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「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」: オスカーはアンディ・サーキスの演技を認めるべきだ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「猿の惑星」三部作で主人公シーザーを演じたアンディ・サーキス(写真:Shutterstock/アフロ)

「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」は、泣かせる映画だ。

「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」に始まった三部作の完結編には、予想しなかった、感動の結末が待ち受けている。見終わった後もしばらく余韻が残り、三部作の初めに立ち戻って、主人公シーザーがたどってきた道のりを考えてしまった。

 この映画について語られる時、CGのレベルの高さが褒められることも多いが、今作でなにより優れているのは、ストーリー。そして、それを最高の形で語ってみせた、俳優たちの演技だ。中でも特筆すべきは、言うまでもなく、幸せな子供時代を経て社会の現実に直面し、自分の道を選んでリーダーとして成長していくシーザーを演じたアンディ・サーキスである。

サーキス(左)は、現場で、素顔で役者と役者の演技をしている
サーキス(左)は、現場で、素顔で役者と役者の演技をしている

 サーキスは、「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」のゴラムや、「キング・コング」のコングも、パフォーマンスキャプチャーで演じている。だが、コングは100%猿だったし、「ロード・オブ・ザ・リング」の時は、まだテクノロジーが今ほど発達しておらず、パフォーマンスキャプチャーの部分は、そこだけ別に撮影して、後に組み合わされていた。普通の映画や舞台のように、共演者と掛け合いをすることはなかったし、パフォーマンスキャプチャーは別のものと思われてもしかたがないところはあっただろう。

 だが、シーザーは、猿とはいえ、人間並みの知性と感性をもちあわせている。人間の言葉もしゃべれるが、猿の仲間みんながそうだというわけではなく、セリフは非常に少ない。ゴラムが自分の考えていることをひとりごとでもしゃべるキャラクターだったのとは、対照的である。セリフが限られた中で、複雑な心情を表現するのは、なおさら難しいこと。マット・リーヴス監督は、「アンディは、最も表現力豊かな目を持っている」と、細やかな表情の演技を絶賛している。

 現場で、サーキスは、猿のメイクも衣装もなく、素顔のまま、パフォーマンスキャプチャー専用のグレーのスーツとヘルメット姿で、ほかの俳優たちを相手に演技をする。ポストプロダクションの過程で、そこにデジタルで猿の“メイク”がなされていくのだが、現場ではあくまで、役者対役者の演技なのである。「〜聖戦記」でサーキスと緊張感あふれるシーンを展開するウディ・ハレルソンは、アメリカのテレビのインタビューで、彼のことを「僕がこれまでに共演した中で最高の俳優」と呼んだ。

 そして、これは、シーザーの映画である。 彼の葛藤に共感し、胸を痛める時、観客はシーザーを猿とは思っていない。 並外れた演技力をもってこそ、それは達成できるのだ。

共演のウディ・ハレルソンは、サーキスを「これまで共演した最高の俳優」と絶賛
共演のウディ・ハレルソンは、サーキスを「これまで共演した最高の俳優」と絶賛

 7月の北米公開当時、アメリカ では、「この映画のサーキスは十分オスカーに値する」という声が、あちこちから聞かれた。しかし、その後には、必ずと言っていいほど、「だけど無理だろう」という、現実的な言葉が、ため息とともに続いている。昨年から若い会員を増やそうと必死ではあっても、まだまだ焼け石に水の状態のアカデミーにおいて、たしかに今作は不利である。

  その要因はいくつかあるが、何より大きいのは、アカデミーの会員にも、パフォーマンスキャプチャーがどういうものなのか、よくわかっていない人が多いことだ。デジタルのメイクで本人の顔が隠れているため、あれがサーキスだとぴんとこない人もいるだろう。特殊メイクで老けたり、太ったりして別人のようになった俳優のことは絶賛するのに、デジタルだと態度が変わるのだ。

 そして、その手のタイプの間には、テクノロジーが進化しすぎることを恐れる人もいる。パフォーマンスキャプチャーがますます使われるようになると、人間の役者はいらなくなってしまうのではないかという不安は、この技術が使われるようになった頃から、時々聞かれてきたことだ。しかし、実際には、パフォーマンスキャプチャーは、人間、それも優れた俳優がいてこそ成り立つもので、俳優にとっては、自分自身の外見や年齢とまったく違うキャラクターを演じるチャンスをくれる、すばらしいツールなのである。

これらの猿たちを演じるのは人間の俳優。猿のメイクは後にデジタルで施される
これらの猿たちを演じるのは人間の俳優。猿のメイクは後にデジタルで施される

 サーキス本人も、状況の厳しさは認識している。「アカデミーはパフォーマンスキャプチャーで演じる俳優に対してフェアじゃないと思いますか?」と筆者が聞くと、サーキスは、「パフォーマンスキャプチャーというのは、テクノロジーなんだよ。パフォーマンスキャプチャーで演じる役者、というのが、そもそも存在しないんだ。役者は役者」と答えた。さらに、「ほかの映画では、メイクと衣装をつけて演技をするが、これは後からデジタルでそれをつける。それだけの違い。そのデジタル作業をする人たちには、賞があるんだよね。これ専用の部門を作るべきでしょうか、と聞かれたこともある。それに対して、僕はノーと言う。だって、僕は、ほかの映画の時とまったく同じように演技をしているんだから。それを、投票する人たちにわかってもらわないといけない」とも述べている。

 今の段階で、来年のオスカーに主演男優部門で候補入りしそうと言われているのは、「Darkest Hour」のゲイリー・ゴールドマン、「Marshall」のチャドウィック・ボーズマン、「Stronger」のジェイク・ギレンホールなど。いずれも、シリアスな映画で、役柄は実在の人物。まさにオスカー好みである。サーキスの監督デビュー作「Breathe」のアンドリュー・ガーフィールドも可能性があるが、これまた実在人物だ。まだ誰も見ていないものの、スピルバーグ監督作「The Post」のトム・ハンクス、ポール・トーマス・アンダーソン監督のタイトル未定映画のダニエル・デイ=ルイスも有力ではないかと言われている。ハンクスの役も、実在の人物。デイ=ルイスはこれを最後に引退すると宣言しており、すでに3度受賞している彼に、アカデミーが最後のはなむけを贈ることも考えられる。

 ハリウッドのブロックバスターで猿を演じたサーキスにとって、やはり、障害はかなり大きい。それでも、20世紀フォックスが、彼を積極的に推してくれることを願いたい。少なくとも、努力くらいしてもらうだけの価値は、彼には十分あるはずである。

「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウオー)」は、10月13日(金)全国ロードショー。

場面写真/2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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