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ハリウッドの脚本家ストライキまで秒読み状態。4万人弱を失業させた悪夢は繰り返されるか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2007年の脚本家ストライキはカリフォルニアの経済に大きな損失を与えた(写真:ロイター/アフロ)

10年前の悪夢が、また近づいてきている。脚本家たちのストライキが、5月2日(火)0時1分にも始まるかもしれないのだ。

脚本家組合(WGA)が、メジャースタジオとテレビ局を代表するAMPTPと結んだ契約は、5月1日(月)で切れる。新しい契約条件をめぐって両者は話し合いを続けてきているが、お互いが出す条件には大きな開きがあり、今月24日、WGAは、納得のいく条件を得られない場合、ストライキを行っていいかどうかの投票を、会員に向けて行った。その結果、96%がストに賛成。AMPTPに対して、自分たちは本気だという強気の態度を、あらためて示した形だ。

脚本家たちが求めているのは、テレビの脚本執筆料を上げることや、財政が困窮しているWGAの健康保険にスタジオがもっと貢献をしてくれることなどだ。Netflixやケーブルのオリジナルコンテンツのおかげで、近年、テレビ界は高いクオリティのドラマを次々に製作し、黄金時代を迎えているが、その分、1話あたりにかかる製作時間が長くなり、1シーズンに作られる回も減って、1本書いていくら、である脚本家たちの収入は、むしろ減っている。一方で、局や、そのドラマそのものを製作するスタジオは(日本では、ドラマは局が自社製作するのが普通だが、アメリカでは、たとえばソニーが作ったドラマを、ケーブルチャンネルAMCが放映する、といったように、作る会社と放映する会社は同じではない)、どんどんと儲けを増やしている。ヒットの裏にはライターの力があるのだから、自分たちにももっと利益を分配してほしい、というのが組合の言い分である。

ここ2、3日の話し合いで、両者は多少なりとも歩み寄りを見せたようだ。それでも、 WGAが「メジャーがみんな合わせて1年あたり1億5,600万ドルを払ってくれればすむこと。これら大手にとっては、たいした金額ではない」と、ディズニー、ワーナー、フォックス、CBSなど、大手がそれぞれどれだけ払うべきかの内訳も含めて提案したのに対し、AMPTPのオファーがオファーしているのは、3年で1億8,000万ドルと、かけ離れている。L.A.はこれから週末に入るが、月曜日深夜のデッドラインを前に、土日も話し合いは続けられる模様だ。

脚本家は書いて渡せば終わり、ではない

前回の脚本家ストは2007年末から2008年にかけて100日間行われ、カリフォルニアの経済に21億ドルの損失を出した。この間、3万8,000人が職を失っている。ストで収入を失うのは、脚本家だけではない。撮影が中止になるため、その番組や映画に雇われていたヘア、メイク、大道具、小道具、衣装担当者、ケータリング業者などの収入も絶たれるのだ。運転手、花屋、撮影所近くの飲食店など、周辺ビジネスも打撃を受ける。

脚本さえ書いて渡してくれたら脚本家はもう関係ないのではないか、その脚本のまま撮影すればいいのではないかと思う人もいるかもしれないが、実際には撮影中も、撮影後のアフレコにも、彼らは関わる。脚本家なしで撮影を続けるのは、とても大胆で危険なことなのだ。ダニエル・クレイグは、前回のストの間に撮影された「007/慰めの報酬」を気に入っていないと、はっきり認めている。映画の公開からしばらく経った2011年の「Time Out」へのインタビューで、彼は、「あの映画では、脚本家のストのせいで誰も雇うことができず、僕自身が書き直しをした。でも僕はライターではない。もうあんなことは2度とやらない」と告白している。

「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」も同じ状況だった。デッドプール役で出演したライアン・レイノルズは、「あの映画の僕のセリフは、全部自分で書いたようなものだよ」と、後に語っている。やはりストの間に撮影を決行した「トランスフォーマー/リベンジ」のマイケル・ベイ監督も、「僕は脚本家でもないのに、毎日書いていた。監督として、クルーの生活を支えなければいけなかったから」と語った。「スター・トレック」の 監督J・J・エイブラムスは、今作の脚本は書かなかったものの、WGAの会員でもある。 撮影中、彼が 素晴らしいセリフを思いついても提案することができず、彼はフラストレーションを感じたとのことである。

時期のおかげで、今回の被害は前回よりましな模様

もしまたストが起こったとしても、今回のダメージは、少なくとも短期的には10年前よりましと思われている。メジャー局がちょうどシーズンオフに入る時期に当たっているせいだ。アメリカでは、伝統的に、テレビの新番組は秋に始まり、5月に終わる。もちろん最近ではケーブルやNetflixやアマゾンがいろんな時期にいろんな番組を出していて、それが争点のひとつにもなっているわけだが、メジャー局のドラマやコメディの撮影がない時期というだけで、被害は少なくなる。

それでも、シーズンに関係のない、深夜のトーク番組などは、ストが始まった初日にも製作中止になり、クルーがたちまち収入を失う。アメリカでは伝統的なフォーマットを持つこれらの番組は、 社会的ニュースを受けて、その日にライターたちがホストであるコメディアンのためにジョークを書くので、事前の書きだめが不可能なのだ。トランプをバカにするネタのおかげで、今年に入ってから深夜トーク番組はこぞって勢いを増しているだけに、局にとっても非常に痛い。

ストをやりたがっている人など、誰もいない。みんなが、避けたいと思っている。本日の段階で、業界紙の中には「ストが起こる可能性は五分五分」とするものもあれば、「双方が歩み寄って避けられるだろう」とするものもある。つまり、希望はあるということだ。

来月半ばには、映画俳優組合(SAG)が、AMPTPと契約更新の話し合いを始める予定でもある。ひとつどころかふたつの組合と交渉という状態にならないよう、AMPTPとしては、こっちをさっさと片付けてしまいたいところだろう。だが、それがために良すぎる条件を脚本家にあげてしまうと、俳優たちも同じことを求めてくるのは確実。これからの3日間に、彼らはどこで妥協するのだろうか、あるいはしないのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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