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ロシアで「ほぼ裸」のパーティーが、政界と芸能界を揺るがす大スキャンダルに。元大統領候補や有名歌手も

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
「ほぼ裸」事件のニュースを伝えるフランスのBFM RMC。著者によるキャプチャ。

モスクワのナイトクラブで「ほぼ裸」のパーティーが行われ、ロシアで全国的なスキャンダルを引き起こした。参加したのは、テレビ界のスター、歌手、ラッパー、インフルエンサー、俳優などであった。

「ムタボール」で開かれたこのトレンディーな夜「ほぼ裸」の原則は簡単で、ゲストはほぼ裸で来ること。女性は透明なランジェリーを、男性はミニマルな下着を着用した。

最もオリジナルなゲストは、靴下を3枚だけ履いていたラッパー、バジオだ。2つは足に、1つは男性器に。

参加者は「ジェット・セット」族であるという(自家用ジェットで世界中を娯楽で旅する、裕福でおしゃれな人達のこと)。

左は主催者の女性イヴレーワ氏、右は歌手のキルコルフ氏。
左は主催者の女性イヴレーワ氏、右は歌手のキルコルフ氏。

例えば、政治界のスター、クセニア・サプチャク。テレビやラジオの司会者で、女優やプロデューサーである。一昔前は、奔放で奇抜なスタイルのセレブだった。

父はソ連崩壊後のサンクトペテルブルクの初代市長(プーチン氏の元上司)で、母は上院議員。プーチン大統領から見れば、無名の自分を側近にしてくれた上司の娘となる。

2005年6月、第27回モスクワ映画祭の開幕式に到着したサプチャク氏。ロシアの社交界の人気者で、セレブとして若者に人気があった。
2005年6月、第27回モスクワ映画祭の開幕式に到着したサプチャク氏。ロシアの社交界の人気者で、セレブとして若者に人気があった。写真:ロイター/アフロ

2018年には大統領選に出馬したことで、国際的に有名になった。自分が出馬する前は、拘留中の野党指導者ナワリヌイ氏が大統領選に出るべきだと主張、プーチン氏に対して批判をいとわなかった(一方で、「プーチンの仲間」との批判もあった)。

ウクライナ戦争が始まった年の10月、恐喝の疑いがあるとして、彼女のモスクワ郊外の自宅が捜索された。

彼女が創設した独立系メディアの幹部が、先に拘束されていたために、プーチン政権による報道規制や脅し、政治的弾圧の可能性があると見られていた。

2018年の大統領選の際、サンクトペテルブルクにあるマッドマックス・バーでの支持者らとの会合で話すソプチャク氏。
2018年の大統領選の際、サンクトペテルブルクにあるマッドマックス・バーでの支持者らとの会合で話すソプチャク氏。写真:ロイター/アフロ

他にも、有名なお騒がせスター歌手フィリップ・キルコロフ(56)もいた。彼は「悪い子(バッドボーイ)」のキャラと言われ、スキャンダルには事欠かない。

実力のある歌手で、「世界で最も売れたロシアのアーティスト」賞を5回受賞していて、欧米でのツアーも行っている。

キルコルフ氏。2015年のNew Wave Juniorで。Okras撮影。wiki.enより。
キルコルフ氏。2015年のNew Wave Juniorで。Okras撮影。wiki.enより。

彼は2008年には、ロシアだけではなく、ウクライナ人民芸術家の称号も受けていた。しかし、2014年には、クリミア併合を公的に支持。リトアニアで入国禁止となり、同国でのコンサートもキャンセル、同年、ウクライナも同様の措置をとった。

2022年に戦争が始まって、ロシアを後押ししたと、ウクライナは彼に制裁を課した。現在、エストニアでも入国禁止となっている。

キルコロフ氏。ブルガリア生まれ。父母ともブルガリア人で歌手だった(父はアルメニア系)。ソ連時代にモスクワの音楽大学を卒業。2017年の誕生日に。Петровский Дмитрий撮影。wiki.jp
キルコロフ氏。ブルガリア生まれ。父母ともブルガリア人で歌手だった(父はアルメニア系)。ソ連時代にモスクワの音楽大学を卒業。2017年の誕生日に。Петровский Дмитрий撮影。wiki.jp

一方、2017年にはプーチン大統領から「国民の音楽芸術の発展と長年にわたる創作活動への多大な貢献」のための名誉勲章を授与された。

2017年11月、勲章を受け取るキルコルフ氏。身長は2メートル近い。www.kremlin.ruより(改変なし)
2017年11月、勲章を受け取るキルコルフ氏。身長は2メートル近い。www.kremlin.ruより(改変なし)

「ほぼ裸」の夜の主催者は、テレビ司会者アナスタシア・イヴレーワだった。31歳の彼女は、SNSで有名になったネットの申し子である。

インスタグラムで著名になり、今や181万人もフォロワーがいる。スポーツのコンテンツから始まり、ユーモアのあるビデオで登録者を増やした。YouTubeやTikTok、ブログでは、ライフスタイルやトークショーなどを披露している。

彼女のインスタグラム。ナスチャ・イヴレーワという名前で知られている。ちなみにいつも思うのだが、ロシアのテレビのデザインや女性のスタイルは、フランスの真似+マッチョ化+派手化に見える。筆者のキャプチャ
彼女のインスタグラム。ナスチャ・イヴレーワという名前で知られている。ちなみにいつも思うのだが、ロシアのテレビのデザインや女性のスタイルは、フランスの真似+マッチョ化+派手化に見える。筆者のキャプチャ

彼女には政治色が感じられないようだが、プーチン大統領や侵略の支持者も、(内心)批判者も、関係ない。テレビに登場するような、きらびらやかなお金持ちセレブは、みんな仲良しこよしなのだろう、「ほぼ裸パーティー」で羽目を外すアイディアは参加者全員を惹きつけ、一緒に楽しい夜を過ごしていた。

しかし、別に極秘の夜としたわけでもなかったらしく、パーティーが終わる前に、早くも映像がソーシャルネットワーク上に出まわった。反応は即座で、大スキャンダルに発展した。

母国は戦争をしている最中である。彼らが自家用ジェット機に乗ってあちこち遊び回っている間、兵士たちはほぼ2年間も塹壕に留まっているのだ。そして今、ほぼ裸ではしゃいでいる!! ということだ。

最も保守的なブロガーたちは、この「不道徳」で「悪魔主義者」で、ドラッグ文化につながる「西洋」の夜をただちに非難した。これらの発言は、独裁政治体制のお墨付きを得ているロシア正教会の言葉との一致が見られる。

参加者のほとんどは、ビデオを作成して謝罪した。

フランス24の報道によれば、主催者のアナスタシア・イヴレーワは涙ながらの謝罪ビデオを公開した。

「国民の皆さんにもう一度チャンスをお願いしたいのです・・・答えがノーなら、私は公開処刑の用意があります」と語った。

これに噛み付いたのが、クレムリンの御用記者で、国営テレビ司会者のウラジーミル・ソロヴィヨフ(60)だった。

この人を覚えているだろうか。ウクライナ戦争が始まる数週間前、ベラルーシのルカシェンコ大統領が「プーチン氏は、私を(ロシアの)大佐にすると言ったのだが、まだしていない」と下僕宣言をしたときのインタビューをした人物だ。

彼は、パーティー参加者たちのことを「野獣、クズ」と呼び、「国民がどれだけあなた達を嫌っているのか、わかっていない」とテレグラムに投稿していた。

さらに「二度目のチャンスがほしいだって? (南部戦線の戦闘地)トクマクにいる我々の男たちに、暖房とドローンを持っていけ」と威勢のよい批判をした。

ソロヴィヨフ氏。空手愛好家で、自らユダヤ系であると公言している。撮影Информационное агентство БелТА。Wiki.enより。
ソロヴィヨフ氏。空手愛好家で、自らユダヤ系であると公言している。撮影Информационное агентство БелТА。Wiki.enより。

この人はプロパガンダ先導者で、プーチン大統領の太鼓持ちと批判されている。戦争の熱烈な支持者で「ウクライナは存在しない」「ブチャ虐殺の責任者はイギリス人」と国営テレビで言ってのけた。

ただ、御用記者も大物ともなると批判発言のとり混ぜ方が絶妙で、親プーチンの世論づくりに貢献している。

歌手のフィリップ・キルコロフは、さすがにクリミア併合支持者で、勲章を受けて、ロシア人民芸術家の称号ももつだけあって、特別扱いを受けたようだ。大統領報道官と並んでポーズをとって遺憾の意を表明し、プーチン大統領の一種の赦免を受けたことを示した。

しかし、謝罪にもかかわらず、参加者たちへの制裁は強まり始めた。大晦日→新年のカウントダウンの特番でテレビ出演する予定だった歌手たちはキャンセルされ、インフルエンサーたちはスポンサーを失った。

主催者のアナスタシア・イヴレーワに対し、10億ルーブル(約15億8000万円)の支払いを求めて告訴した市民たちが20人以上もいた。市民グループらによるこの集団訴訟は、ウクライナ攻撃を支援する慈善団体に支払うよう求めたのだ。

ナイトクラブは閉鎖された。

3枚の靴下を履いたラッパー、バジオは法廷に出廷せねばならず、「非伝統的な性的関係のプロパガンダの罪」で、15日間の懲役刑と罰金刑を言い渡された。

「非伝統的な性的関係」とは、LGBTのことだ。彼はレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー等の人々に関する肯定的な情報を禁止する、いわゆる「LGBTプロパガンダ法」とメディアで呼ばれる法律に基づき有罪判決を受けたのだ。さらに、軽微なフーリガン行為を広めた罪も加わっている。

プーチン政権下では「非伝統的な性的関係」は犯罪なのである。

一層締め付けが厳しくなったこの法律が日本にあったら、歌舞伎も宝塚もマツコ・デラックスの番組も、禁止になるだろう。

ちなみに、この報道を行ったフランスの放送BFM RMCでは、キャスターが大真面目な顔で、「男性はミニマルな下着」などの政治的に正しい言葉使いで原稿を読み上げた。

まじめに聞いていたスタジオの4人の参加者は、読み上げが終わって一瞬の間ののち、苦笑が吹き出したのだった(「非伝統的な性的関係」という正式名称がツボだったと思われる)。

これは、悲劇だろうか、喜劇だろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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