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北朝鮮には屈しない。自由と愛国心の象徴に変革したコメディ映画「The Interview」の今後は?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト

先月末からアメリカを騒がせ続けてきたソニー・ピクチャーズの「The Interview」が、25日、331館の独立系映画館で全米公開され、その多くで満員御礼となった。初日の売り上げは1億ドルと見られている。劇場公開より1日早くグーグルプレイやユーチューブなどでオンライン配信が始まっていたにも関わらず、これだけの数字を挙げたのは、かなりの成功といえる。

「The Interview」は、セス・ローゲンと、幼なじみでビジネスパートナーのエヴァン・ゴールドバーグが共同監督する、北朝鮮を舞台にしたコメディ映画。軽薄なイメージで知られるトーク番組ホスト、デイヴ・スカイラーク(ジェームズ・フランコ)と、番組のプロデューサー、アーロン・ラパポート(ローゲン)は、もっと重要な人物をインタビューして、業界の尊敬を集めるようになりたいと願っている。そこへ、北朝鮮の金正恩をインタビューする機会が訪れた。なんと、金正恩は、デイヴの番組のファンだというのだ。彼らはさっそく北朝鮮に向かうことにするが、そこへCIAが訪れ、このチャンスを利用して金正恩を殺してくるようにと依頼する。

北朝鮮側は、6月ごろから、この映画に対する反感をソニー・ピクチャーズに伝えてきた。日本の親会社ソニーも懸念を示し、金正恩の暗殺シーンの過激度をやわらげるべく、ローゲンらに何度か編集をやり直しさせたと報道されている。しかし、先月末になると、“ガーディアンズ・オブ・ピース”と名乗る何者かがソニー・ピクチャーズのコンピュータシステムをハッキングし、同作品の公開中止を求めてきた。それでもソニーは公開の意志を変えなかったが、先週、犯人は、同作品を公開する劇場に9/11のようなテロを仕掛ける可能性を示唆。それを受けて大手劇場チェーンは公開中止を決め、翌日にはソニーも、劇場公開はもとより、DVDやオンラインでのリリースもしないと発表した。

しかし、その決定はすぐに猛反撃に遭うことに。オバマ大統領やジョージ・クルーニーなど大物をはじめ、タレント、識者、ジャーナリストらが、「アメリカは、映画を作るためにいちいち北朝鮮におうかがいを立てなければならないのか」と批判し、言論の自由をめぐる論争に発展。ソニーが、「公開を中止したのは劇場がかけてくれないから」と言ったこともあって、日曜には、独立系の劇場の団体が、「映画を渡してくれるなら、うちは上映します」という公開レターをソニーに送った。

それを受けて、今週火曜日、ソニーは突然、もともとの公開日だったクリスマスに、独立系劇場で映画を公開すると発表。続いて、水曜日には、ひと足早く、オンライン配信を始めた。オンライン上でのレンタルは、$5.99。

大手スタジオの映画が劇場とオンラインで同時公開というのは、そもそも史上初の試み。劇場でテロが起こる可能性を心配する人もまだいるかもしれない中、業界は、初日の興行成績を興味津々で見守った。だが、25日零時過ぎにL.A.で行われた最も早い上映は、超満員どころか、外にはテレビの取材班も駆けつけ、お祭り騒ぎに。ローゲンとゴールドバーグは、舞台挨拶で、「このような劇場と、あなたたちみたいな観客がいてくれるおかげで、なんとか公開が実現しました」と感謝の意を述べた。取材班からインタビューを受けた観客の多くは、「言論の自由を守るためにもこの映画をサポートしたかった」とコメントしている。ほかの上映館でも、初日は売り切れが相次いだが、中には売り切れているのに空きがある回も見られたらしく、とくにこの映画を見たいわけではないが、チケットを買うことで北朝鮮の言いなりにはならないという意志を主張した人もいたと考えてよさそうだ。下ネタを得意とするローゲンのジョークを好まない観客の中は、「こんな騒動がなかったら、自分はきっとこの映画を見には来なかった。テロの脅威に屈しない姿勢を示すために来てみたら、意外におもしろかった」と語っている人もいる。

オンライン上でのレンタルもこの日は1位。だが、この映画はもともと3000館規模の公開を予定しており、初週末に2500万ドルの売り上げを見込んでいた。公開劇場数が10分の1に減った今、今週末の売り上げは、せいぜい200万か300万ドルと見られている。ソニーは製作費に4400万ドルを費やした上、公開中止を決定する先週水曜日まで、積極的な広告宣伝活動を続けていた。さらに、ハッキング事件を通しては、内部の情報が外に流れるというお金には代えられない屈辱も受けている。経済的にも精神的にも大きな損失となったこの映画は、しかし、表現の自由のためにアメリカ人を奮い立たせることになった。”ガーディアンズ・オブ・ピース”が本当に北朝鮮なのかについて、疑問を投じる人もいる。今後、今作が映画史においてどんな位置づけをされることになるのか、見守りたいところだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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