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「トップガン」著作権訴訟、パラマウントが棄却を要請。「続編で使ったのは事実のみ」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
カンヌプレミアが行われた頃、裏では原作者の遺族から公開停止要請が出ていた(写真:REX/アフロ)

 公開から丸3ヶ月が経っても、「トップガン マーヴェリック」が相変わらず絶好調だ。だが、祝福ムードに酔うパラマウント・ピクチャーズには、目の上のたんこぶがある。公開後まもなく、1986年のオリジナル「トップガン」の原作である雑誌記事の著者エフド・ヨナイの遺族から、著作権侵害で訴えられたのだ。

 アメリカでは、1977年以後の著作の場合、35年が経過すれば、著作保持者が使用権を取り戻すことができる。パラマウントがヨナイの記事の映画化権を取得したのは1983年5月なので、切れるのは2018年5月だ。ヨナイの遺族は、少し余裕を与え、2020年1月をもってこの著作の使用を停止するという手紙を2018年1月にパラマウントに送っていた。しかし、パラマウントはそれに答えることなく、ライセンスが切れた状態で続編「〜マーヴェリック」を今年5月末に公開したのである。

 権利が失効した段階ですでに作品が出来上がっていれば問題にはならない。しかし、ヨナイの遺族は、続編が完成したのは2021年5月8日だと、具体的な日にちを出して主張している。一方、パラマウントは、2020年1月の段階ですでに映画は出来ていたと述べており、これを証明できるかどうかが鍵になるのかと思われていた。

事実は著作権の対象ではない

 だが、現地時間先週金曜日に裁判所に提出した書類で、パラマウントはまるで違う方向からアプローチをし、訴訟の棄却を願い出たのだ。彼らの言い分は、続編はそもそもヨナイの記事にもとづくものではなく、話もまるで違っており、著作権うんぬんは関係ない、というものだ。

「原告は、パラマウント・ピクチャーズの2022年の大ヒット映画『トップガン マーヴェリック』は彼らの1983年の雑誌記事の著作権を侵害するものだと訴えている。原告が(訴状に)記事そのものを添付しなかったこと自体も物語っているが、あの記事はトップガンという名前で知られる海軍戦闘機兵器学校についてのノンフィクションである。対照的に、『〜マーヴェリック』は、マーヴェリックというフィクションのベテランパイロットが、自分に恨みを持つ男を含む卒業生に教えるため、トップガンに戻るというアクション映画である」と、パラマウント側は訴状で述べる。

 さらに彼らは、「記事と映画を比べてみれば、『〜マーヴェリック』があの記事から著作権で守られているものをまったく使用していないことは、裁判所もおわかりになるだろう。このまるで違うふたつのもので唯一似ている部分は、トップガンという、実在の特訓施設である。原告は、トップガンに関するものを作る権利を独占することはできない」と続け、過去の裁判例にある「事実を著作権として保有することはできないというのは、著作権法の最も基本的なことである」という文章を引用した。

 つまり、パラマウント側は、トップガンの特訓の状況、パイロットが腕立て伏せをする様子、お互いを名前でなくニックネームで呼び合うこと、パイロット同士の人間関係など、オリジナルのノンフィクションの記事にあり、「〜マーヴェリック」にも出てくる要素は、すべて事実なのであり、著作権で守られていないと主張しているのだ。空中での戦闘について、記事が「強烈」「迫力がある」「ちょっとした間違いで生きるか死ぬかが変わる状況」と描写し、映画でもそのようなシーンが展開されることについても、「記事は事実を伝えているのであり、それを原告が所有することはできない」と述べる。

「〜マーヴェリック」にはオリジナルの記事にあった「激しい競争がある中にもある強い仲間意識」「家族のような関係」「ヒーロー的なパイロット」といったテーマが使われているという件についても、これらはきわめて一般的で、著作権として保護されるものではないと、パラマウント側は反論。また、記事には会話がまったく出てこず、記事と映画どちらにも出てくる言葉は業界用語、すなわち実際に存在するものだと指摘する。キャラクターについても同様で、記事はヨギとポッサムというふたりの男性に焦点を当てているが、このふたりはもちろん、記事に出てくるほかのパイロットも実在の人物だ。

「ヨナイがパイロットのパーソナリティを描写していたにしろ、実在の人物であるならば、著作権には関係がない。そのパーソナリティは(ヨナイによって)創作されたものではないからだ」と、パラマウント側は主張する。

どちらにも大きなものがかかっている

 パラマウントがヨナイの遺族から手紙を受け取った2018年1月、「〜マーヴェリック」は、グースの息子ルースターを出してくるというストーリーで行くことが決定し、本格的に製作に取りかかったところだった。その時点では、手紙にあった期限の2020年1月より前に映画が公開されるはずだったので、パラマウントは深く考えなかったのかもしれない。だが、ポストプロダクションに時間をかけるために公開を遅らせ、そこへパンデミックが起きてもっと延期せざるを得なくなっても、パラマウントは何の行動も起こさなかった。そしてついにしびれを切らしたヨナイの遺族は、公開が目の前に迫った5月なかば、映画の公開停止を求める文書をパラマウントに送りつけたのである。それでもパラマウントが宣伝活動を続け、予定通り公開に踏み切ったのを受け、6月、ヨナイの遺族は訴訟を起こすに至った。

 その間、パラマウントが弁護士に相談しなかったはずはないだろうから、彼らはその時からこの文書に書かれていることを弁護士に言われ、大丈夫だと思っていたのかもしれない。この続編は雑誌記事にもとづいていないのだから、権利が失効しようが関係ないと信じていたということだろう。

 実際、それが正しくないと、彼らはとても困るのだ。「〜マーヴェリック」は全世界で14億ドルも売り上げたし、11月にDVDが発売になればそこでも売り上げが見込める。また、最近マイルズ・テラーがメディアに語ったところによれば、トム・クルーズと彼の間では3作目についての会話も出ているという。同じ理由で、ヨナイの遺族にしても、この訴訟には勝たないといけないのだ。負ければ、得られるはずのものを失うのである。どちらにとっても、ここにかかっていることはとても大きい。この法廷での戦いは、映画で展開した空中での戦い並みに激しいバトルになるのかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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