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アンバー・ハードが主張する「なりすまし陪審員」は、父と同居する息子なのか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ジョニー・デップとの名誉毀損裁判の陪審員の中に「なりすまし」がいたと主張しているアンバー・ハードが、さらなる詳細をもって裁判所を説得にかかった。

 アメリカ時間8日、イレーン・ブレデホフトをはじめとするハードの弁護士チームは、1週間前に出した裁判の無効とやり直しを求める意見書を補足する新たな書類を提出。43ページにわたり、言論の自由やらいろいろなことを含めていた前回と違い、今回はたった4ページ。内容は、前回の書類で最後に触れられていた陪審員番号15番の男性だけに絞っている。

 ヴァージニア州では、投票者登録リストの中から無作為に、刑事裁判あるいは民事裁判の陪審員を選ぶ。そうやって選ばれたこの男性は、姓名と生年月日、住所が書かれた陪審員リストに、1945年生まれとあった。つまり、裁判の時点で77歳だったことになる。しかし、ブレデホフトらは、投票者登録リストの中に、この男性と同姓同名で、住所も同じである1970年生まれの人物を発見したというのだ。

「この名前で裁判に陪審員としてやってきたのは、明らかに若いほうの人です。6週間にわたって陪審員を務めたこの52歳の男性は、陪審員リストに載っていない人だったのです」と、この新たな意見書は述べる。「裁判所も同意されるはずですが、陪審員として呼ばれなかった人が陪審員を務めるというのは大きな問題です。今回のように注目を集める裁判の場合は、なおさらです」と、意見書は裁判所に審理無効と裁判のやり直しを言い渡すことを求めている。

これまで誰も気づかなかったということがあるのか

 この意見書にはその52歳の男性の投票者登録が添付されているようであることから、住所も姓名も同じで25歳違いの男性がふたりいるのは、おそらく本当だと思われる。アメリカでは父親と息子(とくに長男)が同じ名前ということはよくあるので、このふたりも父子なのかもしれない。高齢の父に送られてきた陪審員の呼び出しの手紙に、そうとわかっていて息子が応えたのか。それとも自分に来たものと単純に勘違いをしたのか。

 どちらだったにせよ、ほかの人たちが今まで誰も気づかなかったというのは、極めて不思議だ。陪審員は顔写真付きの身分証明書を見せなければならないし、陪審員の選定には、ハード側、デップ側、両方の弁護士がかかわる。その段階で生年月日と目の前にいる人物を見て、おかしいと思わなかったのだろうか。もしハードの弁護士らがおかしいと思っていたのだとしたら、いつから気づいていたのかも気になるところだ。ハードが勝訴すれば知らん顔をしたままでいいし、負けた場合は切り札にできるかもしれないと、黙っていたのか。

 裁判所がこれに対してどう返事をするのかはわからないが、ハードの望みがかない、裁判がやり直されることになっても、それはそれでギャンブルだ。今回の裁判で出てきたハードの証拠は非常に弱いし、「寄付をした」と言ったのに実際にはしていなかったことをはじめ、多くの嘘が露呈して、彼女は世間から信頼を失っている。「顔にあざがある」とする証拠写真を、もっとインパクトがあるようにさらに加工をしたりすれば、すぐバレるだろう。第一、デップがハードに暴力を振るうのを見たと証言しているのは、ハードの妹だけなのだ。彼女の取り巻きだった人たちですら、「見たことがない」と言っている。最も身近だった人たちでもそうなのに、今から「見たことがある」と言ってくれる人を連れてくるのは非常に難しいはずだ。

やり直し裁判でもっと高い賠償金を言い渡される可能性も

 それに、新たな裁判の陪審員が、今回の陪審員よりもっと高額な賠償金をハードに言い渡す可能性もある。もともとこの裁判は、デップがハードに対して5,000万ドルの損害賠償を求めて起こしたものだ。ある陪審員がTikTokで告白したところによると、デップが要求する通り、賠償金の金額を5,000万ドルにしようと言った陪審員もいたそうである。デップのマネージャーは、ハードがDV被害者として寄稿した「Washington Post」の意見記事のせいで、2,250万ドルのギャラをもらえるはずだった「パイレーツ・オブ・カリビアン」6作目からデップが降板させられたと証言した。これだけを考えても、賠償金は倍あってもおかしくなかったのだ。

 それでもハードにすれば、こうするしかないのである。あっさり負けを認めれば、1,035万ドルの賠償金(デップがハードに支払うべき200万ドルを差し引けば835万ドル)を払わなければいけないし、控訴するにしても賠償金全額と年に6%が必要となる。そんなお金は到底払えない、いや、もし払えるにしても払いたくないのだから、それが何であれ言い訳を見つけ、ゴネて、先送りにするしかない。そうやって世間は、いつまでもハードと彼女の弁護士に振り回され続けるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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