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トム・クルーズ映画のヒロインたちは、どうやって彼に抜擢されたのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「バリー・シール〜」でトム・クルーズの妻役を射止めたサラ・ライト(写真:Shutterstock/アフロ)

「トム・クルーズのファンじゃなかったなんていう人が、世の中にいるのかしら?いたとしたら、信じられないわ」。

「M:i:III」でイーサン・ハントの婚約者ジュリア役に大抜擢されたミシェル・モナハンは、当時、そう興奮を語っていた。彼女の言うことは、おそらく正しいだろう。1986年の「トップガン」で大ブレイクして以来、クルーズは、多くの人にとって、最も手の届かないところにいる人物であり続けてきた。その人といつか映画の中でキスをするなんて、想像の世界でだけありえる話だったはずだ。

 プロデューサーでもあるクルーズは、その幸運な女優たちを選ぶのに、当然、深く関わっている。そして、多くの女優にとってはうれしいことに、ほとんどの場合、彼は、有名女優よりも、ちょっと意外な人物を好む。モナハンの後に「ミッション:インポッシブル」シリーズで彼のお相手を務めたのは、黒人と白人のハーフ女優ポーラ・パットンと、スウェーデン女優レベッカ・ファーガソン。昨年の「ジャック・リーチャー NEVER GO BACK」ではコビー・スマルダーズ、今週末日本公開される最新作「バリー・シール/アメリカをはめた男」では、これまでインディーズのコメディにちらほら出てきた程度のサラ・ライトが選ばれた。

 自分が選ばれた理由として、モナハンは、「観客に先入観をもたれていない女優にしたかったとJ・J・エイブラムス監督に言われた」と語っている。そのほかに、その人がもともと兼ねそなえるものをどうキャラクターに活かせるかも、クルーズにとって選考基準になるようだ。

オーディションでは、自分の子供時代についてたっぷり聞かれた

「バリー・シール〜」は、70年代末から80年代にかけてドラッグの運び屋として暗躍した実在の男を描く。シールは、アメリカ南部のバトン・ルージュ出身。その妻ルーシーを演じるライトが南部出身であるのは、偶然ではない。クルーズとダグ・リーマン監督の関心を引いたのは、まずそこだったのだ。

 L.A.での第一次オーディションを通過し、アトランタで再びオーディションを受けた時、クルーズとリーマンは、彼女の育ちについて多くの質問をしてきたと、ライトは振り返る。「そのオーディションは4時間もかかった。私は農場で育ったのだけれど、それはどんなふうなのかとか、家族や近所の女性たちの暮らしぶりはどんななのかとかを、ふたりはその間、いろいろ聞いてきたわ。翌日も呼ばれてまた聞かれたし、脚本の手直しのミーティングにも、私を入れてくれたの。衣装やヘアメイクにも、私の意見が反映されている。彼らみたいなすごい人たちが、私なんかの言うことに耳を傾けてくれるなんて、感激だった」(ライト)。

「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」のファーガソン Paramount Pictures
「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」のファーガソン Paramount Pictures

「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」のイルサのキャラクターの場合は、もっと極端だ。クリストファー・マッカリー監督とクルーズは、「正しい女優が見つかってこそ、このキャラクターの定義が決まる」と考えていた。「僕らは、その女優が兼ねそなえるものを見てから、その人に合わせてキャラクターを作っていきたかったんだ。鶏が先か卵が先か、みたいな感じだね。僕とトムは、この役のために多くの女優を見た。みんなすばらしかったんだが、最後になって、レベッカ(・ファーガソン)の5分のオーディション映像を見た時、『この人だ』と思ったよ。それで僕らは、彼女にロンドンまで飛んできてもらうことにした」(マッカリー)。

 ロンドンでクルーズに会うと、ファーガソンは、ほとんどテストをすることもなく、役を獲得する。「レベッカがやって来ると、トムは彼女とおしゃべりを始めた。ずいぶん長く話しているので、誰かが僕に『そろそろオーディションを始めますか?』と聞いてきたんだが、僕は、『いや、いいよ。もう彼女で決まった』と言った。その後、一応、演技はやってもらったが、形だけだ」(マッカリー)。それから1週間後、ファーガソンは映画のためのトレーニングに入っている。彼らはそれだけ自分たちの直感を信じるということだ。

クルーズは人の緊張をほぐすのが大得意

 クルーズに初めて会う時は、当然のことながらものすごく緊張したと、女優たちは声を揃える。それがわかっているクルーズは、彼女たちを打ち解けさせるのも得意だ。

 ライトがクルーズと初めて話したのは、オーディションのためにアトランタに到着し、空港から車に乗っている時。彼女の携帯に電話をかけてきたリーマンは、「わざわざ来てくれてありがとう。今からトムに代わるね」と、クルーズを電話口に出してきたという。電話に出ると、クルーズは『やあ、サラ。明日を楽しみにしているよ』と言った。予想もしなかった出来事にしばらく打ちのめされたと、彼女は思い出して笑う。

「バリー・シール〜」のクルーズとライト Universal Pictures
「バリー・シール〜」のクルーズとライト Universal Pictures

 翌日、オーディション現場に到着すると、クルーズが外で待ち受けてくれていた。「トムは温かくて、本当に人をウエルカムするの。自分は大事にされていると感じさせてくれるのよ」とライト。ファーガソンも、「彼は現場をファミリーのような雰囲気にしてくれる。それに、大作映画の経験が豊富だから、みんなのために、安全面を何度もチェックしてくれたりもするわ」と語る。アクションのシーンに苦労したというモナハンは、「相手がトムじゃなかったら、できなかったかも。私が何度やり直しをさせられても、トムはいつもがまん強く支えてくれた」と告白。この夏の「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」(クルーズはこの映画のプロデュースは手がけていない)に出演したソフィア・ブテラも、クルーズの気遣いで、共演者全員に、肉体を最高の状態にキープするためのヘルシーな食事が用意されたと語っている。

次に幸運を得るのは誰か

 クルーズの次の主演作は、「ミッション:インポッシブル」6作目。ヒロインは、モナハンとファーガソンだ。その後には、「トップガン」の続編「Top Gun: Maverick」が予定されている。北米公開は2019年7月12日と発表されているが、クルーズ以外の出演者は決まっていない。プロデューサーはジェリー・ブラッカイマーとデビッド・エリソンで、クルーズの名前は含まれないものの、自分を大スターにしてくれた重要な作品の続編とあって、ヒロインの決定には、彼の意向が大きく反映されるだろう。果たしてそのラッキーな女性は、誰になるのだろうか。

「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」のオーディションがあると教えられた時、出産直後だったパットンは、「私が選ばれるわけがないじゃない。時間の無駄よ」と、エージェントに言ったのだという。「ジャック・リーチャー〜」のスマルダーズも、脚を骨折して松葉杖をついていたにも関わらず、役を獲得した。白羽の矢は、どこに当てられるのかわからない。ハリウッドは夢を見るのを許してくれる場所なのだということを、この黄金のスターは、こんな形で思い出させてくれるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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