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映画公開で再燃した「ゴースト・イン・ザ・シェル」キャスティング論議

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Splash/アフロ)

スカーレット・ヨハンソンの起用は、“ホワイトウォッシング”か?「ゴースト・イン・ザ・シェル」が北米公開された今、一度は落ち着いていた論議が、復活している。

2015年、「攻殻機動隊」のハリウッド実写版にヨハンソンが主演すると発表されると、アメリカにいるファンの多くは、抗議の声を上げた。オリジナルの草薙素子と同じ黒髪のボブで、同じ服装をしたヨハンソンの写真が公開されると、「ここまで同じにするのに、なぜ白人でなければいけないのか」と、怒りはさらに高まる。その後、「Aloha(日本未公開)」でアジア系の混じったハワイアンのキャラクターをエマ・ストーンが演じたり、「ドクター・ストレンジ」で原作ではチベット人男性の役にティルダ・スウィントンが決まったりするなどして、非難の矛先は別へ移っていたが、公開を機に、再び関心が向けられることになったのだ。

2ヶ月前に筆者がインタビューした時、ヨハンソン本人は、「(あんな騒ぎになったのは)驚きだったわ。私が無知だったのかもしれないけれど、このキャラクターに国籍はないと思っていたの。彼女の体はロボットだし、彼女にはアイデンティティがないのよ」と語っていた。だが、今週、彼女が「Good Morning America」に出演し、同じような発言をした上、「自分と違う人種のキャラクターを演じることなんて、私は絶対にしない」とも言うと、一部から猛反発を買うことになる。アジア系アメリカ人 の団体MANAA(Media Action Network for Asian American)はプレスリリースを発行し、「スカーレット・ヨハンソンは嘘をついている」と、強く批判。「映画を見れば、このキャラクターが日本人であったことがわかる。(中略)ハリウッドでは、日本人が日本人を演じることは許されないということだ」とも続けた。

押井守氏はヨハンソンのキャスティングに賛成

ネタばれになるので詳しくは触れないが、彼らの言う「映画を見ればわかる」との部分については、complex.comや映画サイトのCollider.comなどが、「ホワイトウォッシングは思ったよりひどかった」「予想しない形でこの映画は人種差別だった」と批判している。一方で、弁護の声も少なくない。代表は、1995年のアニメを監督した押井守。L.A.TIMESへの最近のインタビューで、彼は自分がヨハンソンの大ファンであると語り、彼女は今作で最初から最後まで期待を上回ることをやってみせてくれたと、ヨハンソンに絶賛の言葉を贈っている。映画で撮影監督を務めたジェス・ホールも、やはりL.A.TIMESに対し、「映画にはデンマーク人もフィジー人も出てくるし、日本のトップスター(北野武)も出る。なぜこんなふうに批判されるのかわからない」と語った。

映画がビジネスであることを考えればしかたがないとの冷静な見方もある。今作の製作予算は1億1,000万ドルで、中国の会社からも出資を募っている。ヨハンソンという世界的スターではなく、知名度の低い日本人あるいはアジア系アメリカ人女優だったら、中国がお金を出したかどうかは疑問だ。それでも、「オスカー候補女優の菊地凛子がいるではないか」とか、「今作に出ることで次の映画でお金が集まるくらいの大スターになれたアジア系女優はいたはずだ」などという声は絶えない。ヨハンソンのためにもここで言っておくが、キャスティングを批判する人にも、彼女の演技自体を褒める人は少なくなく、たとえばForbesは、「ヨハンソンはすばらしい。お高くとまった真面目な映画でなく、娯楽作を一歩上に押し上げている彼女に好感がもてる」と書いている。

日本よりアメリカで非難される背景にある、アジア系俳優が置かれた現状

当の日本でなく、ハリウッドのお膝元で批判 が聞かれるのは、アジア系アメリカ人俳優が置かれている厳しい状況のせいだ。昨年の「白すぎるオスカー」論議で(スパイク・リーが“百合のように白い”オスカーをボイコット宣言。黒人の間で強まる非難)、黒人俳優のための役がハリウッドに少なすぎる現状は大きく注目されたが、アジア系は黒人やヒスパニックよりもっと役が少ないというのが現実である。南カリフォルニア大学が行った調査によると、2014年に公開された映画と放映されたテレビで、セリフがある役でアジア系俳優が出ているものは、全体のたった5.1%だった。また、たったひとりでもアジア人が出る作品は、全体の半分にすぎなかったこともわかっている。L.A.で、アジア人は人口の10.9%で、黒人の9.8%より多い。だが、映画では黒人の出番のほうが多いのだ(ちなみに白人は41.3%、ヒスパニックは47.5%)。

Netflixの「マスター・オブ・ゼロ」でエミー賞に輝いたインド系アメリカ人コメディアン、アジズ・アンサリは、昨年11月、New York Timesにエッセイを寄稿し、「マイノリティが全体の4割になっていても、ハリウッドにとっての『普通の人』は白人のストレート男。でも、実際、普通の人は白人のストレート男ではない。みんななんだ」と書いた。最近では、人種を特定せず、あらゆる人をオーディションに招待するケースが増えているとはいえ、主役級は、やはり圧倒的に白人が獲得している。そんな中、おいしい役をたっぷりオファーされるヨハンソン、ストーン、スウィントンらが、わざわざアジア人として書かれた役を奪っていったことに、アジア系俳優たちは不満を感じているのである。

責めるべきなのは、オファーされた役を受けた彼女らというより、業界のシステムそのものなのだろう。とは言え、映画がヒットすれば、どんな批判も乗り越えられてしまうと思われる。北米では、今週末、アニメ「Boss Baby」と、あいかわらず化け物的にヒットしている「美女と野獣」に次ぐ3位デビューになりそうな気配。1週遅れで7日に公開される日本では、どう受け止められるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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