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映画『北京冬季五輪2022』陸川監督インタビュー 被写体としての羽生結弦・アイスホッケーについて語る

沢田聡子ライター
来日した陸川監督(面白映画株式会社提供)

2022年北京冬季五輪公式映画『北京冬季五輪2022』が、1月12日より日本で公開されている。13日には陸川(ルー・チュアン)監督が来日し、グランドシネマサンシャイン池袋で舞台挨拶を行った。14日にはドラマの撮影のため帰国するという陸川監督に、お話を伺った。

――2022年冬季北京五輪はコロナ禍の中バブル方式で行われ、五輪史上でも特別な大会だったと考えます。北京五輪を記者として取材する中で、バブル内で働く中国の方達はどんな思いで大会期間を過ごしているのか、とても気になるところでした。映画に登場した理髪師の方を観て少しそれが理解できたような気がしましたが、監督はどのような意図で彼を取材したのでしょうか

こういった大きなイベントでは、一般の方もとてもたくさん協力してくれた部分があります。アスリートの方は皆フォーカスされますが、一般の方は媒体に取り上げられる機会があまりありません。映画を作っている側としては、また私自身の信念としても、オリンピックを記録する歴史的な機会では一般の方の顔や物語も必ず入れられるべきと考え、理髪師の物語を選びました。他に、お医者さん達の生活の描写もありますよね。

――映画には、ゲッティイメージズのアイスホッケーカメラマン、ブルース・ベネットさんが登場します。アイスホッケーはスポーツの中でも写真撮影が難しい競技であると同時に、フォトグラファーにとっては魅力的な競技だとも考えます。監督がベネットさんを取材して感じたことをお聞かせください

こういう専門的な質問は、とても嬉しいです。この“おじいちゃん”(スタッフの間では、親しみを込めてベネットさんをこう呼んでいるという)を撮った時には、自分自身が映画の中に入り込んでいるような感じがしました。彼は若い頃から47年間にわたりずっとアイスホッケーの撮影をしていて、私自身も映画が大好きなので、まるで自分を見ているようです。自分の大好きなことを、どんな困難があっても死ぬまでずっとやり続ける姿に共鳴しました。ベネットさんのアイスホッケーに対する愛は、まるで自分自身の映画に対する愛のようです。“おじいちゃん”を取材して「やはり大好きなことは一生をかけてやるべき」と感じ、自分自身の励みにもなりました。

――また動画と写真という違いはありますが、ベネットさんと同じ撮影者として、監督はアイスホッケーという被写体をどのように感じましたか

私の感覚では、写真でアイスホッケーを撮るのは、動画で撮るより実は何倍も難しいと考えています。なぜかというと、一番ドラマティックな瞬間をとらえなければいけないからです。ただベネットさんは長年アイスホッケーを撮影しているので熟練していて、ある程度は次に起こる一番ドラマティックな瞬間を事前に判断し、予測してそれを撮るようにしていました。そういったことをできるのも、全部ベネットさんの長い経験の賜物ということになります。

私とベネットさんの間で共有した秘密が、いくつかあります。例えば一つ例を挙げると、ベネットさんの経験から、片方のチームがゴールした瞬間は必ず最高の笑顔が撮れますが、笑顔だけだと物足りない。その瞬間は必ず同時に(失点したチームの)泣いている顔がありますので、それを同じ画面に入れることで最高にドラマティックな写真になり、ストーリー性も得られます。

――フィギュアスケーターの羽生結弦さんは、フォトグラファーにとって大変魅力的な被写体として有名です。監督は、被写体としての羽生さんをどのようにご覧になりましたか

私も、羽生結弦さんがとても好きです。ただアスリートですし、大変著名な方でもありますので、実は取材の過程はとてもとても難しかった。私としては、できれば羽生選手をフォローして、たくさんのことを記録したかったのです。多くの人に相談しましたが、最終的にはそれは実現できませんでした。でも私としては、とても羽生選手を尊敬しています。

――映画では、記者会見中の羽生さんを真横から撮影していたのが印象的でした。私も会見には出席していましたが、記者席からはあの姿は見えません。真横という角度から撮影した意図を教えていただけないでしょうか

実を言うと、正面から撮影することはできなかったのです。でも、横で見ている時に共鳴する思いがあり、すぐに撮影しました。なぜかと言うと、彼の側面を見た瞬間、私は彫刻の“縛られたプロメテウス”を思い出したのです。古代の神々の物語(ギリシア神話)の中で、プロメテウスは天上から人類のために火を盗み、その罰として全能の神ゼウスにより山に縛りつけられ、鷲に肝臓を食われ続けます。プロメテウスにとって苦しい経験ですが、人類にとって彼はヒーローです。羽生選手の挑戦した4回転アクセルも、スポーツにおいて人類の極限を超えるような高い理想です。それはまさに、プロメテウスが人類のために火を盗むような行為だと考えました。自分を犠牲にしてオリンピックのスピリットを達成するような挑戦をした羽生選手に共感し、その瞬間の羽生選手をプロメテウスの彫刻に重ねて撮影しました。

――空港で大勢のファンに出迎えられる、羽生さんの最初の登場シーンについてお聞きします。私も北京で羽生さんの人気が高いことを感じましたが、あのシーンを撮影されて監督はどのように思われましたか

中国には、羽生さんの女性ファンがたくさんいます。それは、とてもいいことですよね。ただ映画の監督として一番撮りたかったのは、大勢の前で輝いている羽生選手の姿ではなく、その裏にある一般人としての一面でした。今回の作品では実現できませんでしたが、これからもし機会があれば是非そういった羽生選手の一面を撮影し、羽生選手のストーリーを完成できればいいなと思っております。

――バブル内で取材していた立場としては、一般の中国の方にとって北京五輪がどのような大会だったのかが気になります。映画の終盤には北京五輪後にフィギュアスケートやアイスホッケーの練習をしている子ども達が登場しますが、北京五輪によって中国でウインタースポーツが注目されるようになったという手応えは感じますか

事実として、本当にいいきっかけになったと思います。北京五輪をきっかけに中国では、4万人のアスリートに対してウインタースポーツの訓練を始めました。また競技する場所を確保するために、全国的に協力がありました。それまでの中国では、ウインタースポーツはそんなにポピュラーではありませんでした。でも今は、冬はスキーに行くのが若い世代で流行っていますし、私自身も北京五輪をきっかけにスキーを始めました。まだ完全にマスターできてはいませんが(笑)

北京五輪は、海外から観戦に訪れることができなかった大会でもあった。『北京冬季五輪2022』は、さまざまな競技の選手や大会運営を支えた人々の姿を生き生きと伝えてくれる。

公式サイト:www.chuka-eiga.com/beijing2022

公式X(旧Twitter):@beijing2022jp

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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