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天皇賞にドゥレッツァを送り込む調教師が、道程を振り返りつつ、現在の心境を語る

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
天皇賞・春(GⅠ)で菊花賞(GⅠ)に続くGⅠ2勝目を目指すドゥレッツァ

凱旋門賞での出来事

 昨年の秋の話だ。調教師の尾関知人は僅か3週間ほどの間に2度も「期待と不安が入り混じった」ジェットコースターに乗っているような心境に見舞われた。

 最初はフランスでの話だった。
 スルーセブンシーズが入厩したシャンティイの街にある中華料理店。何を注文しようか?とメニュー表に目をやって、驚いた。
 「メニューの裏に、私宛ての伝言が書かれていました」
 丁度10年前に記されたモノだった。
 2013年、凱旋門賞(GⅠ)に挑戦したキズナ(栗東・佐々木晶三厩舎)。4着に善戦したこの馬の帯同馬として、同じノースヒルズグループのステラウインド(オーナーの前田幸治氏は、キズナのオーナーの前田晋二氏の兄)に白羽の矢が立った。そして、そのステラウインドを管理していたのが尾関だった。

13年の凱旋門賞(GⅠ)に挑んだキズナ(左)の帯同馬としてフランスへ遠征したステラウインド
13年の凱旋門賞(GⅠ)に挑んだキズナ(左)の帯同馬としてフランスへ遠征したステラウインド

 帯同馬といえ、前哨戦のフォワ賞(GⅡ)で好走するようならキズナと共にヨーロッパ最大の1番へ挑む計画もあった。しかし、残念ながら前哨戦で5着に敗れた事で、ドラール賞(GⅡ、7着)に回った。
 昨年のフランスで、当時を述懐して、尾関は言った。
 「いつかは凱旋門賞の舞台に立てる馬と一緒にフランスへ戻って来たいと思っていました」
 10年越しにその願いをかなえてくれたのがスルーセブンシーズだった。
 23年10月1日に行われた凱旋門賞。10年前の経験が活きたか?!同馬は4着に善戦した。
 「勝てなかったのは残念ですが、最後は頑張って伸びてくれました。沢山の人達が助けてくれての結果だったと思うと、こみ上げるモノがありました」
 結果はそうだったが、最終コーナーから直線の入口あたりで見ていた尾関の前を通過する際はまだ後方にいたため、次のように感じていたという。
 「ここから喰らいつけるのか、それとも、このまま後方で終わってしまうのか……。どちらへ転ぶのか?という気持ちでした」

昨年の凱旋門賞で4着に好走したスルーセブンシーズ
昨年の凱旋門賞で4着に好走したスルーセブンシーズ

ダービーを諦めたのが吉と出る

 3週間後、同じように、心の中で期待と不安が交叉した。
 今度の舞台は淀の3000メートル。菊花賞(GⅠ)。このクラシックの最終関門に、ドゥレッツァを送り込んでいた。
 「最初に見た時から真っ黒で、バランスの良い馬体は目を引いた」(尾関)というドゥレッツァは、22年9月のデビュー戦こそ3着に敗れたが、その後、4連勝で菊花賞に挑んだ。
 「緩い面があったり、ザ石で予定が狂ったりで、皐月賞の頃にやっと3戦目で、1勝クラスを勝ちました。その後は青葉賞からダービーというのも一瞬、考えたけど、その過程で行ってダービーでも好い走りが出来るかを考えた時、無理するのはやめようという結論になりました」
 おそらくこれが正解だった。6月に2勝クラスのホンコンジョッキークラブCを勝つと、8月には3勝クラスの日本海Sを勝利。無事、最後の1冠である菊花賞に出走出来る事になったのだ。
 「ホンコンジョッキークラブCは初めての古馬相手で、2着馬の勝ちパターンにもかかわらず32秒台の脚で差し切ってくれました。また、日本海Sは珍しく序盤に力んだように見えたけど、終わってみれば余裕で差してくれました」

昨年4月に1勝クラスの山吹賞を勝った際のドゥレッツァ
昨年4月に1勝クラスの山吹賞を勝った際のドゥレッツァ

 こうして菊花賞へ向かったわけだが、実はこの路線もスンナリ決まったわけではなかった。熟考した上で、少しの幸運も重なって挑む事になったのだった。尾関は言う。
 「切れ過ぎる脚を使うので、3000メートルは少し長いかな?とも考え、アルゼンチン共和国杯も視野に入れていました。ただ、ルメールさんが『菊花賞なら乗れる』と言うので、オーナーサイドを含めた皆で相談した結果、行こうとなりました」

尾関知人調教師
尾関知人調教師

期待と不安が入り混じったレース

 こうして出走すると、スルーセブンシーズの凱旋門賞で感じたような期待と不安のミックスエモーションズを再び味わった。
 ゲートが開くと、ドゥレッツァは掛かり気味に前へ行った。
 「『抑えようかと思ったけど、返し馬が凄く良くて、元気もあったのに加え、17番枠だったら、思い切って前で競馬をしようと考えを改めた』と、後でルメールさんから聞きました」
 ただ、リアルタイムで観戦している時は、そんな鞍上の心中を知らなかったから「ドキドキだった」と言い、苦笑しながら続けた。
 「正面スタンド前を先頭で走って来た時は、驚きで、正直、目を覆いました」
 ドキドキはまだ続いた。
 「向こう正面で3番手まで下がった時は、掛かって後退したのか、あえて下げたのか……。双眼鏡越しでは判断出来なかったので、複雑な心境で見守りました」
 しかし、最後にもう1度、驚きが待っていた。
 「直線を向いて先頭を奪い返すと、あとは抜け出す一方だったので、その強さに改めて驚かされました」
 そして、変幻自在のこの手綱捌きには、1つの幸運が隠されていたと、尾関は思った。
 「直前の追い切りの日に、ルメールさんが秋の天皇賞に使うイクイノックスの1週前追い切りのため、美浦トレセンに来ると聞きました。だからドゥレッツァにも乗ってもらいました。そこで、折り合いも我慢出来るというのを分かってくれたのが、本番へ行って安心材料になったから、ああいうレースが出来たのだと思います」
 クラシックレースを制したドゥレッツァは、金鯱賞(GⅡ、2着)を叩かれて、今週末の天皇賞・春(GⅠ)で、2度目のGⅠ制覇を目指す。怪我で休養中のC・ルメールに替わり、鞍上は戸崎圭太となる。ジャスティンミラノで皐月賞(GⅠ)を制する等、現在関東リーディングの彼は、1週前追い切りでドゥレッツァの感触を確かめている。果たして今回も指揮官をドキドキさせる競馬をするのだろうか。その走りに注目したい。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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