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「パイレーツにジョニー・デップを!」の署名運動。「ファンタビ」には復帰への道が開けたか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジャック・スパロウを再びビッグスクリーンで見られるだろうか(提供:BCCHF/Splash/アフロ)

 アンバー・ハードとの名誉毀損裁判に勝って以来、ジョニー・デップの人生は絶好調だ。ライブコンサートはいつも満杯で、来年のツアーもすでに決まっている。ルイ15 世を演じる映画「Jeanne du Barry」の撮影も始まり、デップが25年ぶりに監督を務める映画のプロジェクトが進んでいることもわかった。ギャラリーを通じて販売されたデップによるアート作品は、たった数時間で完売となっている。

 そんな中では、「パイレーツ・オブ・カリビアン」にデップの復活を求める署名運動も、勢いを増してきた。現在までに集まった署名は78万5,000ほどで、目標の100万に手が届きそうなところまできている。この署名運動を立ち上げた女性は、嘆願書の中で「ジョニー・デップはジャック・スパロウを演じ続けるべきです。彼をクビにしたのはあなたたちの間違い。私に言わせれば、かなり愚かでした。そのことを聞かれるのが嫌なので、会社として彼の結婚についてのゴタゴタにかかわりたくなかったというのは、わかります。(中略)お願いですから考えを変えてください。ジョニー・デップなしの映画を公開しないでください。彼を出さなければお金は安くつくかもしれませんが、彼が出ないのなら、世の中の誰も見たいと思いません。考え直して!」と、ディズニーに向けて強く訴えている。

 裁判でデップのマネージャーが証言したところによると、ハードがDV被害者として寄稿した意見記事が「Washington Post」に掲載される前、デップは次の「パイレーツ・オブ・カリビアン」の出演料として2,250万ドルをもらえる方向で話が進んでいた。しかし、記事が出てまもなく、デップは、ディズニーが自分を使わないことに決めたと知らされることになる。プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーによれば、現在は、マーゴット・ロビーが主演するバージョンとしないバージョンのふたつで製作準備を進めているとのこと。それはつまりまだ決まっていないということで、この裁判であらためて人気を証明したデップを再び主役に据えることは、まったくもって可能なのである。

 そもそも、デップがいなければ、「パイレーツ・オブ・カリビアン」のここまでの成功はなかったのだ。1作目(というか、あの段階ではシリーズになることもわかっていなかったのだが)の話がデップのところに来た時、キャプテン・ジャックは典型的なヒーローとして書かれていた。だが、当時幼かった娘リリー=ローズと一緒にテレビで漫画ばかり見ていたデップは、キャプテン・ジャックを漫画のようなキャラクターにしたら面白いのではないかと思いついたのである。

 デップが考え出した、金歯があって、ふらふらとした歩き方をするキャプテン・ジャックに、ディズニーは当初、反対した。しかし、このキャラクターは観客にも批評家にも大受けし、デップはこの役でキャリア初のオスカー候補入りを果たしている。こういった大型娯楽大作で主演男優部門にノミネートされるということ自体、珍しいことだ(余談だが、デップは完成作を見ていない。裁判でも、映画がヒットしたというのは人から聞いたと他人事のような証言をしている。それはいかにもデップらしい。筆者が過去に取材をした時も、デップは自分が出た映画を見ることに興味はないとたびたび言っていた。彼にとって楽しいのはキャラクターを作ることであり、完成した映画は『もう終わったこと』にすぎないからだ)。

 大成功を受けて作られた2作目は、1作目をさらに超えるヒットとなった。これまでに作られた5本は、北米だけで総額14億5,000万ドルを売り上げている。この収益をもたらしてくれたのは、デップにほかならない。

少し出てきたグリンデルバルドへの復帰の可能性

 これとは別に、オンラインでは、「ファンタスティック・ビースト」シリーズにデップを復帰させようという署名運動も起きている。こちらには、現在までに30万ほどの署名が集まっている。

 デップが「ファンタスティック・ビースト」のグリンデルバルド役を降板させられたのは、イギリスのタブロイド紙を相手に起こしたイギリスでの名誉毀損裁判に負けた直後のこと。敗訴で「DV男」だということが世間一般に認められてしまい、ワーナー・ブラザースはそうせざるを得ないと判断したのだ。しかし、イギリスの裁判には腐敗がからんでいた可能性が強かったし、今回のヴァージニア州の裁判で出された多くの証拠は、DVをしていたのはデップではなくハードだったことを明らかにしている。当時の判断を見直すべき時がきているのだ。

グリンデルバルド役を引き継いだマッツ・ミケルセン
グリンデルバルド役を引き継いだマッツ・ミケルセン写真:ロイター/アフロ

 ひとつ大きな問題は、デップの代役にマッツ・ミケルセンが決まってしまっていることだった。だが、今やこれも解決したと言ってよさそうなのである。最近、ミケルセンは、この役をデップに返してもいいと思っていることを示唆したのだ。

 功労賞を授与されたサラエボ映画祭でのイベントで、ミケルセンは、「今は話が変わってきましたよね。彼は訴訟で勝ったんですから。彼は(グリンデルバルド役に)戻ってくるでしょうか。戻ってくるかもしれませんね。僕はジョニー・デップの大ファンです」と語っているのである。

 ミケルセンはまた、デップからグリンデルバルド役を引き継ぐにあたり、デップがやったことの真似はしなかったとも述べた。デップが演じたグリンデルバルドには、デップ自身がたっぷり入っているからだ。「僕は違うもの、自分自身のものを作り上げ、彼と僕の間に橋を作らなければなりませんでした。それは怖いことでもありました。彼のファンはとても素敵な人たちですが、頑固でもあります。彼らとあまり接触はしていませんが、どうして彼らが悲しがっているのかは理解できます」と、ミケルセンはデップのファンへの思いやりも示している。

 映画はあと2本作られる予定なので、役を引き継ぐにあたり、おそらくミケルセンは3本契約を結んだものと思われる。しかし、ハリウッドにおけるこれらの「X本契約」とは、それらに全部出ることを約束するものではない。ミケルセン本人が返してもいいと言っている以上、問題はないはずだ。

 それに、今年公開された「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」は北米で興行がふるわなかったという事実も、考慮すべきだろう。1作目の北米興収が2億3,400万ドル、2作目が1億5,900万ドルだったのに対し、この3作目はわずか9,500万ドルだったのだ。この下がり方を見て、シリーズを続けることを疑問視する声まで出ている。とあれば、デップを再起用して話題を作るのは、得策ではないか。

 メジャースタジオにとって、シリーズものは大事なお宝だ。今、ふたつのスタジオが、それぞれに大きな決断を迫られている。彼らはいつ、どんな答を出すのだろうか。それは、デップ本人よりも、シリーズそのものの将来にとって、より大きな意味を持つ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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