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やらせ、誤報、女性差別。報道のあり方に迫るNY発のドラマがすごい

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ニューヨークの日本人チームが手がけたドラマ「報道バズ」は多くの問題に迫る

 外出自粛で家にこもるしかない今年のゴールデンウィーク、一気見するのにおすすめの傑作ドラマがある。ニューヨーク在住の日本人らが制作した「報道バズ」だ。

 舞台は、ブルックリン。日本でバラエティ番組に出てきた和田明日佳は、希望に満ちて、日本向けに意義あるニュースを発信するアプリ「報道バズ」にやってくる。彼女の同僚は、著名な母をもつことにコンプレックスを感じているリーダー、ゲイであることをオープンにしている男性、英語が苦手なハーフ、新聞でも連載をもつお堅いベテラン女性ジャーナリストら。さらに、シリーズの中盤ではホームレスの日本人女性が登場するなど、どのキャラクターもステレオタイプとはほど遠い。そんな彼らの物語が、日本から来たばかりの主人公、つまり視聴者の視点で描かれていくのである。

 全6話、1回20分弱のこのシリーズを生み出したのは、川出真理さん(監督)、近藤司さん(脚本家)、本田真穂さん(主演女優)のチーム。外出禁止でそれぞれの家にいる3人に、やはり外出禁止のL.A.から、Zoomで話を聞いた。

左から本田真穂さん、川出真理さん、近藤司さん
左から本田真穂さん、川出真理さん、近藤司さん

ソーシャルメディアでの誹謗中傷、ルックス重視の女子アナなどリアルな問題を指摘

 3人は、ウェブドラマ「2nd アベニュー」で組んだ仲。次に何を作ろうかと考えている時に浮かんだのが、このアイデアだった。インスピレーションとなったのは、その頃高い評価を受けていたアメリカのドラマ「ニュースルーム」だ。

「あのドラマには、実際の事件や政治家、企業の名前がそのまま出てきて、風刺にもなっているし、警告にもなっている。さらに、エンタメとしてもすばらしい作品。こういうことをやったら、日本の視聴者にとって、新鮮でおもしろいんじゃないかなと思ったんです。それが2014年でした」と、近藤さん。

 およそ2年をかけて脚本を執筆していく中では、当時アメリカで起こっていた現象を取り入れていった。たとえば、ソーシャルメディアでの誹謗中傷がそのひとつ。バラエティ番組やゴシップで知られてきた和田明日佳がまじめな報道をやろうとすることに対して、日本から意地悪なコメントが寄せられるのである。

「デジタルメディアが活躍し始めたのが、2014年、2015年ごろ。有名な女性ジャーナリストがツイッターで中傷されるようなことが、当時、アメリカではもう起きていました。その頃、日本にはまだBuzzfeedもNetflixも入っていなかったし、(作品が完成する頃に)日本のデジタルメディアがどうなっているかはわからなかったんですけれど、こういう方向に行くのではないかなと思って」(近藤さん)。

「#MeToo」「#TimesUp」で女性たちが声を上げ始めた中でのリリースとなったのも、実にタイムリーである。女子アナは見た目ばかりが注目され、女性視聴者すら彼女らの服装やルックスをうるさく言う実情も、このドラマでは指摘されるのだ。その部分を書くにあたって、近藤さんは、日本でも仕事をしてきた川出さんや本田さんの体験を聞き、取り入れた。「私たちのチームは女性ふたりとゲイの男性ひとりですが、それがまず日本ではあまりないことですよね」と、本田さんもいう。「だからこそ作れる作品にしようと心がけました。私は日本の芸能界でも仕事をしてきましたし。自分が具体的にどんな提案をしたか、はっきり覚えていないんですけど、脚本が上がってくるたびに、その視点から読んでいたのはたしかです」(本田さん)。

誰もが「日本人っぽい」と思う主人公を作り上げる苦労

 ほかにも、日本のテレビ局と芸能事務所の癒着、やらせ、誤報が出る経緯や出してしまった後の対処、メディア買収劇など、さまざまな問題に触れていく。同時に、ミステリーや、多少恋愛がらみの要素もあり、何より主人公の成長物語でもある。アメリカに長く住んだ3人にとって、和田明日佳のキャラクター作りは、非常に気を使った部分だった。

「彼女は日本からやってきたばかり。だんだんアメリカっぽく自分を出せるようになっていくんですけど、最初は違う。アメリカにいる私たちが見ても『日本人っぽい』と思えるキャラクターにするよう、私も、本田も、衣装なども含めてすごく研究しました。最初に出てくる和田明日佳を見て、『いかにもアメリカ好き』『海外かぶれ』と思われてしまうと、もう見てもらえないので。私たちも、こっちに来て10年くらい経っているし、そのへんの感覚がずれちゃうといけないと」(川出さん)。

日本からやって来たばかりの主人公、和田明日佳(本田真穂)
日本からやって来たばかりの主人公、和田明日佳(本田真穂)

「最初に突っ込んだ取材をするところで、彼女はおどおどしている。こっちの人(アメリカ人キャスター)だとああはならないですよね。彼女の中にまだちょっと迷いがあるっていうのを出すのが、すごく重要でした」(本田さん)。

 脇役にも個性的でリアリティのある役者が揃う。日本人俳優の絶対数が限られているニューヨークでこれらの人々を集めるのは、当然、困難だった。ネイティブの日本語を喋るというだけで限られるし、才能のある人が見つかってもビザの関係で出てもらえなかったりしたそうだ。「ニューヨークにいる日本人全員に会ったかも」と3人は笑う。ようやく配役が決まってからは、役者に合わせてキャラクターを微調整することもした。このドラマの優れている部分のひとつに、セリフの自然さもあるのだが、川出さんによると、それも「役者が決まったら、その人の口から発せられた時に自然になるよう、一文字レベルまで調整した」結果だそうである。

手作りでもドラマを作ることはできると伝えたい

「主な登場人物がふたりだけのロマンチックコメディとかなら良かったんでしょうけど、これだけのキャストがいて、メディア業界の話で、それなりのセットも必要。給料はこれだけ払わないといけないとか、ご飯はこうしないと、保険はどうするなど、勉強しながらやっていったので、すべてが戦いでした」と、川出さんは製作の苦労を振り返る。本田さんも、「忙しくて、本当に毎日いろんなことを考えて。撮影の日の記憶はほとんどない」。たとえば、セットで使う椅子なども、イケアで買い、みんなでせっせと組み立てた。撮影が終わった後は、「1ヶ月は誰の顔も見たくない」と思ったが、椅子をばらすためにまた集まっている。

 そんな甲斐があって完成したシリーズは、気持ちいい終わり方をする一方で、これからも続きそうな余韻も残す。続きを作るつもりはと聞くと、「そうしたいんですけどね。私たちは、いつでも」と、川出さん。だが、次は、もっと余裕のある状況でできることを願ってもいる。

「今回の規模が、私たち3人が死なずにできたギリギリのライン。次のステップに行くにあたっては、今回みたいに(予算が理由で)シーンを削ったり、脚本を削ったりしなくていいよう、もっと規模を大きくできたらなと。その一方で、私たちみたいに手作りでもドラマ作ることはできるんだというのも伝えられたら。その部分に共感してくれて、一緒に次の段階に行こうという人が出てきてくれたらいいなと思っています」(川出さん)。

 その可能性は、きっと、ありそうな気がする。

「報道バズ」はAmazonプライム・ビデオ、Google Play、YouTube、VIDEX、TSUTAYA TV、ビデオマーケット、DMM動画、Gyao!ストア、Rakuten TV、ひかりTVで配信中。

写真はすべてDerrrrruq!!!提供。

川出真理:兵庫県西宮市出身。日本でプロモーター・プロデューサーとして10年間従事、2007年に渡米。ニューヨークのデジタルフィルムアカデミー卒業。自身で監督・脚本を務めた作品に「Under the Bridge」、「Vanishing Point」、「Park」、ロサンゼルス・ムービーアワードをベストエクスペリエンス部門とベスト撮影部門でダブル受賞した「Seeing」がある。

近藤司:兵庫県神戸市出身。京都大学経済学部卒。2008年にニューヨークに渡り、HBスタジオで演劇を学ぶ。ゲイであることをオープンに活動。幼少の頃から英語を使う環境で育ったバイリンガルで、日本語と英語両方で脚本を書く。最近はアニメ映画「オルタード・カーボン:リスリーブド」の脚本を共同執筆。出演作に「A Christmas Recipe for Romance」「Odd Squad」など。

本田真穂:茨城県出身。早稲田大学教育学部卒。東京と北京での芸能活動を経て2009年ニューヨークに移住、演劇学校HBスタジオで学ぶ。出演作に「マニアック」、「アンブレイカブル・キミー・シュミット」、「デッドビート」、「ニュースルーム 」、オフ・ブロードウェイの「Time's Journey Through a Room」、短編映画「First Samurai in New York」など。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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