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マリニンと三浦、二人の17歳の好勝負 スケートアメリカ男子は新たな4年間の序章

沢田聡子ライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

「『何でここに自分がいるんだ』っていう感じなんですけど」

グランプリシリーズ第1戦・スケートアメリカ、男子ショートの記者会見で、真ん中に座った三浦佳生はそう言った。しかし、続けた言葉は初々しさの中に確かな自信もうかがえるものだった。

「でもやることはやったので、すごくいい結果が出て嬉しいです。ここに来るまでは、すごく自信を持って『やるぞ』っていう気持ちで、来ました」

ショートで首位に立った三浦の他に、スケートアメリカには昨季四大陸選手権王者のチャ・ジュンファン(韓国)、昨季欧州選手権銀メダリストのダニエル・グラスル(イタリア)など、有力選手が出場した。ただおそらく三浦にとって何より意外だったのは、イリア・マリニン(アメリカ)がその場にいなかったことではないだろうか。

昨季世界ジュニア選手権王者であるマリニンは、9月に行われたUSインターナショナルクラシックで史上初めて4回転アクセルを成功させ、脚光を浴びる存在となった。元ウズベキスタン代表の両親を持つマリニンは4回転ルッツも得意で、6種類すべての4回転を跳ぶ世界最高のジャンパーだ。

三浦は、生まれ年が一年早いマリニンと、既に昨季の世界ジュニア選手権や10月上旬のジャパンオープンで顔を合わせている。特にジャパンオープンの前日練習では、マリニンが曲をかけて披露した、アクセルを含む4回転6種類7本という驚異的な高難度プログラムを目の当たりにした。

しかしスケートアメリカのショートでは、マリニンは4回転トウループで転倒し4位と出遅れた。大会前に行われた事前取材の対象が昨季世界選手権3位のアイスダンスカップル、マジソン・チョック&エバン・ベイツとマリニンだったことからも、マリニンに注目が集まっていたことがうかがわれる。本格的なシニアデビューシーズンのグランプリ初戦が母国開催の今大会となり、マリニンには晴れがましさと同時に重圧もあったのではないだろうか。

しかし、マリニンはフリーで本領を発揮する。冒頭の4回転アクセルはあり得ないような高さから楽々と着氷するジャンプで、出来栄え点4.11という高評価もうなずけた。二度目の成功は、マリニンが4回転アクセルを完全に習得していることを証明するものだ。

アクセルに続き、トウループ・ルッツ・サルコウと4回転を次々と成功させるが、後半の4回転ルッツ―オイラー―3回転サルコウで転倒。しかし、立ち上がったマリニンの口元は笑っており、逆に凄みを感じさせる。アクセルを含む4回転4種類5本に加え、3回転ルッツ―トリプルアクセルという難しいシークエンスも成功させた。ジャンプが圧倒的なのはもちろんだが、スピンもすべてレベル4を獲得しており、終盤のコレオシークエンスの前に見せた観客をあおる仕草も17歳とは思えない。

キスアンドクライで父であるコーチの隣に座ったマリニンは、“quadg0d”のロゴが白抜きされた黒いニット帽を被り、満足そうに笑っている。フリー194.29、合計点280.37で、当然のように首位に立った。

最終滑走者の三浦は、演技の冒頭で、今回はマリニンも構成に入れていない4回転ループに果敢に挑んだ。転倒するが、次に跳んだ4回転トウループは後ろに3回転トウループをつけて成功させる。その後のミスはトリプルアクセルでの着氷の乱れだけにとどめ、4回転3種類4本・トリプルアクセル2本を含む高難度の構成を滑り切った。疲労の中にも充実感をにじませた三浦は、客席に向かって笑顔で手を振る。

三浦のフリーは178.23で、フリーのみの順位はマリニンに次ぐ2位。合計点は273.19で、総合でも金メダリストのマリニンに続いて銀メダルを獲得した。

マリニンの演技を見ていたという三浦は、フリー後の記者会見でその印象を語っている。

「自分の演技前にめちゃめちゃきれいな4回転アクセル跳んでいるのを見て、なんというか、もう…最初は『うわ、やばい』と思ったんですけど、最近はもう『ああ、4回転アクセルか』みたいな感じで、もうやっぱり、慣れ?『やばい』っていう感情じゃなくて『ああ、すごいな。少しでも早く近づけたらいいな』っていうふうに見ていたので、そんなに自分の演技に支障はなかったです。本当に素晴らしい演技でした」

三浦のコメントの英訳を聞いたマリニンは、三浦と顔を見合わせて笑った。

スケートアメリカの男子シングルは、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪までの展開を暗示するような、若武者達の見応えある競り合いとなった。マリニンと三浦、二人の17歳は、これからも高いレベルで競い合うことになりそうだ。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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