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ハリウッドで脚本家が10年ぶりにストライキの可能性。彼らはなぜ血を流してまで闘うのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2007年の脚本家ストライキは100日続いた(写真:ロイター/アフロ)

脚本家たちが、またもや辛い決断をしようとしている。2007年末から2008年初めにかけて、ハリウッドをほぼ機能停止状態にした脚本家ストライキが、再び始まるかもしれないのだ。

10年前のストの結果、脚本家組合(WGA)がスタジオおよびテレビ局の代表(AMPTP)と結んだ契約は、5月1日に切れる。契約更新に向けて、両者は3月13日に話し合いを始めたが、まったく歩み寄れず、 23日にケンカ別れとなった。WGAはAMPTPが、AMPTPはWGAが、「一方的にミーティングの場を出て行った」と言い、お互いを責め合っている。

両者は、西海岸時間明日10日(月)に、再び向かい合うことで同意。しかし、WGAは、来週にも組合員に向け、万一の場合ストを行なっていいかどうかの投票をかける予定だと発表した。ストになると、テレビドラマの制作などに、即、影響が出るため、WGAは、すでにテレビのスポンサーなどに対して警告を出している。

脚本家がストを起こすとどうなるのか

2007年のストは100日間続き、その間、およそ60本のテレビ番組が、放映回数を減らしたり、放映時期を延期したり、あるいは放映そのものを中止するというような影響を受けた。「Saturday Night Live」は、古い回の再放送をするしかなくなり、スタッフの半分をレイオフしている。「24 TWENTY FOUR」は、新シーズンの開始を数ヶ月延期した。ジム・ベルーシの「According to Jim」のように、なんとか続けることは可能だったのに、キャストやプロデューサーが脚本家へのサポートを表明し、あえて撮影中止を決めた番組もある。

再放送だらけになると、当然、視聴者は減る。つまり、広告料金が下がる。打開策として、前回のスト中、テレビ局は、カナダやイギリスの番組を買い付けた。こと娯楽業界において、アメリカは圧倒的に貿易黒字で、この思わぬ展開は、カナダのテレビ業界にとっては朗報だったようである。

映画に与えた影響も大きかった。スト開始前に焦って脚本家に書かせ、完成させたとしても、撮影はそのとおりに進まないのが現実。セリフは、撮影現場で、日々、調整されたり、変更されたりしていくもので、もとの脚本のままで全部を撮ることは、事実上、不可能なのである。たとえばジェームズ・キャメロンやJJ・エイブラムス、コーエン兄弟など、監督兼脚本家はたくさんいるが、彼らはWGAにも所属しているため、スト中は脚本の書き直しを行うことができない。ストのせいで、2009年の夏には、いつもより少ない映画が公開され、クオリティも軒並み低かったというのが、多くの認めるところだ。来年の公開に向けて5月、6月に撮影開始を予定している作品のプロデューサーは、今ごろ、緊張で眠れないことだろう。

もちろん、一番痛手を受けたのは、当の脚本家たちだ。ひと握りのトップ中のトップは、100日くらい仕事をしなくても生き延びられるが、テレビで毎週、あるいは毎日仕事をしていた人たちにとって、3ヶ月以上も収入を打ち切られたのは、死活問題だったのである。撮影現場で大道具、小道具、照明などを担当するクルーにしても同じだ。彼らは、あの悪夢の再来は避けたいと願っている。だが、血を流してでも闘わなければいけない理由があるのだ。

テレビのクオリティが上がる中、皮肉にも脚本家たちの収入は減っている

ハリウッドでは、俳優、監督、脚本家らは、自分が関わった映画やテレビが再放送されたり、DVDが売れたりするたびに、レジデュアルと呼ばれる再使用料をもらえる。前回の焦点は、DVDや、当時大きく成長し始めていたオンラインダウンロードに関するレジデュアルを、もっと公平にしてもらうことだった。

それからの10年、アメリカのテレビ界は、ケーブルチャンネルやNetflix、Amazonなどの自主制作番組のおかげで、ルネサンスを迎えた。テレビのクオリティが上がったことで、映画館に足を向ける若者が減る問題が出ているような状態だが、皮肉にも、脚本家たちの収入は減っているのである。

テレビの質が映画に近づく中、1話あたりにかかる撮影期間が長くなっていることは、理由のひとつ。脚本家は1本書いてなんぼ、なので、毎週のようにばんばん次の回が撮影されるほうが儲かるのだ。1シーズンの長さも、短いのが常識になってきている。ケーブルやNetflixがない頃、メジャーネットワークは、9月末か10月頭に新シーズンを始め、5月に終わるのが普通で、1シーズンは22か23話だった。だが、今や、1シーズンが9話や10話というのは、当たり前になってきている。脚本家は、一つの番組に関わる間、ほかをかけ持ちできない契約を結ばされるので、必然的に彼らの収入は減る。また、NetflixやAmazonは会員制で、DVDやテレビでの再放送のように、何回自分の書いた作品がかけられたのかを正確に知ることが難しく、脚本家は、「テレビ業界が大儲けする中、自分たちは搾取されている」と感じているのである。WGAによると、過去2年の間に、テレビの脚本家の収入は23%も下がったとのことだ。

映画スタジオも、近年、公開本数を減らしている 。とくにパラマウントやソニーは大きな損失を出している上、トップの交代があったところでもあり、どんどん作品のゴーサインが出る状況ではなく、脚本家にとっては、ここに期待をかけることも難しい。個人の収入が減っているせいで、WGAが組合員に対して支払う年金や健康保険の予算も、現在、赤字状態だ。一方で、海外からの収入が増え続けるハリウッドは、昨年、業界全体で510億ドルという記録的収益を上げている。

できるなら、ストは誰もが避けたい

今回、WGAは、脚本家に支払われる最低のギャラを3%アップすることや、スタジオとテレビ局がWGAの健康保険に貢献する額を1.5%アップすることなどを求めている。一方でAMPTP側は、健康保険への貢献額の減額を提案している。スタジオにしたところで、表面上の興行成績は好調に見えても、国内観客動員数の伸びが足止め状態だったり、中国に期待しすぎるのが危ないとわかったりなど、不安材料は多いのだ。自分たちの会社でも、レイオフをやっている状況なのである。

妥協ができず、ストとなると、両者ともにさらに苦しむ。前回のスト中、WGAは組合員に特別ローンを提供したが、今も返済できていない組合員が、まだ45人おり、中には2万ドルや3万ドルの負債を抱える人もいるという。その人たちは、10年前のストを経験しているわけで、若手ではないだろう。そこへ来てさらに次のストというのは、非常に苦しいはずである。

それでも、ハリウッドでは、比較的力を持たない人たちも、上の言いなりになり続けるのでなく、組合を通じて立ち上がる。俳優や監督、クルーも、仲間として彼らに支持を表明し、結託して大物に対抗する。映画やテレビは、みんなの力があってこそできるもの。その報酬は、正しく分配されてしかるべきなのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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