Yahoo!ニュース

ウィル・スミス平手打ち騒動、アカデミーの対応に批判続々。「何が本当?」「言い訳ばかり」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 オスカー授賞式でウィル・スミスがクリス・ロックに平手打ちをしたことへの対応をめぐり、アカデミーのトップへの批判が強まっている。後手、後手であることや、言っていることが真実と違うこと、役員にさえも情報を隠そうとすることなどが原因だ。

 あの出来事が起きた後、アカデミーは、スミスを会場から追い出すことをせず、予想どおりに彼が主演男優賞を受賞すると、6分間もスピーチをすることを許している。その後に公式アカウントからツイートされた「アカデミーは、いかなる暴力も許しません」というメッセージも、漠然としていて、スミスの名前はどこにもなかった。

 その弱腰の姿勢が批判されると、翌日、アカデミーは、スミスを名指しで非難し、本格的な調査を始めると発表。さらに、現地時間30日には、あの出来事の後、アカデミーのリーダーはスミスに会場を出ていくように言ったのだが、スミスに拒否されたのだと述べている。

 しかし、その報道を読んだ人たちの間では、たちまち「スミスに話をしたのは具体的に誰?」「出ていくようにと言って嫌だと言われたら、ああそうですかと引き下がるの?」など、疑問の声が上がった。挙句に、それからまもなく、実はスミスは直接「出ていくように」とは言われておらず、スミスの関係者に誰かが軽く提案しただけだと判明したのだ。

 さらに、1日には、また違う話が出た。今年の授賞式でプロデューサーを務めたウィル・パッカーは、「Good Morning America」への独占インタビューで、事件直後、アカデミーのリーダーらはスミスを会場から追い出すことを話し合ったのだが、「ロックがそれを望んでいないから」と、スミスを追い出さないよう彼らを説得したと言ったのだ。パッカーによると、ロックはスミスに対して怒っている様子はなく、「この状況をさらに悪化させることはしたくない」と言った。「それで僕は、クリスが望んでいることをやろう、つまり、ウィルを会場から追い出すことはやめようと主張したのです」と、パーカーはインタビューで述べている。

 だが、「Deadline」によると、スミスを退出させるかどうかについてロックが意見を聞かれたことは、実際のところなかったのだそうだ。考えてみれば、それも当然だろう。ロックはあくまでプレゼンターを務めたひとりであり、会場から候補者のひとりを追い出すかどうかという重要な事柄の決定権を持っているはずはないのである。おかげで、パッカーに対して、「嘘と言い訳だらけ」「クリスを守れなかっただけでなく、ウィルを会場から追い出すかどうか決める責任を押し付けたのか」などという批判コメントが寄せられることになった。

 この予想もしない出来事により、すでにアカデミー内部で起こっていたリーダーシップへの不信感はさらに強まることになっている。アカデミーのトップは、今年の授賞式で、編集、美術、作曲など8部門の受賞発表をテレビ中継開始の1時間前に行い、それらの映像を編集して生中継に織り込むと決めて、大きな怒りを買ったばかりだ。映画を作るにはこれらすべての職業が必要なのに、授賞式番組を面白くしたいという理由でランク分けするなどあり得ないと、退会を考える人も出たほどである。そこへきて、トップクラスのスターであるスミスに対しては、明らかにアカデミーの行動規範に反するふるまいをしたにもかかわらず、会場に残ることを許したばかりか、さえぎることなくあの長いスピーチをさせたのだ。特別扱い、不公平という不満が出ても、無理はない。

 亀裂は、上層部の中でも生まれている。授賞式の翌日、スミスからのお願いで、プレジデントのデビッド・ルビン、CEOのドーン・ハドソン、スミスの3人は、ヴァーチャル会議を行っていたのだが、その事実は役員らにも伏せられていたという。なぜ秘密にしたのか、ほかにも隠されていることがあるのではないかと、役員の間ではトップに対する疑念が渦巻いているようだ。

 スミスの今後は、これら役員たちの手に委ねられている。可能性がある懲罰には、会員資格の一時停止、来年の授賞式への参加拒否、会員権剥奪などが考えられるが、オスカーの返還を要求されることはないだろうとの見方が強い。また、過去に会員権を剥奪されたのがハーベイ・ワインスタイン、ロマン・ポランスキー、ビル・コスビーという性犯罪の加害者3人だけであることを踏まえると、スミスが同じ扱いを受けることはないのではと思われる。

 その役員会議が行われるのは、今月18日。組織が大きく揺れる中、世界中にショックを与えたこの出来事の処分に、彼らがどのような判断を下すのかが注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事