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アレック・ボールドウィン、誤射事件で訴訟される。「銃を再確認する責任があった」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 避けられないとわかっていたことが、ついに訪れた。アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」のロケ地で撮影監督ハリナ・ハッチンスが死亡、監督ジョエル・ソウザが怪我をした事件をめぐり、初の民事訴訟が起こされたのである。

 訴えられたのは、実弾が入っていると知らずに小道具の銃を打ったボールドウィン、武器担当係のハンナ・リード、リードが用意した銃をボールドウィンに手渡した助監督のデイヴ・ホールズ、およびプロデューサーら個人と、ラスト・ムービー・プロダクションズ、ボールドウィンのエルドラド・ピクチャーズなど複数のプロダクション会社。原告は、ハッチンスの友人で、今作の照明テクニシャンを務めたサージ・スヴェトノイという男性。少し前、Facebookにこの事件について長い投稿をし、話題を集めた人だ。その投稿で、彼はボールドウィンへの思いやりを見せていたが、やはりボールドウィンにも責任があると思うようになったようである。

 誤射事件が起きた時、スヴェトノイは、ハッチンスとソウザの間にいて、これから撮影するシーンのためにカメラの位置を調整していた。このシーンで、ボールドウィンが演じる主人公ラストは銃を抜いて構えるが、撃つことはしないため、そもそもブランクと呼ばれる偽の弾ですら入っている必要はなかったと、スヴェトノイの弁護士は訴状で述べている。

 だが、スヴェトノイ、ハッチンス、ソウザから2メートルほど離れたところにいたボールドウィンが、銃を抜いて構える動きをやってみせると、大きな銃声が鳴ったのだ。その瞬間、スヴェトノイは右側の顔とメガネに火薬がかかるのを感じたという。まだ何が起こったのかわからないままハッチンスのほうを見ると、彼女はお腹に怪我をしたようで、ひどい痛みに苦しんでいた。スヴェトノイは彼女の背中を支えつつ仰向けに寝かせたが、気がつくと自分の手にはハッチンスの体から出た血にまみれていたと、訴状はその時の様子を描写する。

 救急車を待つ間、彼女の顔色はどんどん悪くなり、正気を失っていった。ようやく救急車が彼女を運んで行った後、スヴェトノイは「あと2センチほどずれていたら、死んでいたのは自分だったかもしれない」と気づき、「ショック、悲しみ、トラウマで胸がいっぱいになり、パニックして泣いた」と、訴状は述べている。

 この出来事のせいで、彼はひどい精神的苦痛に悩まされ、これまでのように仕事ができない状態になった。これはこの先もずっと続くかもしれず、それはすなわち収入が途絶えることになる。そうなったのは、被告である人物と会社が、やるべきことを怠ったからだと、訴状はそれぞれに対してどこが問題だったのかを指摘。ボールドウィンに関しては、「現場にいるキャストとクルーの安全のため、助監督ホールズから手渡された銃を注意深く扱う責任があった。手渡された銃の中を見て、実弾が入っていないか再確認する必要があったのだ。さらに、(小道具であっても)実弾が入った銃と同じように扱うべきであり、すなわち誰かに銃口を向けてはいけなかった」と述べた。

 武器係のリードについては、銃弾が放置され、誰でも触れられる状態にあったことなどを批判。ホールズについては、実際には実弾が入っていたにもかかわらず「入っていない」と言ってボールドウィンに渡したことなどを批判している。実弾とブランクは見た目にも違いがある上、ブランクが入っている場合はカラカラと音がするとし、確認していたなら実弾だとわかったはずだということも示唆した。

 訴状はまた、事件直後から出ている噂にも触れている。空き時間に、クルーが遊びで銃を使って射撃の練習をしていたという説があるのだ。これが本当かどうかは、今、警察も調べているはずだが、もし本当であれば、そこから実弾が混じってしまった可能性も考えられる。訴状は「そういった行動をやめさせず、実弾が撮影現場にあることを許した」と、プロデューサーらの非を指摘。スヴェトノイは、これらの人々から被った被害に対し、金額を指定せず、損害賠償を求めている。

刑事捜査の焦点は、やはりリードとホールズか

 この事件が起きて、ちょうど3週間。まだ日は浅く、おそらく今後、民事訴訟はさらに出てくると予測される。ハッチンスの夫が最近弁護士を雇ったことも報道されており、彼による訴訟が起きるのも時間の問題だろう。

 そんな中で、刑事捜査のほうも進んでいる。だが、アメリカ時間本日10日、現地サンタフェの地方検事メアリー・カーマック=オルトウィーズが全国番組「Good Morning America」で語ったところによれば、捜査はまだ数ヶ月かかるようだ。彼女によると、この事件では「あらゆるところに落ち度がある」。そのどの部分が刑事犯罪に当たるのかによって起訴される人が決まるとのこと。彼女は、撮影現場から押収された多数の弾の中には実弾が混じっていたと認めているが、何個あったのかは言及していない。ボールドウィンの手に渡った銃に弾を詰めたのが誰なのかも、わかっているそうだが、名前を挙げることは避けた。

 一方、同日の「Los Angeles Times」は、専門家の意見として、ボールドウィンはリードとホールズより起訴される可能性は少ないだろうと述べている。たしかに彼も銃をチェックするべきだったが、彼は言われたことに従ったと言えるからだ。だが、武器を管理する立場にあったリードとホールズには、どんな理由があったにしろ、実弾が小道具として使われる銃の中に入る状況を作ってしまった責任がある。

 リードはこの後、もう一度詳しい事情聴取を受ける予定で、そこではどのような経緯でこの仕事を得ることになったのかも調べられるようだ。銃、それも昔の銃が多数使われるウエスタン映画に、経験の浅い新人を雇った人の責任も大きい。焦らず、じっくりと進められるこの捜査で、これからどんなことが判明していくのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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