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クリス・ロック、コメディショーでウィル・スミス夫妻を容赦なく斬る

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ライブ中継されたショーの中で、クリス・ロックはウィル・スミスについて語った

 オスカー授賞式でクリス・ロックがウィル・スミスに平手打ちをされてから、ほぼ1年。ソーシャルメディアを通じ、スミスは「君が話したいと思うようになったら、僕はいつでも話します」とロックにメッセージを送ったが、ロックには到底そのつもりはないようだ。アメリカ時間4日、Netflixで配信された「Chris Rock: Selective Outrage」に、それは明らかだった。

 この番組は、ボルチモアの劇場で行われるロックのスタンダップショーをライブ配信するもの。Netflixは初のライブ配信を大イベントとして扱い、大々的なプロモーションをして挑んだ。人々の最大の関心はもちろん、ロックがあの事件をどうネタにするのかだ。

 そんな期待に、ロックは冒頭から応えた。舞台に登場した彼は、まず「今日は僕のショーに来てくれてありがとう。今日は誰も怒らせないように気をつけるよ。そう頑張るつもり。何が引き金になるかわからないしね」と、観客に挨拶。これはスミスのことだなと思っていると、「『言葉で傷ついた』っていう人もいるよね。でもそう言う人は顔をぶん殴られたことがないんだよ」とはっきりとあの事件に言及して、観客を爆笑させている。

 その後はすぐ別のネタに移ったが、最後にロックはまたスミスの話題に戻ってきた。

「みんな知っているよね。僕はオスカーでぶん殴られたんだよ。『痛かったですか?』って聞いてくる人がいるけど、まだ痛いよ。今も『サマータイム』の歌が耳鳴りしているよ」。

 だが、自分は被害者ではないと言い、テレビ番組に出て泣きながら心境を語るようなことは絶対にしないと言うと、会場から大きな拍手が起こる。続いて彼は、「テレビじゃわからないと思うけれど、ウィル・スミスは僕よりずっと体が大きいんだ。僕らは同じ体格ではない。奴は映画でよく上半身裸になるよね。僕は絶対上半身裸にはならない。もし映画で心臓手術をするシーンをやらなきゃいけなくなっても、セーターを着て出るよ」「ウィル・スミスは映画でモハメド・アリを演じたんだ。僕があの役のオーディションを受けると思うかい?僕は『ニュー・ジャック・シティ』でプーキーを演じたんだよ!」とジョークを言い、普段から鍛えている強い男が弱い男に暴力を振るったのだということを強調した。

ウィル・スミスを一番傷つけたのは彼の妻

 そこから先は、さらに辛辣に。このショーのタイトル「Selective Outrage」は、同じ悪事を働いても攻撃される人と攻撃されない人がいる社会の現実についてのこと。その例としてロックは、未成年に性暴力を行ったR・ケリーの歌を「もう聴かない」と言いつつマイケル・ジャクソンの歌をまだ平気で聴いている人を挙げたが、スミスがロックにやったことも同じだというのである。

 スミスの妻ジェイダ・ピンケット=スミスは、スミスとの結婚生活を「お休み」している間、別の男性と関係を持っていたことを自ら明かしている。夫婦の仲が戻った後、ピンケット=スミスは夫を自分のトークショーにゲストとして呼んで、そのことを話題にした。それら一連のことでスミスの中にはすっきりしないものが溜まっていて、それを自分にぶつけてきたとロックは考えるようだ。

「誰だって浮気されたことはあるだろう。だけど浮気した側が浮気されたほうをインタビューするなんてある?『私は別の男のペニスをくわえたけど、そのことについてあなたはどう思った?』ってさ。なぜ彼女はそんなことをするんだ?彼が僕を傷つけたよりずっとひどく彼女は彼を傷つけたんだよ」。

 追い討ちをかけるように、ロックは「みんなが彼ら(スミス夫妻)のことをビッチと呼んでいる。みんなだ。なのに、彼が攻撃したのは僕。勝てるとわかっている黒人男だ」「僕はウィル・スミスが大好きだった。彼のことを人生でずっと応援してきた。でも今は彼が鞭打ちされるのを見るためだけに(スミスが奴隷を演じた)『自由への道』を見る。『もっと彼を打ってくれ!』って」とも言った。

 ライブ配信されるショーでこれだけのことを言ってしまった以上、ロックとスミスの仲直りの道は閉ざされたかもしれない。

メーガン妃、白人男、ヨガアパレルブランドもネタに

 1時間強のショーの中で、ロックはほかにも多くの人たちをネタにしている。メーガン妃はそのひとり。イギリス王室で人種差別を受けたとテレビのインタビューで不満を言った彼女について、ロックは「知らなかったって?何言っているの?ロイヤルファミリーだよ。人種差別者の元祖じゃないか。植民地を始めた人たちだよ。(彼女の言っていることは)バドワイザー一族に嫁いで『この人たちは酒を飲む』って言っているようなものだ」と、ばっさり。

 メーガン妃は、生まれてくる子はどんな肌の色なのだろうかと王室の誰かが言ったとも語ったが、ロックは、黒人だって自分たちの赤ちゃんの肌が薄めの色になるのか濃くなるのかを気にするもので「それは人種差別ではない」と反論。メーガン妃が体験したことは、差別というより、義理の家族との問題なのだと指摘した。

ロックはショーの中でイーロン・マスクや人口妊娠中絶などもネタにしている
ロックはショーの中でイーロン・マスクや人口妊娠中絶などもネタにしている

 白人男もターゲットにされた。彼らが自分たちを被害者のように思っているのは、ロックにしてはバカらしいかぎりなのだ。

「白人男たちはこの国が乗っ取られると思っている。誰に?僕らじゃないよ。黒人のクルーズ船もエアラインもないじゃないか。僕らにそんな金はない。だけど白人男は国が奪われると本当に思っているんだ。信じられる?議会議事堂の襲撃を見た?白人の男たちが自分たちの支配する政府を攻撃したんだよ。奪ってやる!って。誰から?自分たちからさ」。

 企業の偽善もネタにされている。槍玉に挙げられたのは、ヨガウェアの人気ブランド、ルルレモン。

「『私たちは人種差別、女性差別、ヘイトに反対します』と彼らはうたう。でも彼らの売るヨガパンツは100ドルもする。彼らは誰かを嫌っているってこと。それは、貧乏人」「彼らは100ドルの反人種差別ヨガパンツを売る。今夜の観客は同意すると思うけど、ほとんどの人は100ドルの反人種差別ヨガパンツより20ドルの人種差別ヨガパンツのほうを好むんじゃない?」とロックは言って、会場を爆笑させた。

 しかし、ロックはまた、ちょっとシリアスな話題も挙げている。彼の娘がパリの料理学校に通い始めたということを語るのと同時に、1945年生まれの母が受けた屈辱について述べたのだ。かつてサウスカロライナ州では黒人の患者が白人の歯医者に診てもらうことは法律で禁止されており、黒人の歯医者が見つからなかった場合、獣医に行くしかなかった。ロックの母も、子供の頃、しかたなくそうしたという。

「ハリエット・タブマンの時代じゃないよ。僕の母だよ。そんなことを体験した、その同じ女性が、今や年に2回、飛行機に乗ってパリに行き、料理学校に通う孫娘とお茶をするんだ。考えてみてよ」。

 それを受けて会場からは温かい拍手が湧いた。しかしその後にまたブラックなオチがあったところは、いかにもロックだ。このライブ中継がどれだけの人に見られたのか現段階ではわからないが、恐れを知らぬ彼がまたもやいろいろな意味で話題を提供したことは間違いない。

写真:Kirill Bichutsky/Netflix 2023

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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