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映画を観るにもコロナワクチン接種が必要?アメリカのエンタメ界で義務化が加速

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
まもなくL.A.の映画館ではワクチン接種証明書が必要になりそうだ(写真:アフロ)

 デルタ株のせいで再びコロナの感染が拡大する中、ワクチン接種を義務付ける動きがハリウッドでも加速している。

 最近、Netflixは、アメリカで撮影される作品に出演する役者と、「ゾーンA」と呼ばれる役者の至近距離で働くクルー全員、また会社の建物内で働くスタッフと来訪者全員にワクチン接種済みであることを義務付けた。ディズニーも同様に、リモートワーク以外の従業員にワクチン接種を義務付けると発表している。

 ハリウッドの組合は、まだ、すべての撮影現場でワクチンの義務化を要求するには至っていない。しかし、作品ごとにそれぞれのプロデューサーが接種を条件付けることは承認している。ただし、現場全員ではなく、キャストと、キャストに近い「ゾーンA」で仕事をする人に限るものだ。Netflixは、一歩踏み込んで、作品単位でなく自社作品全部に当てはめたというわけである。

 しかし、パンデミックが始まって以来、PCR検査やワクチン接種拡大のために多大な貢献をしてきたショーン・ペンは、現在撮影中の主演ドラマ「Gaslit」の現場にいる全員が接種を済ませるまで仕事に戻らないと宣言、製作のユニバーサルを困惑させた。ペンは、自ら創設した慈善団体を通して現場の全員に接種を進めるためのお手伝いをするとも申し出ている。一方、ニューヨークでは、先週、ブロードウェイの41館の劇場が、10月までの公演に関し、キャスト、クルー、スタッフ、観客、全員にワクチン接種済みであることを義務付けると発表した。

 民間がこのように自主的な行動に出る中、行政もワクチン義務化に向けて乗り出し始めている。今週火曜日、ニューヨークのビル・デブラシオ市長は、今月16日より、レストランの室内席、ジム、映画館などの客と従業員に最低1回ワクチン接種済み証明書の提示を義務付けると発表。 翌水曜日には、L.A.でも市議会に同様の法案が提出された。

 このL.A.の案は、映画館、コンサート会場、レストランやバーの室内席、ショップ、ジム、エステサロン、マッサージ店など屋内の施設を利用する人に、少なくとも1回ワクチンを接種していることを義務付けるもの。法案を提出した市議会長のヌーリー・マルティネスは、「もう我慢の限界。医療関係者は疲労している。母親はキャリアを犠牲にすることを強いられている。子供たちはまたもや貴重な1年を無駄にしないといけないかもしれない。3種類のワクチンはいつでも打てる状況にある。打ってもらうためにはどこまでしなければならないのか?」と、いまだにワクチンを打ちたがらない少数派の人たちへの不満をあらわにした。

 すでにニューヨークで通過していることもあり、L.A.でもこの法案が通過する可能性はかなり高いと思われる。そもそも、ワクチン否定派は保守派が中心で、リベラルなカリフォルニアでは、ワクチンを打たない人たちについて「コミュニティの迷惑をかえりみない身勝手な人々」と批判する声が強い。L.A.以上にリベラルなサンフランシスコでは、500軒以上のバー所有者の団体が、客にワクチン接種を義務付けることで合意したし、L.A.でも個別のレストランが同様のポリシーを打ち立てるケースが目に付くようになっている。それらの店のオーナーによると、客からのコメントは「そのほうが安全でありがたい」というポジティブなものがほとんどだそうだ。

ウエスト・ハリウッドのこのカフェは、客にワクチン接種証明書あるいは72時間以内に行ったPCR検査の陰性証明書の提示を必須としている(筆者撮影)
ウエスト・ハリウッドのこのカフェは、客にワクチン接種証明書あるいは72時間以内に行ったPCR検査の陰性証明書の提示を必須としている(筆者撮影)

 ただし、小規模なバーやレストランと違い、シネコンの入り口でひとりひとりワクチン接種済み証明書と顔写真付き身分証明書を見せるとなると、それなりに余分な時間と手間がかかるのは間違いない。6月15日にカリフォルニアの州全体が“パンデミック前の普通”に戻る前、ドジャースタジアムが一部のセクションをワクチン接種済みの人たち専用にした時は、入り口がほかとは別に設けられ、そこで証明書のチェックが行われた。しかしいくつものスクリーンで常に多数の映画が上映されているシネコンで同じことをやるのは、なかなか大変なことになるだろう。

 それでも、少しでも安全な環境で楽しめることは客にとっては嬉しいことだ。また、ワクチン否定派にとって社会がどんどん不便になる中で「ならば自分も打つことにするか」と決めてくれる人が出てきてくれれば、何よりである。ビッグスクリーンで最新の映画を見て、ほかの人たちと一緒に笑ったり泣いたりしたいなら(あるいはそんな映画に出たいなら)、まずはワクチンを。ハリウッドに、新たな常識が確立しつつある。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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