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ジュリア・ロバーツが自覚するトップスターの立ち位置と、そのパワーの使い方

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
トロント映画祭での「Ben Is Back」プレミアに登場したジュリア・ロバーツ(写真:ロイター/アフロ)

 ジュリア・ロバーツが、忙しい。3人の子供の母で、ここ6、7年は年に1本映画に出るペースだった彼女が、現在開催中のトロント映画祭に、2本の主演作を引っさげてやってきたのだ。

 ひとつは映画「Ben Is Back」、もうひとつはAmazon Prime Videoが配信するテレビドラマ「Homecoming」。「Ben Is Back」は、ドラッグ依存症で更生施設に入ったティーンエイジャーのベン(ルーカス・ヘッジズ)が、クリスマスイブに突然帰宅してきたことから起こる出来事を描くもので、ロバーツの役は彼の母。「Homecoming」は、戦地から戻ってきた軍人が社会復帰する上でのお手伝いをする施設を舞台にしたダークなミステリー。ロバーツは施設に勤務する主人公ハイジを演じるほか、プロデューサーも兼任する。2作品とも出番はたっぷりな上、演技の見せどころ満載で、来年は、オスカーとエミー、両方のノミネーションを狙えるかもしれない。そうなったら、彼女のキャリアで初めてだ。

アマゾン・プライムが配信するドラマ「Homecoming」でロバーツが演じるハイジは、帰還兵の世話をする施設の職員。だがその施設には不可思議なところが...(写真/Courtesy of TIFF)
アマゾン・プライムが配信するドラマ「Homecoming」でロバーツが演じるハイジは、帰還兵の世話をする施設の職員。だがその施設には不可思議なところが...(写真/Courtesy of TIFF)

 映画祭という場で、2日連続で別作品の取材を受けるのも、おそらく初めてのこと。先に行われた「Homecoming」のインタビューには、まぶしいくらい真っ赤なパンツスーツに黒のハイヒール、ゆるくひとつの三つ編みにまとめたヘアスタイルで登場。翌日の「Ben Is Back」には、やはりパンツスーツだが、今度は服が黒、靴が赤のフラットだった。ネイルだけはさすがに両日同じで、ダークなブルー(余談だが、レッドカーペットに立った彼女を見て、一部のメディアが彼女の黒のネイルをバッシングをしたようだ。しかし、日中、間近で見た筆者は、あれは黒ではなくダークブルーだったと証言する)。

 我々ジャーナリストの間で、ロバーツは、ちょっと嫌な人という評判があった時期もあり、その頃はみんな彼女を恐れてもいたのだ。しかし、それは15年前の話。その後、少しずつ彼女の態度は物柔らかになり、このトロントでの取材にも、とても明るい表情で現れ、ジョークも言うほどだった。

 それでも、彼女が登場すると、周囲の空気が一気に変わる。まさに、とてつもないオーラでそこだけが輝き、一瞬、時間が停止する感じなのだ。ハリウッドスターはたくさん見てきたが、ここまでの人は、なかなかいない。そして、彼女が「この部屋、暑いわよね。あなたたち、暑くない?」と言おうものなら、それが決して不満っぽくなく、明るい口調であったとしても、スタッフは空調コントロールのある場所に緊張の面持ちで駆け寄り、すぐさま室温を下げるのである。

スターパワーはポジティブに利用

 ロバーツは昔からしばしば取材に若手の共演者を連れてくる。今回も、「Homecoming」にはハイジがコンサルティングをする帰還兵ウォルターを演じるステファン・ジェームズ、「Ben Is Back」には、ベン役のヘッジズがブロードウェイに出演中でトロントに来られなかったため、ベンの妹アイビー役(つまりロバーツ演じるホリーの娘役)のキャスリン・ニュートンを連れてきた。かつては、自分のしゃべる量を減らしたいからかと思ったが、最近では、自分の横に引っ張ってくることで、そうでなければジャーナリストたちが興味を示さない若手にも脚光を浴びさせようとの意図なのではないかと、筆者は感じている。

 自分のスターパワーは、スクリーンの裏でも使う。「Homecoming」の監督と脚本家を務めるサム・エスメイルによると、ロバーツは、すべての回をエスメイルが監督することを主演に承諾する条件に挙げたとのことだ。複数回の制作作業が同時進行するテレビでは、毎回監督が変わるのが普通だが、エスメイルは、彼に大ブレイクを与えた「Mr. Robot」を、毎回自分で監督した。ロバーツは「Homecoming」にもそれを求めたわけだが、「Mr. Robot」もまだ終わっていない中、どうやって両方をこなせるのかと、エスメイルは頭を悩ませたそうである。だが、「ジュリア・ロバーツを失うなんてあり得ないよね」と、彼はなんとかその方法を見つけた。もちろん、そのほうが番組のクオリティのために良いのは疑いなく、彼女の“わがまま”は、プラスの結果を生み出したと言える。

「Ben Is Back」でベンを演じるのは、ピーター・ヘッジズ監督の息子ルーカス。父子のコラボが実現した裏には、ロバーツのスターパワーがある(写真/Courtesy of TIFF)
「Ben Is Back」でベンを演じるのは、ピーター・ヘッジズ監督の息子ルーカス。父子のコラボが実現した裏には、ロバーツのスターパワーがある(写真/Courtesy of TIFF)

 そして「Ben Is Back」で、彼女は、ベン役にヘッジズを提案した。ヘッジズは、今作の監督で脚本家であるピーター・ヘッジズの息子である。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でオスカー助演男優部門にノミネートされ、「レディ・バード」にも出演した彼には、ドラッグ依存症に苦しむ若者を演じるだけの力量がたしかにある。だが、父親としては「主演俳優をわが息子に」とは、言いづらかったりするものだ。すでに息子が活躍していることもあり、「ルーカスは僕なんかの映画に出る必要はないし」とも思っていたと、父本人は語っている。息子のほうも、父のコネのお世話にはならないと決めていたそうだ。

 筆者がロバーツに「あなたがルーカスを提案したおかげでこのキャスティングが決まったというのは、本当ですか」を聞くと、彼女は「そうよ。だって、ルーカスはすばらしい役者だもの。当然のチョイスじゃない?」とあっさり答えた。だが、彼女は、父子の気持ちを推し量ってあげたのかもしれないと思う。「ジュリア・ロバーツに指名された」と言われれば、もう、どんな言い訳も必要なくなるではないか。

50歳になっても良い仕事が押し寄せる

 2作品を立て続けに撮影するのは、家族との生活を大事にする彼女にとって「尋常ではないこと」で、最初に考えていた以上に大変だったと、ロバーツは語る。経済的必要がないので、あまり仕事をたくさん入れたくないのだが、「これは断りたくない」と感じる優れた作品のオファーが来てしまった、などという贅沢な状況にある50歳の女優は、ハリウッドにあまりいない。

 それについて、ロバーツは「私は幸運。やりたいと思う仕事をいつも見つけられてきたなんてね」と語る。しかし、「自分が特別だとは思わない」と言いつつ、「30年間もそうだったのよ。それはとても長い期間」と言うところに、自覚と自信が見え隠れする。

 もちろん、運だけではない。この2作品でも、平凡で、むしろ冴えない女性をリアルに演じているのに、スクリーンに目を釘付けにさせるのは、その何よりの証拠だ。100万ドルのスマイルと呼ばれた彼女は、笑顔でないシーンでも、歳を重ねても、パワーを失わない。ジュリア・ロバーツは、特別。みんなそれをわかっている。そして、口ではわざわざ言わなくても、人と同じくらい、本人も、それを知っているのである。

「Homecoming」は2019年以降、日本でAmazon Prime Videoが配信予定。「Ben Is Back」は2019年以降、日本で劇場公開予定。トロント映画祭は16日まで開催。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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