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誤射事件のアレック・ボールドウィン、起訴されることに。最大で懲役5年も

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 インディーズ映画「Rust」の撮影現場で悲劇的な死傷事件が起きて、1年3ヶ月。時間をかけて捜査を続けてきたニューメキシコ州の検察が、現地時間19日朝、誤って銃を撃った当事者であるアレック・ボールドウィンと、武器の担当者を務めたハンナ・グテレス=リードを、過失致死の容疑で起訴すると発表した。武器の管理は自分の責任ではなく、自分が刑事事件で起訴されることはないと楽観的な主張をしてきたボールドウィンにとって、大きな打撃だ。グテレス=リードが用意した銃を、中の確認をせずに「コールドガンです」と言ってボールドウィンに手渡した助監督のデイヴ・ホールズは、すでに軽罪を認め、司法取引に応じている。

 事件が起きたのは、2021年10月21日、ニューメキシコ州サンタフェ郊外。ランチ休憩の後、主演兼プロデューサーのボールドウィン、監督のジョエル・ソウザ、撮影監督のハリナ・ハッチンスは、次のショットをどう撮るかについて、ロケ場所である小さな教会の中で話し合っていた。ハッチンスがカメラを覗く中、ボールドウィンは、レプリカのコルト45を引き抜き、ハッチンスのほうに向けて構えてみせる。だが、そこでなぜか銃が発射されてしまった。しかも、考えられないことに、中に入っていたのは実弾。弾はハッチンスの体を突き抜け、さらにソウザの肩に当たる。ハッチンスは搬送された病院で死亡。ソウザはほどなくして退院した。

ボールドウィンの弁護士は「ひどい誤審」と批判

 警察の調べで、現場にはほかにもいくつかの実弾があったことがわかっているが、具体的にどのように紛れ込んだのかは明らかにされていない。グテレス=リードは、小道具の銃に銃弾を詰めたのは自分だということ、また、ランチ後のリハーサルの前、銃は鍵をかけて保管されていたことから、再度チェックをしなかったことを認めている。

 ダミーの弾には小さな穴があり、振ると音がすることから、誰かがちゃんとチェックをしていればすぐにわかったはずだ。だが、一番の責任者であるグテレス=リードはそれを怠り、ホールズも中を開けることなく安全だと宣言してボールドウィンに手渡した。ボールドウィンも、念のために確認することをしていない。

 事件の後、ジョージ・クルーニーは、出演したポッドキャストで「(撮影で)銃を扱う時は、毎回自分で開けてみて、自分が銃を向ける相手とクルー全員に見せる。毎回だ」と語った。だが、「銃を触るのは俳優の責任ではない。むしろ俳優はそれをすべきではない」とずっと教わってきたというボールドウィンは、クルーニーのコメントに対し、「毎回自分で銃をチェックするのが君のプロトコルだというなら、それはそれで良いよ」と返している。別の機会には、「僕は、キャリアの中でずっと、エキスパートが安全だと言うのを信頼してきた。それで今まで何も問題は起こらなかった」「(起きたことは)誰かの責任。それが誰なのかはわからないが、自分ではないと僕は知っている」とも彼は述べている。

 起訴が決まったことについて、ボールドウィンの弁護士ルーク・ニカスは「ひどい誤審」と批判。「銃の中に実弾が入っていること、また現場のどこかに実弾があることなど、ミスター・ボールドウィンには知る由がありませんでした。彼は、そのためのプロに頼っていたのです。その人たちが、実弾はないと彼を安心させたのです。私たちは戦います。そして、勝ちます」とも、ニカスは述べた。

 一方、地区検事長のメアリー・カーマック=オーツウィーズは、「証拠とニューメキシコ州の法律を検証した結果、アレック・ボールドウィンと、他の『Rust』のクルーメンバーを刑事犯罪で起訴するに十分な証拠があると、私は判断しました。私が見守る中では、誰も法から逃げることはできません」と述べている。ハッチンスの遺族の弁護士ブライアン・J・パニッシュは、「私たちはこの起訴を支持します。司法制度が人々を守り、法律を破った人が裁かれることを、私たちは強く望んでいます」と語った。

「Rust」の撮影は今年再開する予定だった

 カーマック=オーツウィーズは、陪審員らに、ふたつの選択肢を与えるつもりでいるとのことだ。そのうち軽いほうは、ボールドウィンとグテレス=リードに最大18ヶ月の懲役と5,000ドルの罰金を命じるというもの。重いほうは、最大5年間の懲役となる。

 また、カーマック=オーツウィーズは、ボールドウィンには引き金を引いた俳優としても、現場の安全を守らなかったプロデューサーとしても、この事件に責任があるとしている。ボールドウィンは、自分は引き金を引いていないとし、銃に問題があったと主張してきたが、FBIが調べた結果、銃に問題はなかったとのことで、検察は彼が引き金を引いたと判断した。捜査にここまで時間がかかったのは、銃についての調査結果を待っていたことも関係しているらしい。

 ボールドウィンは、事件の後も俳優としての仕事を続けてきた。事件を受けて中断されていた「Rust」の撮影も、再開するべく動き出したところだ。ハッチンスの夫マシューがボールドウィンを含む製作陣に対して起こした民事訴訟の和解にともなって決まったもので、ハッチンスの夫はエグゼクティブ・プロデューサーの肩書きを得ることになった。しかし、主演のボールドウィンが刑事裁判で起訴されたことで、今後どうなるのかは不明だ。

 マシュー・ハッチンスとは和解したものの、ほかにもボールドウィンと製作陣は複数の民事訴訟に直面している。それとは別に、グテレス=リードは、撮影現場に武器と銃弾を供給した業者セス・ケニーに対する訴訟を起こしている。ケニーは「Rust」の現場に実弾を供給したことを否定している。

 ハッチンスはウクライナ生まれ。2015年にロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティチュート・コンサバトリーを卒業し、2019年には「American Cinematographer」誌から、「今後注目の10人の撮影監督」のひとりに名前を挙げられた。死亡時、42歳。夫マシューとの間にひとり息子がいる。夫マシューの支持も得て、現在、彼女のドキュメンタリー映画の製作が進められている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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