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チャドウィック・ボーズマン:ジャッキー・ロビンソン・ディに逝った、惜しまれる才能

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 そのニュースを聞いたのは、L.A.ドジャースとテキサス・レンジャーズの試合の真っ最中だった。

 この日は、ジャッキー・ロビンソン・ディ。黒人で初めてメジャーリーグの選手となった彼を讃える日で、どちらのチームも、選手は全員、永久欠番の42の背番号が付いたユニフォームを着ていた。試合開始の「It’s time for Dodger baseball」の掛け声をかけたのは、故ロビンソンの妻。試合前には、過去の映像を流し、コメンテーターらがロビンソンの貢献について語っている。

 本来、ジャッキー・ロビンソン・ディは4月15日。しかし、今年はその時期に新型コロナでスポーツが中止になっていたため、ロビンソンが初めてドジャースのマネージャーと話し合いをした日であり、マーティン・ルーサー・キング・Jr.がワシントンで人種差別撤廃のための行進をした日でもある8月28日が選ばれたのである。そんな日に、「42〜世界を変えた男〜」でロビンソンを演じ、映画俳優としてのキャリアをスタートさせたチャドウィック・ボーズマンが、43歳の若さで亡くなったのだ。

 筆者が初めて彼の取材をしたのも、「42〜」の公開時だった。場所は、L.A.ダウンタウンにある、普段は一般公開されていないドジャース・ミュージアム。ブライアン・ヘルゲランド監督は、この時、ボーズマンについて、「彼は、オーディションにやってきた、ふたりめの俳優だったよ」と、最初から強い印象を受けたことを明かしている。

「この役には無名の俳優を求めていた。有名人が有名人を演じると、観客が入り込めなくなってしまうから。オーディション用にはいくつかのシーンが用意されていたんだが、チャドウィックはわざと一番難しいシーンを選び、最初にそれをやった。トンネルでバットを壊すシーンだ。椅子しかない部屋で、彼は、映画で見るのとほぼ同じことをやってみせたのさ。それは、すごく勇気のある選択だ。ああいうシーンは、間違った方向に判断される危険が大きい。オーディションは、そこで終わりになってしまうかもしれない。でもチャドウィックには勇気があった。ロビンソンも勇気があった人。勇気がある人は、勇気がある人が演じなければならない。それにチャドウィックには、知性、豊かな感情、野球選手を演じる肉体も揃っていた」とも、ヘルゲランドは語った。

 次の「ドラフト・ディ」ではフットボール選手役に挑戦。その次の「ジェームズ・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜」では、歌手のジェームズ・ブラウンを熱演した。ブラックパンサー役に声がかかったのは、この映画の宣伝ツアーでヨーロッパを回っている時だったという。

 このマーベルのスーパーヒーロー役は、彼を世界的なスーパースターにした。しかし、ブラックパンサーが初めて登場する「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」が公開された頃、大腸ガンは、すでに進行していたようである。2017年の「Marshall」から遺作となったNetflix配信の「Ma Rainey’s Black Bottom」までの作品に、彼はキモセラピーや手術を受けながら出演してきたというのだ。「ブラックパンサー」も、そんな状況で撮影されていたのである。

 筆者にとって最後のインタビューとなったのは、昨年11月に北米公開された「21 Bridges」(日本でも公開予定)だ。ニューヨーク警察の腐敗をテーマにしたアクションスリラーで、彼はプロデューサーも兼任している。この映画の北米公開から半年後、ジョージ・フロイド氏の殺人事件が起こって、アメリカでは黒人に対する警察の暴力にあらためて非難が集中することになるのだが、このインタビューで、ボーズマンも、警察に対して良い思い出はないと語っていた。「運転していて、何の理由もなく止められることがある。僕ら(黒人)にはしょっちゅう起こることだ。映画に出るようになってからもそうだよ。『どうしてこの車に乗っているんだ』『職業は何だ』などと聞かれる。ほんの2週間前だって、あった。そして『何か見覚えがある顔だな』と言われたよ」と、ボーズマンは語っている。

 しかし、父の親友が警察官で、その人がいつも自分に優しかったことから、警察全部を嫌っているわけでもないとも、彼は付け足した。さらに、父、そして母は、自分にとって最高のヒーローだとも彼は述べている。

「父を思う時、僕はそこにいつもヒーローを見る。両親のすばらしさを、僕らは往々にして忘れがちだが、当たり前に受け止めてはいけないんだよ。兄たちも、僕のヒーロー。僕は彼らみたいになりたいと思って育った。モハメド・アリも尊敬するね。ヒーローとは、自分だけのためではない、もっと大きな目的のために何かをする人のことだと、僕は思っている。ほかの人や、大きな理想のために自分を犠牲にする人。それがヒーローだ」。

 2018年の「L.A. Times」のインタビューで、彼は、「僕らの仲間、つまり黒人に、大きな影響を与える作品にかかわりたい。これまで映画で見せる機会がなかった黒人の側面を見せていきたい」と語っていた。彼がやりたかったことは、まだまだたくさんあったことだろう。私たちも、もっとたくさん彼の演技を見て、お話を聞きたかった。こんなに早くあちら側に行ってしまったことが、残念でならない。これまでどうもありがとう。ご冥福をお祈りします。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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