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コントレイルの父ディープインパクトが、武豊を背に無敗の3冠馬となった日

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
05年、無敗の3冠馬となったディープインパクトと。武豊(撮影:筆者)

無敗で春の2冠を制覇

 2005年10月20日。武豊はこの日、北海道、門別競馬場で交流競走に参戦していた。レースを待つ間に携帯電話に目をやると、言った。

 「枠順は大外でも良いです。それよりもあまり長く待たされるのは嫌だから偶数番が良いですね」

 言い終えて覗いた液晶画面には“4枠7番”の文字が浮かび上がった。すると、一瞬、目を見開いた後、苦笑しつつ、言った。

 「まぁ、青帽なら勝負服にマッチして、似合いますね」

 天才騎手が青い帽子にマッチすると言ったのは“黒、青袖、黄鋸歯形”。金子真人オーナーの勝負服。馬は、この年の皐月賞と日本ダービーの覇者。3日後の菊花賞で無敗の3冠制覇を懸けるディープインパクトだった。

 交流競走を終え、新千歳空港へ向かう車中、栗東からの電話を受けた武豊。電話を切った後、笑みを見せて言った。

 「追い切った後も順調だそうです」

2005年の日本ダービーを勝った時のディープインパクトと武豊(撮影:筆者)
2005年の日本ダービーを勝った時のディープインパクトと武豊(撮影:筆者)

無敗の3冠制覇、当日の出来事

 10月23日の京都競馬場。水色の洗濯ばさみで尾に留めた赤いリボンを揺らしながらディープインパクトは落ち着いて歩いていた。パドックを後出しして、馬場には最後に入るなど、石橋を叩いて渡る姿勢で、リラックスしたままスタートの時を迎えた。ゲートが開くと、序盤は行きたがる素振りを見せたが、そこは名手が冷静に対応した。掛かり気味になりながら進出しようとするディープインパクトが、福永祐一騎乗のアドマイヤフジをパスした次の瞬間、武豊は無敗の2冠馬を今かわしたばかりのアドマイヤフジの前へいざなった。後にこの時のコース取りについて伺うと、次のような答えが返ってきた。

 「3000メートルなので終始外を回らすわけにはいきませんからね。祐一をかわしたところでインへ入れようと考えました」

 左前方にローゼンクロイツ、外にフサイチアウステルを置いて1周目のスタンド前を通過。コーナーをカーブして向こう正面に入る頃にはディープインパクトは折り合った。しかし、2周目の坂の下りで先頭に立ったのはこの2冠馬ではなかった。横山典弘騎乗のアドマイヤジャパンが絶好のタイミングで抜け出したのだ。

 一方、ディープインパクトは徐々に番手をあげてはいたもののまだ7番手。当時の鞍上の心境は……。

 「ラスト550メートルくらいで追い出しました。でも、前半に掛かったせいか反応が悪く感じました」

 直線に向いたところでは「大歓声に驚いた」(武豊)ため、珍しく外へ内へとフラつきそうになった。しかし、それでも最後はいつものように飛んだ。

2005年の菊花賞を制したディープインパクトと武豊(写真;報知新聞/アフロ)
2005年の菊花賞を制したディープインパクトと武豊(写真;報知新聞/アフロ)

 「はい。また飛びましたね」と武豊。上がり3ハロンのラップは33秒3。出走16頭の最速ラップをマークすると、2着のアドマイヤジャパンに2馬身の差をつけてゆうゆうとゴールに飛び込んだ。後に多くの人が“史上最強馬”と口を揃えて評したディープインパクトだが、この時点ではデビュー以来7戦7勝。無敗で3冠制覇を達成した瞬間であった。

 ウイナーズピクチャーでは3冠制覇を意味する3本の指を立てた武豊。数々の記録を更新し続けていた日本の第一人者をしても、安堵の表情を見せた事が、忘れられない。

無敗の3冠に3本指を立てた武豊。その表情はホッとしているように見えた(撮影:筆者)
無敗の3冠に3本指を立てた武豊。その表情はホッとしているように見えた(撮影:筆者)

父以来となる無敗の3冠馬は誕生するのか……

 それから15年。今年、ディープインパクトの子供のコントレイルが3冠制覇に挑む。ここまでの戦績は6戦6勝。3冠制覇となれば、父と同じデビュー以来7連勝での大偉業達成となる。手綱を取るのはディープインパクトの3冠達成を目の前で見ていた福永祐一。果たして今度は3本指を立てる側になれるのか、それとも武豊がはだかるのか……。今年の菊花賞は10月25日。コロナ禍により入場制限がされているのは残念だが、淀の大一番に注目しよう。

父ディープインパクトと親子2代の無敗の3冠馬を目指すコントレイル。鞍上は福永祐一(撮影:筆者)
父ディープインパクトと親子2代の無敗の3冠馬を目指すコントレイル。鞍上は福永祐一(撮影:筆者)

(文中一部敬称略)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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