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「スキャンダル」監督:カズ・ヒロのキャリアアプローチは「真似したい」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「グリーンブック」のニック・ヴァレロンガ(右)から賞を渡されたローチ(筆者撮影)

「カズ・ヒロは、つい最近、英国アカデミー賞も取ったね。オスカーも取るよ。いや、今そう言ってしまうのは縁起が悪いか」。

 西海岸時間6日、L.A.記者クラブの映画賞授賞式で、「スキャンダル」の監督ジェイ・ローチは、自分の映画で特殊メイクを担当した日本出身のカズ・ヒロ(旧・辻一弘)についてそう語った。すでにハリウッドから引退宣言をしていたカズ・ヒロは、ゲイリー・オールドマンに直々にお願いされた「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」で、キャリア初のオスカーを獲得。それからたった2年後、今度は「スキャンダル」でシャーリーズ・セロンをメーガン・ケリーに、ニコール・キッドマンをグレッチェン・カールソンに、ジョン・リスゴーをロジャー・エイルズに変身させ、ありとあらゆる賞を総なめしているのだ。

 しかも、今回は現場もやったようなのである。「ウィンストン・チャーチル〜」では、特殊メイクのデザインは引き受けるが、現場での毎日の作業は絶対にやらないという条件で受けたと、筆者は本人から聞いている。

「すべてシャーリーズのおかげさ。彼女は本当に説得が上手い人なんだよね。それに、彼女はちょうど(Netflixの)『マインドハンター』で彼と組んだところでもあった。彼は引退したと宣言しているし、やってもらうのは無理だろうと思っていたよ。だが、やると言ってくれて、ただし現場でのアプリケーションは別の人でと彼が言うと、シャーリーズは『いえ、あなた本人に毎日やってもらわないと困るの』とプッシュした。しかも『私だけじゃなくて、ジョンも。ああ、ニコールもあなたにやってもらいたいと言っているわ』とね。それで結局、彼は毎日来てくれることになったんだよ」。

 アーティストとして自分の作品を制作することに情熱を注いでいるカズ・ヒロは、現在L.A.のダウンタウンで行われているアートショーにも出品している。そのショーもすでに見に行ったというローチは、彼の仕事へのアプローチに感心させられているようだ。

「彼はひとつ仕事をやったら引退するんだ。それで、なおさら手が届かない人になってしまう。今作をやった後も、またリタイアした(笑)。僕も彼の真似をしたいなと思っているんだよ。いや、僕にはそんな余裕はとうていないんだけど。ああ、この会場には僕の弁護士もいるんだった(笑)。大丈夫、それはしませんから、安心してください」。

記者たちの視点から見て「最も意義のある映画」だった

 L.A.記者クラブの映画賞はヴェリタス賞と呼ばれ、実話にもとづく、あるいは実話にインスピレーションを得た、意義あることを語る作品に贈られる。昨年は「グリーンブック」のダントツ受賞だったが、今年は「1917 命をかけた伝令」とわずか1票差で、「スキャンダル」が選ばれた。

 オスカーで最有力と考えられている「1917〜」ではなく、作品部門には候補入りしなかった「スキャンダル」が勝ち取ったのには、これが記者クラブの賞だということが大きいだろう。会員にはテレビのキャスター、レポーターも多く、中にはこの映画の舞台となるFOXニュースに勤務した経験がある女性もいるのである。それらの人たちから見て、この映画は、職場のセクハラという現実で起こっている大きな問題に正面からぶつかるものだったのだ。

セロンは有名キャスターのケリー、リスゴーはエイルズを演じる。製作前、ローチらはケリーに一切相談をしていない。映画を見たケリーの反応についてもローチはこの授賞式で語った(Lionsgate)
セロンは有名キャスターのケリー、リスゴーはエイルズを演じる。製作前、ローチらはケリーに一切相談をしていない。映画を見たケリーの反応についてもローチはこの授賞式で語った(Lionsgate)

 そんな映画を男性である自分が作ったことについて、ローチは過去にもコメントしているが、この授賞式でもあらためてそこに触れている。

「シャーリーズから監督をお願いされた時、僕は、『自分が一番ふさわしい人かどうかはわからないけれど、僕にとってこれはすごく重要な事柄だ』と言った。問題を作り出しているのは、男なんだから。男は、これについてもっと話し合わないといけないんだ。そこに女性が首を突っ込んでくれてもいいし、男のほうから女性たちに声をかけてもいい。(セクハラ男のエイルズを演じる)ジョン・リスゴーも、『僕が問題の根源になりましょう』と引き受けてくれたんだ」。

 この問題についてもう自分はわかっていると思っている人たちにも、被害者女性の視点から語るこの映画を見てほしいと、ローチは言う。

「たとえば僕の母もそのひとり。彼女は女性のエンパワメントみたいな映画が大嫌い。彼女のような保守的な女性と、あとは、僕自身がそうだが、リベラルな男性にも見てほしいね。僕も、この問題については理解していると思っていた。だけど、この映画を作るために、多くの女性たちから多くの体験談を聞いて、本当にはわかっていなかったんだと知らされたよ」。

 日本公開は21日(金)。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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