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アレック・ボールドウィンの妻「経歴詐称」に人々が怒る理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アレック&ヒラリア・ボールドウィン夫妻(写真:REX/アフロ)

 ヒラリア・ヘイワード=トーマスにプロポーズする時、アレック・ボールドウィンはモントーク・ビーチの東端に連れて行き、「ここが今、僕が君を連れて行ってあげられる、スペインに一番近い場所だから」と言って、ひざまずいた。テレビのパーソナリティとしても活躍するようになったヒラリアは、ある番組で、「胡瓜は英語でなんというんだっけ?」と言ったことがある。夫妻の間に生まれた5人の子供には、カルメンやエデュアルドなど、全員スペインの名前が付けられた。ヒラリアが所属する大手タレントエージェンシー、CAAのサイトのプロフィールで、ヒラリアは「マヨルカ島生まれ」とあり、アレックもテレビのトーク番組で「僕の妻はスペイン人」と語っている。ヒラリアは、あるインタビューで、自分は子供たちにスペイン語で話しかけるので、公園でわが子を連れて遊んでいると、ほかのママたちからベビーシッターだと誤解されるとも言った。

 しかし、ヒラリアは、スペイン人ではなく、ボストン生まれのアメリカ人だったのだ。両親もボストン生まれの白人で、スペインの血は入っていない。本当の名前はヒラリーで、アレックと知り合う少し前までは、ずっとヒラリーで通っていた。

ツイッターの投稿で炎上

 そんな事実が浮上したきっかけは、あるツイッターユーザーの投稿だ。@lenibriscoeというユーザー名の女性が、「10年にもわたってスペイン人のふりをしてきたヒラリア・ボールドウィンの努力って、ある意味すごいよね」と書いたのである。続いて彼女は、ヒラリアのなまりの具合がその都度変わり、時に完璧なアメリカ英語になることや、テレビ番組での胡瓜の出来事を指摘した。

 その投稿は大反響を得て、多くの人がさまざまな意見を書き込む。ポッドキャストのホストでライターでもあるトレイシー・モリッセイも、インスタグラムに、ヒラリアの本当の過去を暴く投稿をした。それらを受けて、ヒラリアは、インスタグラムに7分の動画を投稿し、反論をしている。その中で、彼女は「私はこれまでにも自分の過去について誤解があると説明しようとしてきたのだけれど、言ったことを全部書いてもらえるわけじゃないから」と、あたかもメディアは知っていながらその部分を無視したかのように(完璧なアメリカ英語で)言い訳をした。また、自分はボストン生まれだが、スペインでも育ち、今は両親もスペインに住んでいて、しょっちゅう行き来をしているとも述べている。時々、英語がスペインなまりになることについては、スペイン語をずっと話していた後だとそうなることがあり、それはむしろ悩みだと言った。ヒラリアを名乗り始めたのは、スペインではいつもその名前を使っており、ふたつ名前があるのも厄介だからこちらに統一したということだ。

 しかし、その後に彼女が取材に応じた「New York Times」の記事によると、ヒラリアはスペインには住んだことがあるわけでなく、子供の頃、年に一度ほど旅行に行く程度だったというのである(どれくらい頻繁に行ったのか、その都度どれくらい長く滞在したのかという質問には、答えるのを拒否している)。スペインとのつながりは、父が若い頃に旅行してとても気に入ったことから始まったものだ。スペインに向かう時、ソーシャルメディアに「今から帰省します」と投稿したのは、リタイアした両親も、兄も、今はマヨルカ島に住んでいるため、そこはすなわち家族のいるところであり、「家に帰るというのは間違いではない」と主張している。子供たちにスペインの名前を付けたのも、自分の人生にとって大切だった人たちにちなんだものだと語る。

 ヒラリアの夫アレックは、今週、インスタグラムに8分半の動画を投稿し、妻を弁護した。その内容のほとんどは、ソーシャルメディアの信憑性や害についてだったが、後半で、「最近、僕の愛する人についてバカげたことが言われている。情報源をちゃんと考えてほしい」「愛する人のことは守る」と述べている。それに対しては、「私の情報源はヒラリア。彼女はポッドキャストで『私はスペインに生まれて19歳でここに移住した』と言っているし、そのポッドキャストのプロフィールページでもそうなっていたよ」「あなたの妻についての騒動は全部本人が起こしたものなのですが?」などというコメントが寄せられた。

彼女の嘘の何が問題なのか

「New York Times」に対し、ヒラリアは、自分は自分という人間、つまりふたつの文化をもつという事実をそのまま表現しているだけで、誰のことも傷つけていないと主張した。ソーシャルメディアにも、彼女はヒラリアというキャラクターを作って演じただけだし、害はないだろうとする声もある。

 だが、それは必ずしも正しくない。まず、ヒラリアは、スペイン人を偽り、スペイン語の雑誌の表紙を飾ったことで、編集者や読者を裏切った。彼女が100%アメリカ人だと知っていたら、これらの雑誌はヒラリアでなく、別のスペイン人を起用しただろうから、その人たちの機会を奪ったことにもなる。また、悪気はないにしても、スペイン語なまりを真似することは、ネガティブなステレオタイプにほかならず、移民にとって大きな侮辱である。小学生の頃、ヴェネズエラから移住してきた「People」のライターは、移民はアメリカに受け入れられるために名前もアメリカ風に変え、馴染もうと努力し、それでも差別に直面すると指摘。そんなところへ、ヒラリアのような裕福な白人(ヒラリアの父は弁護士、母は医師である)が、自分たちのコンプレックスであるなまりを真似し、それを自分の成功のために利用しようとするのには、大きな怒りを感じると書いている。

 筆者個人的には、アレックと結婚してセレブリティになる前は仮にもヨガインストラクターだった人が、平気で嘘をついていたことに失望した。まあ、セクシーすぎる服装で、家でヨガをしているポーズを得意げにソーシャルメディアに投稿するような人なので、真剣にヨガを学んでいるとは最初から思っていなかったが、「嘘をつかないこと」はヨガの教えの基本中の基本である。

 皮肉なのは、近年、アレックが「Saturday Night Live」で、大嘘つきであるトランプをからかう演技をし、好評を得てきたことだ。もちろんトランプがついた嘘に比べたらかわいいものではあるが、アレックにしたらやはりこれは恥であるはずだ。アレックも裏切られていたのかどうかは、わからない。ヒラリアは「New York Times」の取材で、アレックには自分がボストン生まれであることを出会った時から言ってきたと言っているし、ヒラリアの両親にも会っているのだから、知らなかったわけではないと思われる。それでも、ソーシャルメディアには、嘘の現実の中で育てられた5人の子供がかわいそうという声もある。

 ヒラリアは、「New York Times」に対し、人はすぐ忘れるものだとも語った。たしかに、ちょっと時間が経てば、メディアはこの出来事について語らなくなるだろう。世の中にはもっと重要で深刻なニュースがたくさんある。しかし、どこかにしこりは残るものだ。少なくとも、世間が彼女を見る目は変わった。「スペイン生まれのヒラリア」というキャラクターは、もう通用しない。完璧なアメリカ英語で、胡瓜を英語で何というかも知っているヒラリア・ボールドウィンは、これから先、どんなイメージで売っていくのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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