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アレック・ボールドウィン映画の武器係と助監督、過去の仕事ぶりにも問題があった

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ニューメキシコ州では撮影監督ハリナ・ハッチンスを追悼する集いが行われた(写真:ロイター/アフロ)

「この仕事の楽しさは、銃を怖がる人に銃のすばらしさを知ってもらえるところにある。銃は安全で、間違った人の手にわたらないかぎり、問題はないのよ」。

 撮影監督が死亡し、監督兼脚本家が負傷したアレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の現場で武器の担当をしていたハンナ・リード(24)は、事件が起こる前、そう語っていた。

 彼女がそのコメントをしたのは、ウエスタンをテーマにしたポッドキャスト「Voices of the West」。ニコラス・ケイジ主演のウエスタン映画「The Old Way」の撮影を終えたばかりというリードは、同作品のロケ地モンタナ州から出演、「The Old Way」で初めて映画の武器係を務めた経験や、そこに至るまでの経緯、ベテランの武器係である父から学んだことなどを、1時間にわたって語った(報道で彼女の名前はハンナ・グテレス=リード、あるいはハンナ・グテレス・リードと表記されているが、このインタビューの中で、映画の仕事に関してはハンナ・リードで通していると本人が述べていたため、ここではその通りにする)。

 インタビューの前半で、彼女は、自分にこの仕事が務まるのかわからず、「The Old Way」を断ることも考えたと、新人ならではの本音を告白。かと思うと、後半では「自分には最高のことができると思うのでないかぎり、それが何であっても、私はやらないわ」「私は負けず嫌いなの」「周囲からサポートを受けていると感じるし」と、自信を見せてもいた。そんな彼女に、ずっと年配の男性である司会者は、「経験が教えてくれますからね。悪い経験というのはないんですよ」と言ってあげている。それからまもなく彼女がこんな経験をすることになるとは、彼らも予想していなかっただろう。

 このポッドキャストが配信されたのは、9月11日。彼女は次の仕事として、やはりケイジ主演、モンタナでロケを行う「Butcher’s Crossing」を挙げていた。「Butcher’s Crossing」の武器係はすでに決まっていたのだが、「The Old Way」のプロップマスター(小道具係)ジェフリー・W・クロウに気に入られ、アシスタントの武器係として声がかかったということだ。このポッドキャストで彼女が「Rust」について何も言っていなかったということは、10月6日に撮影を開始した「Rust」は直前に急遽入った仕事だったと思われる(事件を受け、リードは『Butcher’s Crossing』から外されている)。

「Los Angeles Times」に対し、クロウは、リードについて「才能とやる気に満ちた人。経験は浅いが、この道のベテランの一家に生まれている、将来有望な人材だと思った」と述べた。しかし、「The Daily Beast」によると、「The Old Way」の現場でも、クロウが見ていないところで、リードはずさんな仕事をしていたようだ。たとえば、リードがきちんとチェックをせずに小道具の銃を子役に手渡すのをクルーが目撃している。クルーは彼女の銃の扱いを「安全でない」と感じ、上に対して抗議をしたとのことだ。ポッドキャストの中で、リードは「父がすべてを教えてくれた」「観察することで、自分でも多くを学んだ」と述べているが、そこに「安全を徹底する」という非常にベーシックかつ重要なことが含まれていたのか、疑問が残る。

助監督にも前の仕事で苦情が出ていた

「Rust」の現場で、小道具の武器を確認し、”ブランク”と呼ばれる偽の弾丸を詰め、俳優たちに正しい使い方を指導するのは、武器係であるリードの役目。だが、武器の小道具3丁が置かれたカートをボールドウィンのところへ運び、「空の銃です」と言って、そのうちのひとつをボールドウィンに渡したのは、デイヴ・ホールズという名の助監督だった。彼の言ったことと裏腹に、その銃には弾が込められており、ボールドウィンは意図せずして撮影監督ハリナ・ハッチンスの胸を撃つことになってしまったのだ。

 地元のメディアが入手した音声によると、警察に助けを求める電話の中で、スクリプト・スーパーバイザーは、ホールズに不満が溜まっていたことをあらわにし、「銃を確認するのは彼の仕事。こんなことが起こったのは彼のせい」と叫んでいる。事故が起こった時、現場ではボールドウィン以外にもふたりの俳優が銃を持っていたとのことで、それらの銃もずさんな管理がなされていたのだとしたら、悲劇はもっと大きくなっていた可能性がある。

 リードと違い、ホールズには長いキャリアがあるが、過去の仕事でも評判があまり良くなかったらしい。「Deadline」によると、2019年、彼が助監督を務めたテレビドラマの撮影現場でも、クルーから彼への苦情が出ている。仲間に対する態度が攻撃的、威嚇的だったのが主な理由とのことだが、このドラマのクルーのひとりは、NBCニュースに対し、安全のためのミーティングもなく、非常口がふさがっているなど、ホールズは配慮に欠けていたと明かした。リードも、ホールズも、事件以来、ノーコメントを通している。

ボールドウィンも民事訴訟されるのか

 事件については、地元警察が捜査を進めている段階。関係者の聞き取りはあったが、誰も逮捕されていない。過失致死事件として起訴されることになるのかどうかも不明だ。しかし、現場で行われなければならないことが行われていなかったことが証明されていけば、少なくとも民事での訴訟は起こるであろうと予測される。ハッチンスの父は、イギリスの「The Sun」に対し、「アレック・ボールドウィンのせいだとは思わない。小道具の銃を扱った人たちのせいだ」とコメントした。ただし、訴訟についてはハッチンスの夫の判断に委ねると語っている。

 ボールドウィンもこの映画のプロデューサーのひとりであることから、プロダクションを相手にした訴訟となれば、彼も被告に名を連ねる可能性は大きい。そのボールドウィンはと言うと、事件以来、ショックと悲しみでパニック状態になっており、今後の仕事をすべてキャンセルしたとのこと。今は家族のもとでひっそりと時間を過ごしたいようである。もちろん、こんな中で仕事が手につくはずはないだろう。事故とはいえ、ひとつの命を奪ってしまった重みは、とてつもなく大きいに違いない。しかし、母、妻、娘を亡くしたハッチンスの息子さん、ご主人、お父様の悲しみは、それ以上だ。避けられたはずの事件にかかわった人々の苦しみは、本当のことがわかるまで、そしてその後も、まだ続いていく。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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