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予測を難しくするオスカー作品賞の投票形式をわかりやすく解説

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
英国アカデミー賞を受賞した「ROMA/ローマ」(写真/Netflix)

「ROMA/ローマ」がオスカーにまた一歩近づいた。先日の英国アカデミー賞で、最有力と思われていた「女王陛下のお気に入り」を制し、作品賞を受賞したのである。

 英国アカデミーはハリウッドのアカデミーとほぼ同じ8,000人規模。両方に所属する会員が多いことも、オスカーの予測上、注目される理由だ。またオスカー本投票開始の直前に発表されることから、どの作品に入れようか決めかねている、あるいはまだ候補作を全部見ていない投票者の心理に影響を与えることも考えられる。

 だが、単純に「これで『ROMA〜』が王手をかけた」と言えない大きな要素がある。オスカー作品賞の投票形式だ。

 アメリカのアカデミーは、2010年から、作品賞部門にかぎり、投票者が候補作のすべてに対して順位を付ける投票方法を採用している。これに対し、英国アカデミーは、投票者が候補作の中から1作品だけを選んで入れる、一般的な方法を取る。この違いは、かなり大きい。

 今年のオスカー作品部門候補作は、8本。普通の投票方法だった場合、たとえば「ROMA〜」が30%の票を獲得して、ほかの7作品が10%ずつだったとしたら、もう「ROMA〜」で決まる。だが、順位を付ける投票方法の場合は、そうではない。受賞には30%ではダメで、50%が必要。1位に入れた人が一番少なかった映画を落としつつ、ひとつの作品が50%を獲得するまで、数え直しを繰り返すことで決めるのである。

 複雑なこの方法に混乱する投票者は少なくないようだが、それはアワードエキスパートにとっても同様。どこに着地するのか、この方法ではなかなか見えにくいのである。

例を挙げて具体的に説明

 では、ここで、例を挙げつつ、この投票形式をもう少しわかりやすく説明してみよう。今年の作品部門候補作は、「ブラックパンサー」「ブラック・クランズマン」「ボヘミアン・ラプソディ」「女王陛下のお気に入り」「グリーンブック」「アリー/スター誕生」「ROMA〜」「バイス」である。

 仮に、Aさん、Bさん、Cさんという投票者がいたとする。この人たちは実際には1位から8位までランク付けをするのだが、ここはあくまで例なので、3位までにかぎってみる。

Aさんは、1位が「ROMA〜」、2位が「バイス」、3位が「ブラック・クランズマン」。

 Bさんは、1位が「ブラックパンサー」、2位が「アリー〜」、3位が「グリーンブック」。

 Cさんは、1位が「アリー〜」、2位が「ROMA〜」、3位が「ボヘミアン〜」。

 開票作業に当たって見られるのは、常に、その都度、1位に挙げられた作品のみ。開票が始まって、全員の1位を見た結果、獲得票が一番少なかったのが、「ブラックパンサー」だったとする。するとここで「ブラックパンサー」はレースから落ちる。次のラウンドで、Bさんの1位には「アリー〜」が繰り上がり、AさんとCさんの1位は、それぞれ「ROMA〜」、「アリー〜」のままである。

 そのようにしてまた数え直したところ、次に一番票が少なかったのは、「アリー〜」だった。すなわち「アリー〜」はここで対象外となる。ということで、第3ラウンドでは、Aさんは変わらず「ROMA〜」に入れているが、Bさんは「グリーンブック」、Cさんは「ROMA〜」に入れていることになる。

 こうやって対象作品が絞られていく中、いずれはどれか1本が1位票の50%を獲得するようになる。それが受賞作だ。もちろん、ダントツな支持を得た作品があり、最初のラウンドからそれが全体の50%以上の人から1位に名指しされているのなら、開票作業は単純にそこで終わる。しかし、今年の場合はとくに、それはまずありえない。

好き嫌いが激しく分かれる映画は不利

 この方法の利点は、自分が一番に入れた映画が落ちた後も票が生き続け、最後の結果に意見が反映されることだ。オスカーの開票作業を行う会計会社は、実際に何度開票ラウンドを繰り返したのかを絶対に明かさないが、同じ投票形式をもつ放送映画批評家協会賞の開票作業に立ち会ったというTheWrap.comは、4位以下は関係なかったと書いている。つまり、ほとんどの人の上位3位内に入れてもらえないとダメということ。1位に入れてくれる人が多くても、それと同じくらいの人数から7位、8位にも入れられてしまうような、好き嫌いが激しく分かれる映画だと、途中で切り捨てられてしまう可能性が強いのである。勝ち残れるのは、みんなが「まあこれならいいか」と納得できる映画だ。

 現在、この投票形式を採用しているアワードは、プロデューサー組合賞(PGA)と、放送映画批評家協会賞だけである。PGAは「グリーンブック」、放送映画批評家協会賞は「ROMA〜」だったので、やはりこの2本が有力かと思われるが、予断は許さない。放送映画批評家協会は、オスカーと投票者がまるでかぶらず、PGAはかぶるとは言ってもプロデューサーがアカデミーに占める割合は7%程度だ。また、「#OscarsSoWhite」批判以来、アカデミーは意識的にマイノリティ、若い人、女性、外国人を誘致しており、この3年で投票者の顔ぶれにはいくらかの変化が出てきた。PGAとオスカー作品賞の結果は一致することが非常に多いものの、過去の統計は通用しづらくなる傾向にある。

 しかし、予測がつかないほうがレースはおもしろいというのも、また事実だ。投票締め切りは、現地時間19日。あと6日の間、票を前にして、投票者が、ある作品を2位から4位に落としたり、逆に5位から3位に上げたりするたび、戦線は変わっていくのである。もちろん、誰がどう動かしたのかは、本人以外には見えない。結果がわかるのは授賞式当日の24日。果たしてそこにはどんな驚きが待ち構えているだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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