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米映画俳優組合を自ら抜けたトランプが手紙で見せた、高すぎ自己評価とフェイクニュース

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2004年、「The Apprentice」のキャスティングにやってきたトランプ(写真:ロイター/アフロ)

 大統領任期の最後、辞任してくれという声がどんなに強まっても頑として聞かなかったドナルド・トランプが、現地時間4日、意外にも自分のほうから米映画俳優組合(SAG-AFTRA)を脱退した。先月6日、議会にトランプ支持者が押し入って死者が出た事件が起きて以来、SAG-AFTRAは、トランプを追放するかどうかについて検討を始めると発表していたが、本格的な審議に入る前にトランプのほうから辞めてくれた形だ。

 あっさりと終わったのは良いことながら、トランプが組合に送りつけてきた手紙は、あいかわらずの憎まれ口と、他人への侮辱、高すぎる自己評価に満ちている。手紙の宛先は、現在の組合のプレジデント、ガブリエル・カーテリス。手紙は、「ミス・カーテリスへ。私がこの手紙を書いているのは、私を組合から追い出すために懲戒委員会だかなんだかの審理をするというからだ。知ったことか!」で始まる。次に、トランプは、「あなたが何に出てきたのか知らないが、私は、自分のやってきたことを誇りに思っている。ごく一部を挙げるなら、映画なら『ホーム・アローン2』、『ズーランダー』、『ウォール・ストリート』など、テレビなら『The Fresh Prince of Bel-Air』、『Saturday Night Live』など。そしてもちろん、テレビ史上最も成功した番組『The Apprentice』だ」と書いた。

 だが、ここでトランプが挙げた作品のほとんどで、トランプはカメオ出演しかしていない。「The Apprentice」はトランプが毎回ホストとして出演したリアリティ番組で、たしかに長く続いたが、「テレビ史上最も成功した番組」とは、言い過ぎにもほどがある。一方でカーテリスは、「ビバリーヒルズ高校白書」「ビバリーヒルズ青春白書」(日本はこのようにタイトルがふたつに分かれているが、実際には『Beverly Hills, 90210』というひとつの番組である)という大ヒットドラマに10年もレギュラー出演した女優だ。

 続いて、トランプは、自分が政治に進出したことでケーブルのニュースチャンネルの視聴率が上がり、雇用を促進したと豪語した。ここでも、自分の敵であるCNNのことを“フェイクニュース”のチャンネルと呼ぶことを忘れていない。さらに、SAG-AFTRAが自分を追放しようとするのは、そうやってメディアの注目を集めて、組合として会員のためにまともなことを何もやっていない事実から気をそらせたいからだろうと書いた。「あなたたちは、会費を徴収することと、反アメリカ的で危険な思想を推進する以外、ほとんど何もやっていない」と言うトランプは、「私はあなたの組合ともはや関係を持ちたくない。したがって、この手紙をもち、私は今すぐSAG-AFTRAを抜ける。あなたたちは私に何もしてくれなかった」と締めくくり、その下に、差出人として、ドナルド・J・トランプ大統領と書いている。付けなくてもいい「大統領」をまだわざわざ付けるところも、やはりこの人である。

組合を抜けても、テレビに出られなくなるわけではない

 ただ、組合を抜けても、トランプとハリウッドの関係が完全に切れるわけではない。まず、退会してからも、組合からの年金はまだ支払われる。トランプは1989年にテレビ俳優の組合AFTRAの、「ホーム・アローン2」が公開された1992年に映画俳優組合であるSAGの年金制度に加入している。「The Hollywood Reporter」が昨年8月に伝えたところによると、2019年に、トランプはSAGから7万7,808ドル、AFTRAから8,724ドルの年金を受け取ったということである(SAGとAFTRAは2012年に合併したが、年金は今も別々に支払われている)。さらに、同じく「The Hollywood Reporter」によると、トランプには、「The Apprentice」を始めるにあたって2004年に設立したトランプ・プロダクションズからの収入があるという。2019年、この会社がトランプ個人に支払った金額は160万ドルだった。これらはおそらく「The Apprentice」や「The Celebrity Apprentice」の配信や放映権から来るものと思われる。世界のどこかでこれらの番組を誰かが見るかぎり、トランプにはまだお金が入るのだ。

 辞めるという手紙をトランプから受け取ったSAG-AFTRAは、ひとこと「ありがとう」とコメントを添えて、ツイッターでそのことを報告した。しかし、「追放」でなく「自主的に抜けた」ことについて、人は不安ももっているようだ。ツイッターには「『ありがとう』ということは、もう審理はしないということ?それとも続けるのか?」「会員でなくなってしまった以上、追放することはできない。そうなる可能性は低いにしても、また彼が会員に申請した時にどうするのかを決めておくべきだ」など、このままにしておかないほうがいいという意見が見られた。また、アメリカでは、自分が出演した作品が再放送されるたびに再使用料が組合を通じて支払われるが、「トランプは組合を抜けたのだから、それらは俳優たちのための基金に送られるべき」という投稿もある。

 出たがりで、とくにテレビが大好きなトランプは、大統領を終えた後、またメディアで何かやろうとしているのではと囁かれてきた。組合をやめたことで、それはやや難しくなったが、不可能にはなっていない。もしかすると、彼にはもうアイデアがあり、だからこそ堂々と辞めたのかもしれない。トランプの姿をまた見ることは、避けられないかもしれないのだ。それでも、俳優たちにしたら、自分が所属する団体の仲間でなくなっただけで、ずいぶんすっきりしたことだろう。それだけでも、この出来事は、ハリウッドにとって良いニュースだったのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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