有馬記念、勝ち馬の調教師が予言していた事。騎手を巡る不思議なエピソードとは?

第63回有馬記念を3歳で制したブラストワンピース

平成最後の有馬記念を制したのはブラストワンピース

 12月23日に行われた第63回有馬記念(G1)を制したのはブラストワンピース(牡3歳、美浦・大竹正博厩舎)だった。

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 ブラストワンピースがデビューしたのは2017年11月19日。東京競馬場、芝1800メートルの新馬戦に出走すると5番人気ながら快勝してみせた。同馬を担当する持ち乗り調教助手の八木大介にとってこれが実に4年ぶりとなる勝利だった。

 「それまで担当していたショウナンワダチが引退したばかりのタイミングでブラストワンピースが現れて勝ってくれました」

 これなら重賞の1つくらいは勝てるかも……と言う八木の思いは良い意味で裏切られることになる。500万条件のゆりかもめ賞を連勝すると3戦目の毎日杯(G3)を優勝してあっさりと重賞初制覇。続く日本ダービー(G1)こそ5着に敗れたものの更に続く新潟記念(G3)は古馬を相手に大外から力でねじ伏せる競馬を披露。デビューから10カ月と経たずして重賞2勝目をあげてみせたのだ。

ブラストワンピースを曳いているのが八木大介持ち乗り調教助手
ブラストワンピースを曳いているのが八木大介持ち乗り調教助手

 「ダービーは勝ち馬にうまく乗られてしまいました。それでも差のない競馬をしてくれたし、この時点ではまだ成長途上の身だったので、秋になればもっと期待できると確信しました」

 管理する大竹は当時、そう語っていた。

 新潟記念の後は菊花賞(G1)に出走。1番人気に推されたが残念ながら4着に惜敗した。

 「遅い流れになって追い込み切れませんでした」

 続くターゲットはグランプリ・有馬記念とした。

調教師の大竹
調教師の大竹

 大竹にとって有馬記念は特別なレースだった。

 大竹の父は元騎手の大崎昭一だった。父が騎手を引退後、予想会社に勤務したのを機に、苗字を妻方の姓に変更し、大竹としたのだ。

 そんな彼の父である大崎が、初めて勝ったG1がカブトシローで制した有馬記念だった。1967年の話であり、大竹の生まれる2年前のことだったが、彼はそれを知っていた。

 また、大竹がまだ9歳だった1979年に大崎はグリーングラスで2度目の有馬記念制覇を飾っているが、当時のこともよく覚えていると語る。

 「中野隆良調教師から突然、依頼を受けてとても喜んでいたのを覚えています」

 当時まだ幼かった大竹は、決して競馬のことが好きではなかった。むしろ「父が怪我をすることもあったし、健康でも土日の休みを奪う」そんな競馬を恨んでさえいた。しかし、そんな当時でも有馬記念での出来事はしっかりと覚えていたのだ。

 そして今年、その有馬記念にブラストワンピースを送り込んだ。レースの前には2週にわたり栗東から池添謙一を呼び寄せ、調教に乗ってもらった。

ブラストワンピースに有馬記念前の調教で騎乗する池添と、寄り添って歩く大竹
ブラストワンピースに有馬記念前の調教で騎乗する池添と、寄り添って歩く大竹

 「2週とも満足できる動きをしてくれました」

 調教に跨った池添はそう言った。

 ブラストワンピースにはデビュー以来、全てのレースで手綱をとってきた。そして、「この馬は絶対にG1を勝てる馬」と言い続けてきた。しかし、日本ダービーで5着に敗れると菊花賞も4着。3冠ジョッキーとしては忸怩たる思いを胸に秘め、このグランプリに臨んだことだろう。

 レース3日前に行われた公開枠順抽せん会では、出走16頭中2番目に指名を受け、自らクジを引いた。8番枠を引くと、次のようにコメントした。

 「真ん中より内が欲しいと思っていたのでギリギリ許容範囲です」

 そして、その気持ちが実際に表れた手綱捌きを見せた。スタートを出して行くと、行きたい馬を行かせながらも自らの位置をとった。そしてしっかりと折り合わせた。逃げたキセキが後続との差を広げるシーンがあったが、これにも慌てず、かといって後ろのレイデオロを待つ事もなく、早目のタイミングで捉えに動いた。いや、早目というのは通常のパターンで考えると、ということであり、ブラストワンピースにとっては決して早目ではなく、絶妙のタイミングでの追い出しだった。これは急な乗り替わりではなく、デビューからコンビを組み続け、鞍下の個性を知り尽くしている池添だからこそ出来る芸当だっただろう。結果、早目に先頭に躍り出たブラストワンピースは、1番人気のレイデオロの猛追を抑え、真っ先にゴールに飛び込んでみせたのだ。

好騎乗にいざなわれ真っ先にゴールに飛び込んだブラストワンピース(中央青帽)
好騎乗にいざなわれ真っ先にゴールに飛び込んだブラストワンピース(中央青帽)

 武豊や岡部幸雄らの3勝という記録を塗り替える有馬記念4勝目を飾った池添はレース後の共同会見で大竹とのエピソードを語ってくれた。

 「ブラストワンピースとコンビを組むようになる前の事ですけど、大竹調教師が『自分の初G1勝ちは謙一になる気がする』と言っていたことがあり、それに対し『僕もそんな気がします』と答えました」

 そして、実際にこの有馬記念が、大竹にとって初のG1制覇となったのだ。

 先述した通り、「競馬を恨んでさえいた」という大竹だが、その後、翻意して競馬の世界に入ると、1997年、美浦・鈴木清厩舎で厩務員となり、トレーニングセンターでのキャリアをスタートした。

 「鈴木調教師は平成元年の有馬記念をイナリワンで制していました。そして、僕が平成最後の有馬記念を勝てました。不思議な縁と歴史を感じます」

 ブラストワンピースはまだ3歳。外国人ジョッキーの活躍で乗り替わりも当たり前となっている昨今だが、大竹と池添の絆が、同馬の今後、更なる歴史を構築していくことと信じたい。

見事に有馬記念を優勝したブラストワンピースの鼻面を愛撫する池添と、微笑ましい表情でそれを見つめる大竹(右)
見事に有馬記念を優勝したブラストワンピースの鼻面を愛撫する池添と、微笑ましい表情でそれを見つめる大竹(右)

(文中敬称略、写真提供=平松さとし)