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鹿戸調教師と横山武史騎手が語るエフフォーリアの皐月賞と、ダービーへの想い

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
皐月賞を制した際のエフフォーリア。鞍上は横山武史騎手

皐月賞、レース前のエフフォーリア

 「ファンの前で走るのは初めてかなぁ……」

 調教師の鹿戸雄一は、少し不安げにそう思った。

 そんな彼の視線の先を歩いていたのはエフフォーリア。デビューから共同通信杯(GⅢ)まで3連勝。負け知らずで4月18日の皐月賞(GⅠ)に駒を進めて来た。もう1年にもなる新型コロナウィルス騒動。無観客の日や競馬場も多く「お客さんの前に出た事はあったかなぁ?」と鹿戸は考えていたのだ。

鹿戸雄一調教師(撮影時のみマスクを外していただきました)
鹿戸雄一調教師(撮影時のみマスクを外していただきました)

 「でも、思った以上に落ち着いてどっしりと歩いているな……」

 鹿戸の目に映ったエフフォーリアは、パドックを悠々と歩いていた。ひと安心した指揮官は、オッズ板に目をやった。すると……。

 「1番人気か……。評価されているな……」

 最終的にはダノンザキッドに次ぐ2番人気となるのだが、鹿戸がチェックした時点では1番人気だった。オッズを確かめた後は再び自らの管理馬に目を向け、思った。

 「うん、素晴らしいデキだ。エフフォーリアだけ見て、他の馬は見ないようにしよう……」

 やがて騎乗合図がかかると、手綱を取る横山武史が現れた。

 「緊張しているな……。余計な事を話すのはよそう」

 そう思い「自信を持って乗って来い」とだけ伝えた。

皐月賞のパドックで横山武史が騎乗したエフフォーリア
皐月賞のパドックで横山武史が騎乗したエフフォーリア

 そう言われた横山。1998年12月生まれで現在22歳。この若さで昨年、関東リーディングに輝いたが、GⅠ勝ちという大きな勲章はまだ手にしていなかった。

 「この大舞台でチャンスのある馬に乗れる」

 そう思うと「緊張した」。

 それでも前年に競り合った末、関東リーディングを獲得した事実と、一昨年、騎乗停止となった父の代打で急きょ騎乗した日本ダービーの経験が彼のメンタルに鎧を着せていた。前夜も熟睡して、クラシック第1弾を迎える事が出来た。

リオンリオンでダービーに騎乗した経験も大きいと横山は語る
リオンリオンでダービーに騎乗した経験も大きいと横山は語る

 パドックで跨り、本馬場に入る。返し馬、そして待避所と、鞍下から良い雰囲気を感じていた。

 「落ち着いていて、全く手がかからない。良いぞ……」

 本馬場のすぐ横で返し馬を、それ以降はスタンドに移動して見守った鹿戸の目に良い雰囲気が伝わった。その上で、7番という枠順に関しては「最内とか大外より良い」と感じ、ゲートに納まるエフフォーリアを凝視した。

 この枠番を更にポジティブにとらえていたのが横山だ。過去の皐月賞のデータを見ると「7番というのが凄く良かったので、悪い気はしなかった」。事実、7番枠は3年前にエポカドーロが勝利。その前後に加え、一昨年も2着。計4年連続で連に絡む好枠となっていた。

横山武史騎手(コロナ禍前に撮影)
横山武史騎手(コロナ禍前に撮影)

完勝で1冠目を制覇

 ゲートインしたエフフォーリアに対し「変わらず落ち着いて良い感じ」と、鹿戸が思った次の刹那、前扉が開き、スタートが切られた。

 「よし!! 上手にスタートを切れた」

 お陰で好位につけて流れに乗れている無敗馬の姿が目に入った。1周目のスタンド前を通過し、やがて鹿戸の前も通り過ぎて行く。

 「折り合いもついている。このままで良いぞ……」

皐月賞の一周目スタンド前。中央インの青帽がエフフォーリア
皐月賞の一周目スタンド前。中央インの青帽がエフフォーリア

 鹿戸がそう思っている時、鞍上も同様の想いで安堵していた。

 「それなりに流れてくれた。お陰で力む事なく折り合ってくれている……」

 鹿戸の目には終始、好手応えのエフフォーリアが見えた。好位で折り合って向こう正面を走る。勝負どころの3~4コーナーにさしかかってもその手応えに陰りはない。

 「良いぞ。これなら何とかなりそうだ」

 横山は手綱を通して、同じように感じていた。進路を取ったインコースの状態は決して良くなかったが、同じコース取りで前にいたのは1頭だけ。だからキックバックを浴びずに済んだ。そのため「終始、手応えが違う!!」と感じていたのだ。

 馬群は4コーナーを回り、直線へ向いた。すると、エフフォーリアは早くも内からスルリと抜け、先頭に立った。

 「馬場状態を考えると、必ず前は開く」

 そう考えていた横山の思惑通りだった。一方、その様を見た鹿戸は次のように思っていた。

 「早過ぎる事はない。この反応なら最後までもってくれるだろう……」

 その推測に誤りはなかった。抜け出した後は後続との差を広げる一方で、エフフォーリアは悠々とゴール前を駆け抜けた。

 「思った以上に楽に勝てたので、直線もそれほど長く感じる事はなかった」

 鹿戸のそんな想いは、横山のそれと少し、違った。直線で抜け出したエフフォーリアの鞍上で、パートナーは次のように感じていたのだ。

 「直線の短い中山だし、先頭に立つのが早過ぎる事はない。でも、大舞台でこういう形で直線に向くのは初めて……。早くゴールしてくれ……」

 それだけにゴールを過ぎてから初めて「勝ったんだ!!」と思った。

直線は早目先頭から突き放し、2着に3馬身差をつけて完勝したエフフォーリア
直線は早目先頭から突き放し、2着に3馬身差をつけて完勝したエフフォーリア

ダービーへ向けたそれぞれの想い

 1冠馬になったエフフォーリアは一旦、放牧に出された。その後、次なるターゲットでありこの春、最大の目標となるダービーまでの日程を逆算して帰厩。中間、横山も追い切りに騎乗して、この週末を迎える事になった。初めてのダービー制覇へ向けて、鹿戸は言う。

 「至って順調に来ているし、中間、跨った武史も好感触を受けているようでした。距離延長とか、条件は変わるけど、いつも通りの状態で臨めれば好結果が出ると信じているし、実際、良い状態で送り込めそうなので期待しています」

 ダービージョッキーである父・典弘に続き、戦後最年少でのダービージョッキーの座を目指す横山武史も同じ気持ちだ。

 「日が近付き緊張感は高まるけど、これまで通り乗れれば大丈夫と信じています」

 今年の日本ダービーは5月30日。無敗の2冠馬誕生の瞬間を、是非見させていただきたいものだ。

エフフォーリアの最終追い切りに騎乗した横山武史。右端は鹿戸(本人提供写真)
エフフォーリアの最終追い切りに騎乗した横山武史。右端は鹿戸(本人提供写真)

(電話取材、文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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