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G1を制したラウダシオン。勝因をデムーロと武豊のお陰と指揮官が語る理由

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
G1勝ちのラウダシオン。右のマスク姿が斉藤崇史師(写真;日刊スポーツ/アフロ)

ミルコの希望で2週連続追い切り騎乗

 5月10日、東京競馬場で行われたNHKマイルC(G1、3歳、芝1600メートル)を制したのはラウダシオン(牡3歳、栗東・斉藤崇史厩舎)だった。9番人気とダークホースだった同馬を栄冠に導いたミルコ・デムーロ騎手の手綱捌きが称賛されるが、管理する斉藤はデムーロだけでなく「武豊さんのお陰」とも語った。

 前走のファルコンS(G3)で2着に敗れた後、放牧されたラウダシオン。栗東トレセンに帰厩した同馬を見て、斉藤は「あれ?」と感じたと言う。

 「約1ケ月ほどの放牧でしたけど、前よりも逞しくなって帰ってきたと感じました。体重が増えているわけではないけど、デビュー当初の頼りない感じは全くなくなったと思いました」

 少しずつだが確実に良くなっているという印象は以前から持っていた。そして、武豊にも言われた事があったと続ける。

 「2月の東京でユタカさんが乗った時に『前よりもすごく良くなっている』とおっしゃってくださいました」

 日本のナンバー1ジョッキーが初めてラウダシオンに乗ったのは昨年の9月。小倉2歳S(G3、3着)だった。それ以来の騎乗となったのが今年2月のクロッカスS。見事に勝利すると、その良化ぶりに先の発言をしたと言う。

クロッカスSを勝利した時のラウダシオン。鞍上は武豊
クロッカスSを勝利した時のラウダシオン。鞍上は武豊

 ファルコンS後の仕上げにはとくに手間取る事はなかったそうだ。

 「気性面で多少敏感なところはあります。でもキャンターに行けば折り合うし、調教が難しいタイプではありません」

 そんな中、1週前、そして最終追い切りと新たにコンビを組む事になったデムーロが騎乗した。この時のエピソードは次のように語る。

 「初騎乗になるので1週前に乗ってもらいました。その時は『緩い感じで手前を変える時にバランスを崩しそうになったけど、まだ良くなりそうだと感じました』と言われました」

 そして「最終追い切りも乗せて欲しい」とジョッキーの方から言ってきたそうだ。

 「何か考えがあるのだと思い、任せる事にしました。結果、サラッと流して来ただけだったけど『先週より良くなっている』と明るい表情で語っていました」

見える勝因と見えない勝因

 こうして競馬当日を迎えた。新型コロナウイルスの影響で公共の交通機関は使わず、栗東から自ら運転する車で東京競馬場に入った斉藤は、ラウダシオンを見て「良い感じ」だと思った。パドックでジョッキーには何も言わなかった。レース後、デムーロは「前へ行こうと考えていました」と語ったが「注文をつけたわけではない」と言う。

 「行かしておいて引っ張るとか、逆に引っ張った後に行かせるとか、バタバタした形にならなければ良いと思っていました。とにかく相手が強いので自分の競馬でどこまで通じるか?という気持ちだったから、乗り方はジョッキーに任せました」

斉藤崇史調教師
斉藤崇史調教師

 ゲートが開くと1番人気のレシステンシアがハナを奪いに行った。この馬の先導で形が出来たか?と思えたところで並びかけてきたのがラウダシオンだった。デムーロはレース後、当時の心境を次のように言った。

 「前走もスタートは出ていました。今回は1600メートルですけど、今日の馬場は後ろからあまり来ないので、よいところにつけたいと思っていました」

 一方、斉藤はこの時、次のように感じながら戦況を見守っていた。

 「ゲートの駐立が少し良くないのでスタートには注目していました。思った通り一歩目は遅くなってしまったけど、ミルコが行かせるとすぐに前へ行ってくれました」

 一瞬はハナを奪うかと思えたが、無理する事無く2番手におさまった。結果的にここで勝負の趨勢はほぼ決していた。終始この位置を追走したラウダシオンに残された仕事は1番人気馬をかわすだけ。「クリストフ(レシステンシア騎乗のルメール)がさすがのペースで走ってくれたし、最後まで差し切れそうな気持ちがありました」と言う鞍上にいざなわれ直線へ。その時、舞い上がった砂塵をスタンドから見た指揮官は次のように感じていた。

 「これだけの風が吹いていたら差し馬勢が台頭してくるのは難しい。先行勢での決着なら充分にチャンスがありそうだ」

 そう感じてからラウダシオンが先頭に躍り出るまでにそれほどの時間は要さなかった。ゆうゆうとかわして先頭に立つと粘るレシステンシアに1馬身半の差をつけて先頭でゴールへ飛び込んだ。先頭に立ってからゴールを駆け抜けるまでの間はさすがに長く感じたのでは?と斉藤に問うと「意外とそうは感じませんでした」との答え。それくらい危な気のない完勝ぶりだった事が分かる。

 「無観客で本当に寂しい。ガッツポーズも出なかったけどとっても嬉しい。今回は馬の力がありました」

 アドマイヤマーズに続きNHKマイルC連覇を果たしたデムーロがそう言えば、斉藤は彼の手綱捌きを絶賛した。

 「さすがミルコですね。相手にまわすと怖いけど、味方にするとこれほど心強いジョッキーはいません。このところ惜敗続きだったのでG1でこういう結果になって本当に嬉しいです」

 クロノジェネシスで戴冠したかと思えた大阪杯(G1)では最後にラッキーライラックにクビ差、かわされた。その勝者に乗っていたのがデムーロなのだから、斉藤の言葉には重みがある。その大阪杯だけでなくリュヌルージュで大穴を開けたかと思えた雪中の中山牝馬S(G3)もゴール寸前フェアリーポルカに大金星を持っていかれた。そして、同じ日に行われたファルコンS(G3)でゴール前、差し切られて惜敗したのがラウダシオンだった。この時のラウダシオンについては次のように語る。

 「このレースとその前のクロッカスSで2度連続ユタカさんがスタートを決めてくれました。今回ミルコがうながしたらすぐに反応してくれたのは、その二走でユタカさんが教えてくれたお陰だと思います」

武豊でクロッカスSを勝利した直後のラウダシオン
武豊でクロッカスSを勝利した直後のラウダシオン

 今回の勝因の一つにデムーロの騎乗があるのは誰の目にも明らかなところ。彼は“さすが”の騎乗をした。しかし、どんなレースでも勝因が一つに絞られる事はなく、なかなか見えないところ、分かりづらいところにも勝因や敗因があるのが競馬の面白いところだと、改めて気付かせてくれる斉藤の言葉であった。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

*お忙しい中、電話での取材にお答えいただきありがとうございました。

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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