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新型コロナでエンタメ界の打撃深まる。キャンセル、延期の「決め時」はいつなのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
テキサス州オースティンはSXSWフェスティバルに備えていたが....(写真:ロイター/アフロ)

 ハリウッドが、テーブルの上の苦い薬を見つめている。どんなにきちんと計画を立て、どんなに情熱をかけて挑んでも、思わぬ形でめちゃめちゃにされてしまうことがあるという現実を、今、味わうことになりそうなのだ。

 すでにその目に遭ったのは、テキサス州オースティンで毎年行われるサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)。昨年は25万人を集めた映画、音楽、テレビ、インタラクティブメディアのフェスティバルは、13日から22日にかけて行われるはずだった。だが、新型コロナウィルスの感染者がアメリカでも増える中、ユニバーサル、グーグル、アマゾン、アップル、フェイスブックなどが徐々に参加を取りやめ、ネットフリックスも、上映は決行してもスターは来させないとの意思を表明する。それでも、月曜にはヒラリー・クリントンがトークイベントに登壇すると発表されるなど、事務局は、あくまで開催の姿勢を貫いていた。

 しかし、初日まで1週間となった現地時間6日、SXSWは、フェスティバルの全面キャンセルを余儀なくされてしまったのである。決断は、オースティン市長スティーブ・アドラーの命令を受けてのものだ。SXSW事務局は、ウェブサイトに出した声明で、キャンセルはあくまで市が決めたもので、自分たちは決行するつもりだったと強調している。また、水曜日にも、オースティンの衛生局から、イベントをやめることがコミュニティに安全を与えるという証拠は何もないと言われたとも告げた。

 昨年、SXSWがオースティンにもたらした経済効果は3億5,000万ドル。それがなくなるばかりか、ここまで準備ができた段階でのドタキャンは、大きな損失をもたらす。こういった不測の事態に備え、イベントは保険に入っているが、病気の流行や、市による非常事態宣言は、対象外なのだという。さらに、あてにしていた仕事がなくなり、突然にして収入を失った人もいるだろう。

 この例に戦々恐々としている人々は、少なくないはずだ。来月は、10日にL.A.近郊でコーチェラ音楽祭が始まるし、15日にはニューヨークでトライベッカ映画祭が始まる。カンヌでは今月のテレビ業界イベントMIP TVがドタキャンされたばかりだが、5月12日スタートのカンヌ映画祭からは、6日、メディアに向けて、「ラインナップ発表は4月16日です」というメールが送られてきた。現段階ではやる方向で進めているということだが、SXSWのケースに見られるように、結果的にどうなるかは、わからない。

早めの判断でダメージ軽減か

 一番の問題は、ウィルスがいつ収まるのか、あるいは収まらないのかが、まったく見えないことである。だから、誰もが決断を迷うのだ。

 そんな中、「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、公開の1ヶ月前に延期を英断した。それによって受ける損失は3,000万ドル(約32億円)と憶測されるが、今の状態が続いた場合、そのまま上映したら、とてもそんな額ではとても済まない。そもそも、公開週末は、1回しかないのだ。そこでコケてしまったら、ダニエル・クレイグのフィナーレが、台無しになってしまう。また、経営破綻を経て再建したMGMにとって、「007」は唯一のお宝。多数のカードを持つスタジオ、たとえばディズニーなどとは、状況が違うのである。

 とは言え、ほかのスタジオにしても、お金をかけた映画を無駄な形で出すことをしたくないのは同じだ。ただ、北米公開が近々に迫った映画の場合、すでに宣伝に巨額な予算を使っていて、引くとあれば相当の理由が必要だったりする。その意味で、今、おそらく話し合いがなされているだろうと予測されるのは、5月22日北米公開予定の「ワイルド・スピード」シリーズ最新作「F9」だ。このシリーズはアジア、とくに中国の貢献が非常に大きいのも、その理由である。

 しかし、5月22日は、まだ2ヶ月半も先の話。今決めて打撃を抑えるのか、それとも状況の回復に賭けてもう少し待つのか。延期を決め、新たな公開日の頃にはすべてが収まっているにしたとしたところで、ほかが同じようなことをしたドミノ影響はどうなのかもまた、わからない部分だ。どんなミステリー映画にも見たことがない謎に、ハリウッドでは今、みんなが頭を抱えている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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