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真ん中の席には追加料金。アメリカ最大手映画館の価格変更に「愚策」「自殺行為」と批判の声

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 フリークエント・フライヤーでない乗客が、飛行機で前のほうや通路側の席を予約しようとすると、しばしば追加料金を要求される。一般の旅行者に人気がないそんな制度と同じものを、アメリカの映画館チェーンが導入しようとしている。

 アメリカで最大手のAMCシアターは、今週金曜日から一部の劇場で「Sightline」と呼ばれる価格システムを開始すると発表。選ぶ席によって価格が違うというもので、「スタンダード」だと今と同じ値段だが、真ん中は「プレミアム」として高くなり、一番前の席は「バリュー(お手頃)」としてやや安くなる。

 ただし、「バリュー」を選ぶためには、無料会員も含めAMCのメンバーシップに加入している必要がある。また、月額およそ20ドルで週に3本まで映画見放題の有料プログラム「A-List」のメンバーは、追加料金なしで「プレミアム」の席を予約できる。午後4時までに上映開始の回は、これらの席の区別はなく、今まで通り。この制度は年末までにすべてのAMCの映画館で採用されるとのことだ。

 彼らの狙いが「A-List」の会員を増やすことなのは見え見え。だが、そこに食いつく映画ファンが多いとは決して思えない。パンデミック以来、劇場公開される映画の本数自体が減っていて、「週に3本まで見放題」と言われても、それほど見たいものがない週が多いというのが実情なのだ。それに、これまたパンデミック以降は劇場公開から配信リリースまでの期間は極端に短くなった。今ではまだボックスオフィスでトップ5までに入っている作品でも、少し高めの料金を払えば家で見られたりするのである。家族で見るなら、そのほうが断然お得だ。

「一番前の席だと安くなる」と言われても、だからと言ってわざわざ一番前の席を選ぼうという人がそれほどいるとも思えず、これは実質上の値上げと言っていい。ただでさえ、近年、とりわけ都市部において、アメリカの映画館の値段は上がっている。30年ほど前なら、週末は必ず何か映画を見に行くという人がたくさんいたものだが、今や人は「これは映画館で見たいかどうか」を考え、選んでいる。昨年の「トップガン マーヴェリック」や「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」はまさにそれで、これらの映画は大きく儲かったものの、全体で見ると客足は不十分であり、最近も業界大手のリーガルシネマの親会社が倒産宣告をし、いくつかの映画館を閉鎖したところだ。

「ややこしくして客を遠ざけたいのか」

 そんな状況の中でわざわざ客を怒らせるような方針を採用したAMCに対して、ソーシャルメディアには「ばかげている」など、揶揄や批判の声が上がっている。

「本気?やっと人が戻ってきたのにあえて自殺行為をするの?最悪のアイデア」「これでもう誰も映画に行かなくなるだろう。とりわけ興行成績に貢献する家族連れはね」「映画館はコンサート会場とは違う。すでに映画館のチケットは高いのに、追加料金を払うことに納得する人は少ないはず」「AMCはチケットを買うのをややこしくして、もっと人を映画館から遠ざけたいようだ」など、客から反感を買うことを予測するコメントが多数。「上映が始まってから良い席に移動する人をどう止めるのか」「12人以上客が入っていたのを見たことは、最近ほとんどない。そんな中で値上げできるのか」という素朴な疑問や、「だからシネマークのほうが良い劇場チェーンなんだよ」とライバルを持ち上げるコメントもある。

 また、「小さいサイズのポップコーンとドリンクで20ドルも取る。ローンを組まずに映画を見ることはもはやできないのか」という皮肉や、AMCがコマーシャルにニコール・キッドマンを起用していることを受けて、「ニコールは知っているの?」という冗談の書き込みもあった。

「出やすいように端っこの席が好きだから、自分には関係ない」というようなものを除いて、この新たな価格設定に理解を示すコメントは、ほぼゼロ。AMCは映画ファンに喧嘩を売ったわけだ。それは、この後の売り上げにどう影響するのだろうか。ライバルの劇場チェーンがどう対応するのかも注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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