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武豊を乗せ、オグリキャップ伝説のラストランとなった90年有馬記念を振り返る

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ラストランの有馬記念を制したオグリキャップと武豊騎手(写真・報知新聞/アフロ)

公営から来た芦毛の怪物

 今週末、有馬記念(GⅠ)が行われる。有馬記念といえば、イナリワンやトウカイテイオー、ジェンティルドンナ等、復活劇がたびたび見られる事でも有名な大一番。中でも伝説といわれるのが、1990年、ラストランを勝利で飾ったオグリキャップの激走劇。立役者は、間違いなく武豊だった。

武豊騎手
武豊騎手

 1987年、公営・笠松でデビューしたオグリキャップは、12戦10勝、2着2回という成績を残し、果敢にJRA入り。中央初戦となったペガサスS(GⅢ)を勝利で飾ると重賞ばかり6連勝。初のGⅠ挑戦となった天皇賞・秋(GⅠ)で同じ芦毛のタマモクロスに敗れて2着。中央入り後、初めての敗戦を喫すと、続くジャパンC(GⅠ)はペイザバトラー、タマモクロスに続く3着。しかし、更に続く有馬記念ではこれでターフを去るタマモクロスに雪辱して先頭でゴール。ついにGⅠホースとなってみせた。
 そんなオグリキャップが“競馬ブーム”を牽引したのは翌89年の事だった。オールカマー(GⅢ)、毎日王冠(GⅡ)と連勝したものの、天皇賞・秋は武豊操るスーパークリークの2着。しかし、続くマイルチャンピオンシップ(GⅠ)では絶体絶命と思えた位置から最後の最後で猛追。粘り込みを図った武豊騎乗のバンブーメモリーを、きっちりハナ差だけ捉えて優勝した。
 更に競馬ファンを驚かせたのは、連闘でジャパンC(GⅠ)に挑んだ事。京都の1600メートルから東京の2400メートルへ連闘に対し、当時、かなりの批判の声が上がったが、オグリキャップは世界を相手に大健闘を見せる。結果だけを見れば勝てなかったのだが、それでもニュージーランドの牝馬・ホーリックスが当時のレコードとなる2分22秒2で走り切る中、彼女に迫り、クビ差の2着。「無茶」とも言われた使い方をされる中で、懸命に追いすがる姿を目の当たりにして、人々はますます熱狂。オグリキャップはアッという間に、競馬面を飛び越えて、スポーツ面や社会面でも取り上げられる存在となった。

オグリキャップ(現役引退後の撮影)
オグリキャップ(現役引退後の撮影)

若き日の天才を鞍上に

 翌90年には初めてタッグを組んだ武豊と共に安田記念(GⅠ)を優勝。彼等は、ハイセイコー以来とも言われる競馬ブームの主役となってみせた。武豊が当時を振り返る。
 「オグリにアメリカ遠征のプランがあるという事で、指名していただけました。まさか騎乗依頼が来るとは思っていなかったけど、これだけの名馬なので、一度乗ってみたいという気持ちもあったから素直に嬉しかったです」
 しかし、この一度だけで武豊が鞍上を明け渡すと、その後のオグリキャップは苦難の道を歩む。単勝1・2倍と圧倒的1番人気に推された宝塚記念(GⅠ)で伏兵オサイチジョージを捉まえ切れず2着に敗れると、秋には天皇賞・秋で6着となり、デビュー以来、初めて掲示板を外す。そればかりか次のジャパンCでは11着。自己ワーストを更新してしまった。
 さすがに年齢的な衰えも囁かれ始め、また、前年の連闘で挑んだジャパンC等、過去の無理使いの反動がここで出て来たという声もそこかしこで聞かれるようになった。
 こうして迎えたのが有馬記念。ラストランとなるこのレースの、鞍上には再び若き天才ジョッキー・武豊が指名された。
 2年前にはスーパークリークで挑戦し、オグリキャップに負かされた。1年前もスーパークリークで挑むと、前を行くオグリキャップを自力でかわし先頭に躍り出たが、最後にイナリワンに漁夫の利をさらわれるような形で差された。いわばオグリキャップのせいで2年連続落としてしまったともいえる有馬記念に、今度はオグリキャップと臨む事になったのだ。
 「引退レースで鞍上を任される事になったのは嬉しかったです。ただ、1週前追い切りに乗ると、安田記念の時に感じた軽快さがなくて、正直、ピークを過ぎたのか、と感じました」

オグリキャップ(引退後)
オグリキャップ(引退後)

異様な雰囲気の中、ラストランは伝説に

 12月23日、グランプリ当日の中山競馬場は、武豊も経験した事のない異様な雰囲気に包まれていた。
 「『オグリー!!』って馬名で声援を送るファンが沢山いました。それまでそんな経験をした事がなかったので、驚きました」
 ただ、気持ちとしては楽だったと続ける。
 「近走の成績が悪くて、ここは挑戦者というか、負けても許される立場でした。むしろ安田記念の時の方が『負けられない』というプレッシャーがありました」
 運命のゲートが開くと、オグリキャップと武豊は無理なく好位を追走した。
 「1周目のスタンド前を通過する時は、左側から圧されるような感じを受けるほどの大歓声がスタンドから上がりました」
 しかし、鞍下のパートナーはそれに動じて折り合いを欠くような事もなく、悠然と走っていた。
 「オグリは頭が良くて、癖もなく乗りやすい馬でした。こういうのも大事な能力の一つだと思ったものです」
 道中、オグリキャップの手応えは終始良かった。勝負どころの4コーナーへ差し掛かっても、相変わらず好手応え。それまでは「負けて元々」という考えもあった鞍上だが、この時点で考えを切り替えた。
 「この感触なら自分から勝ちに行こう、と作戦を変更し、ゴーサインを出しました」
 すると、オグリキャップが弾けた。絶叫混じりの大声援に後押しをされるように先頭に躍り出たオグリキャップは、そのまま先頭でゴールを駆け抜けた。奇跡とも言われるラストランでの復活劇は、伝説の1戦となった。そして、その瞬間、天才騎手は「無意識に」左手を上げていた。
 「フィクションだったらこんなベタなハッピーエンドは受けないですよね。でも、現実にこういう事をしちゃうのがオグリなんだと感じました」

オグリキャップ(引退後)
オグリキャップ(引退後)

今年も復活劇を期待?!

 オグリキャップとのタッグで自身初の有馬記念制覇を記録してから34年目となった今年はドウデュース(栗東・友道康夫厩舎)とのコンビで自身4度目の同競走制覇を目指す。昨年の日本ダービー(GⅠ)ではイクイノックスを破ってダービー馬となったドウデュースだが、この秋は天皇賞・秋で7着に敗れると、ジャパンCも4着に敗退。今回は、復活の勝利を目指す。そして、復活を目標としているのは、鞍下だけではない。天皇賞当日に怪我をした武豊は、1週前の競馬で現場復帰を果たしたが、大舞台の表彰台に戻って来てこそ、復活と言えるだろう。伝説の手綱捌きがここで見られる事を期待したい。

武豊は有馬記念に昨年のダービー馬ドウデュースと共に、復活を懸けて臨む
武豊は有馬記念に昨年のダービー馬ドウデュースと共に、復活を懸けて臨む

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)





ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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