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デンベレ&グリーズマンの差別問題その後【前編】:スポンサーやジャーナリストに支えられるグリーズマン

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
グリーズマンと、パリ・サンジェルマンへの移籍が決まったばかりのメッシ。4月撮影(写真:ロイター/アフロ)

フランスの有名サッカー選手、ウスマン・デンベレ氏と、アントワーヌ・グリーズマン氏の、日本人に向けた差別発言問題について覚えているでしょうか。

参考記事(共同通信):仏サッカー選手、日本差別か 映像流出、批判浴び謝罪

この問題がどういう経緯をたどっているか報告したいと思います。

この記事はもう少し早く書きたかったのですが、オリンピック開会式関連の問題がどどっと入ってきて、一層遅くなってしまいました。

グリーズマン選手(30歳)は、スペインのバルサ(バルセロナに所属していますが、移籍候補とされて色々と話題になっています。マンチェスター・ユナイテッドへの移籍で交渉中という話がありますが、どうなるでしょう。

そのような渦中にあり、この差別問題はもうすっかり過去の問題になってしまった感があります。

前編では、グリーズマン選手に関してです。

参考記事:翻訳は難しい。。。デンベレ&グリーズマン選手の発言の日本語訳は、どう変だったか:サッカー界の差別問題

黒人の仮装で物議

まず事実確認として、広くネットに流通した問題のビデオでは、彼は何も発言していません。ただ、問題となった発言をしているデンベレ選手に対して、にっこり笑っていたのです。これが差別を肯定する行為とみなされ、批判が起きました。

批判する人たちは、さらにグリーズマンが以前、2017年に、仮装パーティーで全身を真っ黒に塗ってアフロヘアにして、黒人のバスケット選手の真似をしたことを引き合いに出しました。そして差別主義が染みついている人物だという批判をしました。

今回の問題の前振りとして重要なので、説明します。

このような黒人の「扮装」は、ある歴史を思い起こさせるのです。

1830年代のアメリカでは、「ミンストレル・ショー」と呼ばれる演劇と音楽を組み合わせた大規模なショーが生まれました。白人が全身を真っ黒に塗り、黒人、特に奴隷のキャラクターを演じ、大成功を収めたのです。

ここで黒人は、愚かで、怠け者で、迷信深く、性に執着していると、辱めた姿で描かれていました。

1875年以降のポスター。黒人奴隷が働くプランテーションを描くのは、一般的な筋書きだった。Wikipediaより。
1875年以降のポスター。黒人奴隷が働くプランテーションを描くのは、一般的な筋書きだった。Wikipediaより。

しかし、グリーズマン本人は、アメリカの人気バスケットチーム「ハーレム・グローブトロッターズ」の大ファンだから、それを真似しただけだということでした。

このチームは、エキシビション専門のチームです。エキシビションとは、一般には真剣に勝ち負けや順位を競い合うというより、実演を見せることを重視するもの。

このチームは、スポーツ性とコメディの両方を併せ持っているそうです。名前「ハーレム」で推測できるように、アフリカ系アメリカ人が活躍するチームです。

2020年ロサンゼルスで、セレブなモデルの母娘が、ハーレム・グローブトロッターズの試合に招待された。見るからに楽しそうなチームだ。
2020年ロサンゼルスで、セレブなモデルの母娘が、ハーレム・グローブトロッターズの試合に招待された。見るからに楽しそうなチームだ。写真:REX/アフロ

グリーズマン氏は、ツイートで「自分としては、不器用だったことはわかっています。もし傷つけた人がいるのなら、謝ります」と短く投稿しました。

「反・差別主義者を攻撃しているのでは」

さて、やっと本題です。

ご存知の方も多いと思いますが、日本人差別問題の動画で、グリーズマン選手は、ツイッターで以下のように発信しました。

私は今まで常に、あらゆる形の差別に反対してきました。ここ数日、私を別人のように仕立て上げようとしている人々がいます。私は自分に対する非難には断固として反論します。そして、日本の友人たちを怒らせてしまったならば、お詫びいたします。

当時の報道は、なぜフランスチームは、欧州サッカー選手権で、優勝候補でありながら、準々決勝にも行けず負けてしまったのかとか、バルサの選手たちの契約問題(グリーズマン含む)とかが、様々に取り沙汰されていました。

なぜこの「絶好」のタイミングで、一時は消えたはずの数年前のこのビデオが流出したのかーーそれは誰もが疑問に思ったこと。欧州で今、このスターの悪い評判を立てたい人がいるのだろうなとは、想像できました。

そして、とうとう彼をはっきりかばうジャーナリストが現れました。

彼をよく知る『ル・モンド』のスポーツジャーナリスト、ワリッド・カシュー氏です(名前から見ると北アフリカ系の人かもしれません)。

彼は以下のように書きました。

「『反・人種差別主義者たち』を攻撃しているような気がします。グリーズマンは、アフリカ系アメリカ人のバスケットボール選手に心酔している男で、彼らに敬意をオマージュを捧げたのです。

私たちは、新たな反人種差別を生み出すために反人種主義が利用されるという、異常な世界に生きているのです」と、広報担当のフランク・タピロは嘆きます。

確かに、グリーズマンは、あらゆる差別との戦いに取り組む姿勢をしばしば見せてきた。

2020年12月、グリーズマンは、ウイグル人を弾圧するために顔認証ソフトを導入したと疑われている中国の事業者ファーウェイとの契約を破棄することを決めました。

最近では、サッカー欧州選手権の期間中に、レインボーカラーにライトアップされたミュンヘンのアリアンツ・アリーナの写真を投稿して、LGBT+コミュニティ(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーなど)への支援を表明しました。

これは、ドイツとハンガリーの試合中に、ミュンヘンのスタジアムをぐるっとレインボー色で照明することを禁止した欧州サッカー連盟(UEFA)の決定を批判するためのものでした(文末注を参照)。

この問題は、ドイツでは「レインボー事件」とすら呼ばれています。

彼は以前にも、ゲイ専門の雑誌の表紙に登場し、LGBT+コミュニティへの支持を伝えたことがあります。

中国ファーウェイの契約を突然終了

日本のコナミがすぐに契約を破棄したのとは対照的に、プーマをはじめ彼のスポンサーは、沈黙を守っていました。

そんな中で、彼の主要なスポンサーの一つである、フランスの馬券や賭けごとの会社「PMU(Pari Mutuel Urbain)」は、彼への支持を表明しました(この会社の収益の9%は、国庫に入ります)。

同記事によると、PMUは『ル・モンド』紙に声明を送りました。

「アントワーヌ・グリーズマンは、心からの公式謝罪をしました。いかなる差別にも断固として反対するPMUは、このことを常に注意し、アントワーヌ・グリーズマンへの信頼を維持しています」

なんだか、ちょっとほっとしました。

私は今までの彼を見て、どうしても差別主義者には思えなかったんです。久しぶりにフランスチームに復帰したベンゼマ選手とは異なり、汚いスキャンダルは聞いたことがないし、一般に「優しい人」というイメージです(「ちょっと、そこつというか、うかつな人かな」という印象は個人的にもっていますが)。

2017年から続いていた中国のファーウェイとの契約を、2020年12月に突然終了したことは、ニュースで知っていました。巨額のお金を手にできるはずなのに。

日本もそうですが、スポーツ選手がどこの広告に出ようと、人々は寛大な傾向はあると思います。それを、おそらくウイグル人弾圧の疑いという政治的理由で契約を解除するのは、とても珍しい例だと思います。

ウイグル人はイスラム教徒で、フランスは欧州で最も大きいイスラム教徒のコミュニティがありますので、フランスのスターとしてはふさわしい行動だとは思います。

誰かが「あの人は差別主義者だ」と糾弾すると、事実無根のでっちあげではない限り、反論しにくい空気が欧米にはあります。特にいま、差別反対の新しい潮流の真っ只中にあって、よけいにそうなっています。

私はこのような時代の変化に賛成であり、社会が劇的に進化するには、混沌や過激な反動が生じるのは、やむをえないと思っています。長い目で見れば結局、世界はより良い方向に向かうのだと、楽観的に信じています。それに、反論しにくいのは人々の良心です。

それでも、何だか行き過ぎていると感じることはあります。

例えば、今は亡きマイケル・ジャクソンが大好きで、肌の色とかもすべて真似をしたら、人種差別主義者になってしまうのでしょうか・・・(ああ、そんな社会的摩擦と重圧と、顔が白っぽくなったのは、因果関係があるのでしょうか)。

そんな情勢の中で、このジャーナリストは勇気を出して声をあげたのです。

彼を支持したスポンサー

もちろん、PMUが冷静に判断して、今年5月から始めたパートナーシップを継続する意思を明確に表明したことが、大きかったのでしょう。

彼は今でも、PMUの公式サイトのトップに顔を出しています。

PMUのホームページ
PMUのホームページ

もともとグリーズマン氏は、自分で厩舎と馬を所有しているほど馬好きで、PMUとの付き合いは長いのだそうです

PMUは、馬券や賭け事という性質から、圧倒的に男性の顧客が多い。馬券は、お金持ちから貧しい人まで、あらゆる肌の色の人が買うものです。

PMUがグリーズマンを企業の顔として使い続けているということは、肌の色を問わず、一般的にフランスの男性は彼を好いており、彼のしてきたことをちゃんと見ているということになるのでしょう。

黒人の扮装問題も、当の黒人たちが嫌がるのなら、止めるべきです。でも、本当にグリーズマン氏が黒人のバスケットチームが好きでたまらなくて真似をしたのなら、「差別主義者だ」と批判するのは奇妙ではあります。

この『ル・モンド』の記事には、個人的には「?」と思う部分はありますが、それでも、記者は勇気があると思います。

ただしそれも、今までのグリーズマンの言動があったからこそ。だから今回のことは、よくない態度ではあったが、何も発言していないのだし、ちゃんと謝罪したのだから、許すべきであるーーと。

「遊戯王」のアンバサダーとして彼と契約したコナミは、すぐに契約解除しました(スポンサーによって対応が異なるのは当たり前です)。「グリーズマンは、すでにコナミの契約解除という罰を受けたし、謝ったのだからもういいじゃないか」という意見も出ています。

ソーシャルメディアと人々の健全さ

このことは、オリンピック開会式にまつわる、日本で起きた問題を思い起こさせます。

参考記事(女性自身):小林賢太郎 解任でも辞任の小山田圭吾より批判が少ない理由

洋の東西を問わず、人間の反応は同じなようです。人は人を見ている。特にファンはよく見ている。

ソーシャルメディアについては、やたら欠点ばかり強調される傾向があります。一般生活では決して口にしないような醜い心の内までも、世界中にばらまかれるのは、確かに辟易します。でも私は、欠点の改善には取り組みつつも、もっと長所にも目を向けるべきだと思います。

ソーシャルメディアでは、過去の悪い行いが簡単に暴かれるけど、同時に良い行いも表に現れるのです。一人ひとりが声を上げることができる、極めて民主的なメディアだと思います。

洋の東西を問わず、本当にある人物が愛されていれば、必ず本人を知る関係者とファンは擁護してくれる。グリーズマン氏の件は、そんな「洋の西」の例に思えました。

日本は新しい潮流に取り組めるか

日本では、世界を席巻している#MeToo運動すら根付きませんでした。

世界経済フォーラムが発表している世界「男女平等ランキング2021」では、日本は120位という、中韓よりも低い、先進国にあるまじきひどさです。

でも、オリンピック問題で、ようやく世界的な「新しい人権問題への取り組み」の潮流に対して目が覚めたかのようです。それは、「理不尽な差別や圧力は、どんなことも許せない。もっとそれぞれが、自分を押し殺さず、殺されず、自由に平等に生きられる社会」を目指すものです。

欧米ではとっくの昔に始まっており、反発の期間すらも、既に山は越えようとしているのかな、さらに新しい段階に入っていくのかな、という感触がしないでもないです。

これから日本にどんな新しい時代が訪れるのか、オリンピックが終わってしまい、一過性の動きにだけはしたくないです。それにはどうすればいいのか、まだ答えがみつからないでいます。

様々な方々の意見を、聞いてみたいです。「理不尽な差別や圧力を受けることなく、もっとそれぞれが自分らしく、自由に平等に生きられる社会」ーーそんな新しい社会のために。

【後編】デンベレ氏の発言を差別と断じるべきかを考える。アジア人差別と日本の極右化:サッカー問題

【注】「レインボー事件」とは。

まず全体の状況として、欧州連合(EU)は、LGBT+(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーなど)の人権を保障する問題に、熱心に取り組んでいる。

そんな中、ハンガリーやポーランドは、この政策に反発している。

ハンガリーでは、未成年の目に触れる同性愛の描写を禁じる新法が成立、7月に施行されようとしていた。

ちょうど、欧州サッカー選手権2020が、コロナ禍のため1年遅れで今年開催される時期だった。

ドイツのミュンヘンでは、6月下旬にドイツ対ハンガリーの試合(Fグループ)が行われることになっていた。

その様なハンガリーに抗議するため、ミュンヘン市長は、スタジアムをLGBTコミュニティの色であるレインボーの光で囲うという提案をした。

ところが6月頭、欧州サッカー連盟は、この申し出を拒否した。理由は、寛容の価値観は全面的に共有しているものの、「政治的・宗教的に中立な組織」として、特定の国や政府を標的としたメッセージを伝えることはできないということだった。

ハンガリーのオルバン首相は、欧州のサッカー界のリーダーたちは、ハンガリーに対する政治的挑発となりうるものに参加しないという良識を示したと、この決定を歓迎した。

スロベニア人のセフェリン会長は、スポーツの協会を、自分たちの目的のために乱用しようとする人たちの 『ポピュリスト』的な取り組みを非難して、批判から身を守ろうとした。

ドイツでは大きな反対運動が起こった。ドイツ政府は、スタジアムから見える大きな風車や、他のスタジアムを、レインボーカラーで彩ることを決定。メディアや企業もレインボーカラーで彩られた。

またフランスは、エリゼ宮の大統領顧問が「この決定を遺憾に思う」と発表

「欧州サッカー連盟は、宗教的に中立で非政治的な組織ではあるが、価値観をもっており、よく少数派集団(マイノリティ)の尊重と権利の促進を行ってきた。この観点から、連盟は、その価値観を放棄したのだ」

「連盟は、このことを政治的な行為にしたくないのだが、価値観を放棄して、取られたのは政治的な行為である」

このように表明して「理解できない形になっている」とした。

ちなみに、ドイツ対ハンガリーの試合は、2−2で引き分けだった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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