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ディープインパクト産駒の英愛ダービー馬に、愛国で跨る若き日本人ホースマン

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
アイルランドでの調教に跨る境優真ライダー

中学を卒業して牧場へ

 現地時間29日、イギリス、アスコット競馬場でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(GⅠ)が行われる。好メンバーが揃ったが、中でも注目されているのがオーギュストロダン(牡3歳、愛国エイダン・オブライエン厩舎)。イギリスでダービー(GⅠ)を勝つと、返す刀でアイルランドダービー(GⅠ)も優勝。ディープインパクトの子供という事で、日本でも話題になったこの馬に、アイルランドで跨った日本人がいる。

 境優真(ユウシン)。

 2001年10月5日生まれの現在21歳。彼がディープインパクト産駒のダービー馬に跨るまでと、現在を本人の弁も交えて振り返ってみよう。

アイルランドでライダーをする境優真氏
アイルランドでライダーをする境優真氏

 4人きょうだいの長男として、福岡県で生まれ、育った。

 「上3人が男で、1番下だけ女の子のきょうだいでした。妹と僕は10歳違うし、女の子という事もあり、可愛くて仕方ありませんでした」

 競馬との繋がりは祖父や母方の兄が一口馬主をやっていた事。小さい頃から小倉を始め、全国の競馬場へ連れて行ってもらった。

 「騎手になりたいと考え、中学3年で競馬学校の試験を受けました」

 結果は残念ながら不合格。背が高かった事もあり、騎手は諦めたが、馬に乗りたい気持ちは捨て切れなかった。

 「牧場をいくつか見させてもらった結果、当時、エイシンヒカリが活躍した直後だったエイシンステーブルに就職させてもらいました」

エイシンヒカリで有名なエイシンステーブルに就職した。写真は16年に仏イスパーン賞(GⅠ)を勝った直後のエイシンヒカリ
エイシンヒカリで有名なエイシンステーブルに就職した。写真は16年に仏イスパーン賞(GⅠ)を勝った直後のエイシンヒカリ

 これに伴い、中学卒業と同時に実家を出て岡山へ行ったが「両親は反対せずに、送り出してくれた」と言う。

 この時点で馬に乗った事がなかったため、牧場では主に寝藁掃除や馬体洗いをした。その後、エイシンステーブルに籍を置いたまま北海道のBTC(育成調教技術者養成研修)に入学。本格的に馬に跨り、1年間、学んだ。

 「馬に乗るのは、怖さも多少あったけど、楽しさがまさりました」

 上手に乗れるようになりたい気持ちは日に日に強くなっていった。結果、優秀な成績を残し、1年後の卒業時、推薦でアイルランドへ3カ月の研修へ行かせてもらえた。

アイルランドでの境(本人提供写真)
アイルランドでの境(本人提供写真)

 「2019年に、ケン・コンドーン厩舎へ行かせてもらいました。GⅠ馬のローマナイズドに乗れる機会もあり、素晴らしい経験が出来ました」

 帰国後は再びエイシンステーブルで働いた。

 「馴致からセリ、放牧に来た馬にも携わりました。北海道への出張もさせていただき、エイシンステーブルさんには感謝してもし切れません」

ローマナイズドとケン・コンドーン調教師(左)(2018年撮影)
ローマナイズドとケン・コンドーン調教師(左)(2018年撮影)

アイルランドへ戻りトップ調教師の下へ

 ただ、アイルランドへ戻りたい気持ちは常に心の片隅に残っていた。

 「アイルランドだけでなく、フランスやイギリス、アメリカ、オーストラリアやドバイ等を何年かかけて回る計画を考えました」

 22年4月、これを実行に移し、初手のアイルランドへ飛んだ。

 「自分からケン(コンドーン調教師)に連絡を取って受け入れてもらいました」

 1年いる予定だったが、現地で知り合った騎手のコルム・オドノヒューから「エイダン(オブライエン厩舎)のところへ来ないか?」と誘われ、移籍を考えた。

日本でもお馴染みのコルム・オドノヒュー騎手(右)の誘いでA・オブライエン厩舎へ
日本でもお馴染みのコルム・オドノヒュー騎手(右)の誘いでA・オブライエン厩舎へ

 「ケンに話すと『滅多にないチャンスだから行った方が良い』と快く送り出してくれました」

 そこで、10月からバリードイルに籍を移した。

 「300頭の管理馬がいるのですが、質の高い馬がほとんどだし、施設内も車で移動しなくてはいけないほど広大で、何もかもが衝撃でした」

 さらにボスの姿勢に感服した。

 「エイダンはスタッフに対して常にリスペクトしてあたっています。若い僕に対しても『グッドモーニン、ユーシン』から始まり、1頭跨るたびにこちらの意見を聞いてくれます。また、馬を1頭1頭、大切にしているのも分かるので『この人について行きたい』と思える人物です」

バリードイルで、管理馬1頭1頭の鞍上に声をかけるエイダン・オブライエン調教師(中央手前)
バリードイルで、管理馬1頭1頭の鞍上に声をかけるエイダン・オブライエン調教師(中央手前)

 そんな中、オーギュストロダンには過去に2回跨らせてもらったと言う。

 「普段はレイチェルというイギリスの元女性騎手が担当しているのですが、彼女が乗れない日に乗せてもらえました。2歳でドンカスターのGⅠを勝った後だったので、緊張しました。日本でもディープ産駒に乗った事はあったけど、さすがヨーロッパでGⅠを勝つだけあって、芯の強さを感じました」

 同時に、それほど大きくない体に、欧州でバリバリ活躍する馬とは違う印象を受けたが、その後、エプソムでもカラでもダービーを勝ったのを見て「改めて良い勉強をさせていただいた」と痛感した。

ディープインパクト産駒の英愛ダービー馬オーギュストロダンとA・オブライエン(境氏提供写真)
ディープインパクト産駒の英愛ダービー馬オーギュストロダンとA・オブライエン(境氏提供写真)

 「ブルームやアデレイトリバーらにも乗せてもらいました。また、ウォームハート(ロイヤルアスコット開催でGⅡ勝ち)は僕が担当させてもらっています」

 「今は毎日が楽しい」と語るが、この夏には一度、帰国。里帰りも果たした。

 「久しぶりに会った妹は、まだ10歳という事もあり、恥ずかしそうにして話し辛そうでした。家族の皆は長男の自分が出て行ってしまい、寂しい気持ちもあると思います。でも、中学を卒業して牧場へ行く時も、今回の海外にしても一切反対をされた事はありません。自分の好きなようにやらせてくれるので、ありがたいです」

 そういうと、ひと呼吸置いて、続けた。

 「遠く離れていても、大好きな家族です」

 世界のトップトレーナーのところにあとどのくらいいるのか? その先はどういう道を歩むのか? 「まだ自分でも分からない」というが、どんな道を選択しても、家族が温かく見守ってくれる事だろう。世界に飛び出した若き日本のホースマンの未来が楽しみだ。

アイルランドのパドックで馬を曳く境(本人提供写真)
アイルランドのパドックで馬を曳く境(本人提供写真)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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