事で紹介した。本稿では、前半の記事では伝えきれなかった、3つ目の大きな問題、矛盾について解説する

前回の記事:学校に「あれやれ、これやれ」と細かく注文を付ける文科省の矛盾【前半】

■「毎日、学習計画を立てましょう」 国が言うことか?

 まず、関連する内容を引用しよう。

学校において、児童生徒が自宅等にいる状況であっても、規則正しい生活習慣を身に付け学習を継続するとともに、学校の再開後も見据え、学校と児童生徒との関係を継続することができるよう、学習指導通知に記載の家庭学習の内容の例や学習状況及び成果の把握の例なども参考にしながら、指導計画等を踏まえ、各教科等において、主たる教材である教科書及びそれと併用できる教材等に基づく家庭学習を課すこと。その際、別紙の「学習計画表」なども参考に計画性をもった家庭学習を課すなどの工夫を講じること。

(文科省通知「新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休業等に伴い学校に登校できない児童生徒の学習指導について」から引用。)

 別紙の学習計画表とは次のもの。

(文科省通知より抜粋)
(文科省通知より抜粋)

 家庭や子どもたちの希望によっては、こういう計画表を書くことがあってもいいと思う。そこは何も反対しない。

 だが、わたしが強く違和感をもつのは、こうしたことまで、こまごまと国が口出しすることだろうか、という点。前回の記事で書いたとおり、今回は、休校(臨時休業)中の学校等に「最低限取り組むべきこと」を通知したものだと文科省は説明している。学習計画表をつくらせることが本当に「最低限」必要なことなのか?

 もちろん、今回は(今回も)通知に過ぎないわけで、教育委員会や学校が別に無視できないわけではないし、通知でも「別紙を参考に」としか書いていないから、強要する趣旨ではないのだろう。だが、前例を見る限り、かなりの教育委員会等がこの手の書類を増やし、学校に各家庭に配れ、と指示を出すことが予想できる。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

■問題3 家庭学習の強要は、子どもたちの主体性を大事にすることと矛盾

 そもそも、大きな疑問は、家庭学習とは、国や教育委員会などから、半ば強制されるものだったのか、という点だ。小学校ではこの4月からスタートした新しい学習指導要領のなかでは、「主体性」や「学びに向かう力」が重視されている。これらの意味、定義が曖昧だという重要な問題はここでは置いておくとしても、「家庭学習をもっとやれ」と公権力がぐいぐい迫ることは、子どもたちの主体性等を育むことと矛盾している部分もあるのではないか、と思う。

 新しい学習指導要領のもとになった国の審議会の答申では、こんな一節があることを、文科省や教育委員会のエライ人たちは、まさか、忘れてはいまい。

主体的に学び続けて自ら能力を引き出し、自分なりに試行錯誤したり、多様な他者と協働したりして、新たな価値を生み出していくために必要な力を身に付け、子供たち一人一人が、予測できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い・・(中略)・・・ことが重要である。

中教審「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について 答申」

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 文科省の通知にも、なにも教師が画一的な指示を出せとか、宿題を増やせ、と言っているわけではないから、子どもたちの主体性等とは矛盾するとは限らない。だが、今回の通知全体を通じて感じるのは、もっと学校は、家庭任せでなく、関われというメッセージだ。わたしは、こうした内容が、国⇒都道府県⇒市区町村⇒各学校と伝言ゲームで伝播されていくなかで、各学校としては、「どんどん教材(授業動画を含む)や宿題を渡さないと!子どもたちの自主性、主体性はちょっと置いておいて。授業時間も足りなくなるし。」となっていくのではないか、と予想する。

■子ども主体、学習者主体に考えられているか?

 わたしは家庭学習や学習理論の専門家ではないので、理解不足な点があるかもしれないが、子どもたちを、大きく3タイプに場合分けして考えてみよう。(子どもたちは、発達段階や個性にもよって本当に多様だが、わかりやすさを重視して3タイプにする。)

Aさん:先生や親から特段言われなくても、自ら進んで家庭学習するタイプ。

Bさん:家ではついついゲームやテレビ等が多くなるが、先生や親から言われたり、多少プレッシャーがあると、家庭学習するタイプ。

Cさん:多少のプレッシャーをかけられても、なかなか家庭学習しないタイプ。あるいは家庭が大変で、勉強できる環境にはない子。

 さて、文科省の通知等は、Aさんタイプには、おせっかい、いらぬ指示かもしれない。そして、おそらく学習指導要領等の理念としては、Aさんタイプ、自律的な学習者に多くの子どもたちがなっていくことを目指している。大人になれば、多くの場合、「学習計画は立てましたか?」などと手取り足取り面倒みてくれないし。

 Bさんタイプには、教師による働きかけが有効になりうる。家庭任せにしては不十分だろう。宿題を課したり、その状況を先生が確認してアドバイス等したりすることが重要だろう。(なお、Aさんタイプにも、フィードバックはあったほうがよいので、放置でいい、と言いたいのではない。)

 Cさんタイプに対しては、今回の通知の内容等では功を奏しない可能性が高いだろう。このタイプに必要なのは、安心して学習できる場所をつくることである。たとえば、学校や公共施設(図書館など)を活用して、自習を支援することなどが考えられる(感染症対策を行ったうえで)。文科省だけの仕事ではないが、行政の役割としては、新型コロナのことが心配だからといって、すべての公共施設を閉鎖・シャットアウト一辺倒にするのではなく、子どもたちの場所をつくる道を確保するべきであろう。

 おそらく、今回の通知に従った対応を各学校がしても、多少変化するのはBさんタイプだけだ。ひとくちに家庭学習などと言っても、子どもたちの状況に応じて、変わってくるし、ともかく何かを出せばよいというものではない。

※ついでに申し上げると、「オンライン授業をもっとやれ」というメディアの報道等にも、違和感が残る。いくら動画や教材が豊富にアップされても、適切な支援や環境整備がないと、BさんやCさんタイプは学習に向かわないか、続かない。どうしたら、子どもたちの意欲が高まるか、持続するためにどうしたらよいかなども考えていくべきだ。

■問題は宿題を出しているかどうかではなく、内容

 関連して申し上げると、わたしは、家庭学習や宿題の質をもっと問題視するべきだと思っている。質は一概には言えないので、難しい問題ではあるが。

 わたしが教職員向けに実施したアンケート調査(※)のデータをもとにお話ししたい。

※2020年4月5日(日)~7日(火)に実施。回答総数は1896件で多くは教諭が回答。関連する結果は次の記事などを参照。

【独自調査(2)】休校になって教師は何をする?なぜオンライン交流を始めないのか?

 次の結果は「3月からの休校または春休みの間、あなたの学校では、児童生徒には何か学習課題(宿題)は出しましたか(複数選択可)」への回答だ。

画像

出所)妹尾昌俊「学校再開または休校に関する緊急調査」をもとに作成

 このデータからは、次のことが示唆される。

●家庭での学習課題、宿題といっても、多くの小中高では、基礎的な知識等の定着を図るものが主体で、子どもたちの思考力や探究的な学びを促すものにはなっていないところが多い。

●特別支援学校は、児童生徒によって状況が相当異なり、宿題を出しづらい。

 現場の先生たちや保護者の一部からは、「休校中の勉強が心配だからといって、子どもたちをドリル漬けにすることがいいことなのか」という声を3月、4月にも聞いた。本当に心配しないといけないのは、家庭学習させてます、というポーズをとることではなく、子どもたちの好奇心や意欲は高まっているか、どうか、だ。

 こういう現実もあるなか、全国ほぼ一律に、しかも様々な学校種共通に、あれしろ、これしろという通知を出すことには、やはり違和感が残る。休校中であっても、子どもたちの学習権を守らないといけないのは当然だが、だからといって、課題を課せばよいという単純な話でもない。

 SNS等の先生たちのコミュニティでは、宿題や教材の共有がなされている。「家庭学習の質をどうしたら高められるだろうか。それも教室とはちがって、学ぶ環境づくりが必ずしもできない家庭という場で。」ということについて、文科省や教育委員会等も知恵と情報を出していくほうが重要ではないだろうか。

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◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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