追い詰められる島国、イギリス:コロナ変異株で交通遮断、生殺与奪権を握るフランス。ブレグジットの行方は
イギリスと欧州連合(EU)の交渉期限の12月20日(日)が終わってしまった。
一体、何度目の期限だろう。しかし、EUとイギリスは、漁業問題で合意に達することがどうしてもできない。
バルニエEU首席交渉官は、「真実の瞬間を迎えている。1月1日にこの合意を発効させたいのであれば、交渉に残された時間はわずかであり、有効な時間は数時間しかない」と欧州議会に語っていた。
そして欧州議会は、「20日24時までに合意文書を受け取らなければ、1月1日に協定(条約)が発効するように年内に議決するのは無理である」と、はっきり伝えていた。議会の不満は相当前からあった。
しかし、どんなに二者が頑張っても、交渉は年内ギリギリまで続くであろうことは、目に見えていた。
合意が20日までにできないと明白にわかった今、可能性は二つしかない。
年末までに合意に至れば、暫定的に1月1日から発効させて、そのあと両者の議会の批准を急ぐ。あるいは合意なし。
もしかしたら、三番目の可能性として、イギリスが最後の瞬間に交渉延期を申し出る可能性はないではないかもしれない。
欧州議会は「EU市民に選ばれた議員が集まる議会が軽んじられている」と不満だろうが、誰もが「非常時だ」ということで、この事態は正当化されるのだろうと感じていたに違いない。特にこの1、2日間は。
それほど別の方面からの非常事態が襲っていたのだ。
コロナ変異株の登場
ジョンソン首相は19日、感染力が最大で7割高いとみられる変異株の新型コロナウイルスが広がっているとして、首都ロンドンを含むイングランド南東部に事実上のロックダウン(都市封鎖)を再導入することを発表した。
変異株の名称は「VUI-202012/01」。イングランド南部のケント州で12月13日に最初に確認された。変異株の感染者は急速に増え、入院患者数も急増しているという。
ジョンソン首相は「まだ、わからないことがたくさんある」ことも強調している。ハンコック保健大臣は、この新しい株は「制御不能」と言い、ワクチンが普及するまでは続く可能性があると述べた。
この新たな厄災のために、オランダに続いて、ベルギーがイギリスからの航空と鉄道の運行を停止することを決定した。
この決定は、先にオランダが取ったものと同様に、12月20日(日)の午前0時(欧州中央時間)から発効する。デ・クロー首相は、ベルギーのテレビ局VRTに、「停止は少なくとも24時間続く」と語った。
大陸側からの交通遮断
ベルギーは、EUの首都ブリュッセルを戴く国である。英仏海峡を通ってユーロスターも、ロンドン・ブリュッセル間を往復している。その国が、イギリスを締め出そうと決定したのだ。
イタリアも追随することになるだろう。イタリアのディ・マイオ外務大臣は、フェイスブックのアカウント上で、保健大臣と一緒に「英国とのフライトを停止する政令に署名する」と発表した。ただこの措置の発効がいつかは特定していなかったという。
ドイツも、イギリスと南アフリカからのフライトを禁止する措置を決定している。なぜ南アフリカかというと、ここでも変異株が発見されているからだという理由だ。
またアイルランドも、21日と22日の最低48時間は、空のコネクションを遮断した。
新たな変異株に対する各国の素早い対応は、自国民を守るために当然だとは思う。でも、もし英国が今でも変わらずEUの一員だったら、どうだっただろうか。
フランスは「注意深く」監視しているというが、真剣にイギリスとの遮断が必要か、イギリスを孤立させていいのか、という議論が起こっている。
自国民の保護か、隣国への救いの手か
ユーロトンネルは、イギリスとフランスの間を走っている。
トラック・バス・車などの輸送列車も、列車のユーロスターのロンドンーパリ間も、リール間(フランス)もブリュッセル間も、すべてこの英仏間のトンネルを通っている。
前にも増して、イギリスに向かうトラックの数は増えている。何千台ものトラックが、海のこちらとあちら側で、トンネルを渡るのを待って大渋滞である。
目的は、欧州大陸からイギリスに物資を運ぶこと。欧州大陸中で集められた物資を積んだ大型トラックは、フランスのパ・ド・カレ県にあるユーロトンネルの入り口に集まってくる。もうクリスマスのお休みに入るというのに、これからも一層数は増えるに違いない(そしてイギリスに到着したトラックは、再びトンネルを渡って欧州大陸に入り、物資を積んでイギリスに戻る)。
そしてフランスは、固定鉄道輸送に関して、イギリスと新たな国際協定の交渉を行う権限が与えられている。欧州議会が既に10月に、そのような法案を採択しているのだ。
もしフランス政府が、自国民を変異株から守ろうとしてトンネルを遮断したら? 空も海も遮断したら? それを非難できる政治家がこの世にいるだろうか。
「国境開放の問題は、パンデミックの開始以来、テーブルの上に出されています」と、ユリス・ゴッセは述べた。フランスの24時間ニュース放送局のBFMTVの国際政策コンサルタントである。
「しかし、今、イギリスを孤立させることは、非常に重要な政治的、経済的な結果をもたらすでしょう」「飛行機や鉄道、船を運休させたら、イギリスは何も残らなくなってしまいます」と彼は言う。
何も残らないーーつまり、イギリス人は、主権どころか、今までのように生活することすら難しいという意味であろう。
イギリスはフランスにとって、13世紀の百年戦争以来続いたライバルなのに、相手を孤立させてはいけないという意見は、最大の友であり敵であった相手への友情なのだろうか。それともイギリス保守派や極右があれほど嫌ったEUの存在のために、欧州で組織として根付いた「連帯の精神」ゆえなのだろうか。
イギリスの食料自給率は約6割。日本とだいたい同じである。小麦は自給しているから飢えて死ぬことはないだろうが(日本の米と同じ?)、野菜や果物の多くを輸入に頼っている。輸入の8割が欧州大陸からなのだ。
今でも大渋滞のために、イギリスに輸送するはずの生鮮食料品が輸送できずに、大陸側の倉庫でどんどん鮮度が落ちてゆく有様になっている。
フランスは、イギリスの生殺与奪権を握ってしまったと言っても良いのではないか。他の欧州大陸の国はイギリスとのコネクションを閉鎖できても、フランスが行ったらイギリス人はどうなってしまうのか。
歴史は繰り返さない
イギリスは、島国だからこそ「栄光ある孤立」が保てた。大英帝国時代、どこの国とも同盟しないという、非同盟政策だ。
この意識は今でもイギリスの超保守派に残っているのだろう。
そしていま、島国だからこそ、閉じ込められて窮地に追い詰められようとしている。
島国の住人は、周囲と遮断すれば安心感をもてるかもしれないが、そういう自分の行いが鏡に反映されるかのごとく、自分が周囲から遮断されると生きていけなくなる。
文字にするのはたやすいが、これが第二次世界大戦で日本に起こったことと本質は同じなのだと、今のイギリスの状況を見ていて会得した思いがする。
そんな島国が相手だからこそ昔、1806年、フランスのナポレオンは大陸封鎖令を敷いた。
でも欧州大陸の国々はバラバラで、フランスに反感をもつ国、産業革命が世界でまっさきに起きたイギリスとの貿易を優先させたい国、様々に思惑が交錯して、成功しなかった。
今、21世紀。欧州大陸は団結している。
ジョンソン首相がデア・ライエン欧州委員会委員長とブリュッセルで会談する前のことである。
委員長に会う前に、ジョンソン首相はドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領に、個別に交渉することで事態を有利に運ぼうとした。
電話会談を申し出たのだが、二人には「すべての交渉は欧州委員会を通じて行われなければならない」と言われて、会談を拒否された。
このジョンソン首相の委員会を回避しようとする試みは、オランダのルッテ首相を含む英国に好意的でつながりの深い国にさえ、EU界で広く批判された。
ジョンソン首相は若い頃、『デイリー・テレグラフ』のEU特派員としてブリュッセルに駐在したこともあるくせに、EUというものがまるでわかっていないのだ。
グローバル化する世界において「自分たちで物事を決める」という真の主権をもちたいために、自国の主権を一部譲って創ったEUというものを、もっと大きな「人間の連帯」という思想のために、経済の利益を超えて団結したこの大組織を、そして、この右派的思想と左派的思想が時に対立しながらも、三歩進んで二歩下がりながら進化している、歴史上まったく新しい形のこの連合を、彼はまったく理解していないのだった。
歴史は繰り返さない。なぜか。欧州の国々は「歴史を繰り返すまい」と決意して、EUを創ってきたからである。
伝染病を前にEUはどうする
前述のBFMTVは、専門家の声を交えながら言っているーー科学的研究は、これまでのところ、国境閉鎖は、せいぜい伝染病の到着を遅らせているくらいであることを示しているーーと。国境は完全防水ではないのだと。
人の通過を完全に遮断することはできないだろう。だから、遅延はあるだろうが、ウイルスの伝播は避けられないのだということだ。
そして、英国以外でも、この変異株の症例は、少数ではあるがWHO(世界保健機関)に報告されている。デンマーク、オランダ、そしてオーストラリアなど。
フランスのAFP通信は、欧州委員会に対して「英国から来る人に対する禁止措置が、すべてのEU加盟国に推奨されるかどうか」を質問したが、すぐの回答は得られていないという。
イギリス側の国際問題の鈍さ
そしてイギリス人の側は、漠然と大きな不安をもっているとしても、どこまで正確に状況を把握しているかは疑問である。一般人だけではなく、政治家さえも。
「非常措置」は、予定通り18日欧州議会で議決にかけられ、採択された。
この非常措置法がなかったら、1月1日以降、英国とEU加盟国の間には1本の飛行機も飛べず、1本の列車も走れないリスクがある。
欧州議会で採択したことで、EU側は、もし合意がなくても、両者の空と道路のコネクションは条件付きで6ヶ月、一時的に延長することを法的に保障した。ただしこれは、同じことを英国側が守ることが条件である。
しかし、これを有効なものとするには、英国議会側の採択が必要なはずだ。
この情報が、あまりみつからない。The Northern Echoという、イングランドの北Durhamに本部がある地方紙が、大変面白い記事を載せていた。
たった数日で貴族院(上院)を通過させねばならなくなったのだが、貴族院議員たちの困惑を描いているのだ。
この記事では、この法案を「パニック・ステーション法案」と呼んでいた。
労働党上院のリーダー、スミス卿は、一時的な法案は「賢明な予防措置」であると述べたが、「なぜ今なのか疑問に思う・・・12月16日に政府は突然、次の数日間でこれらの条項が必要であるとわかったと決定した。今日よりも前に明らかになっていたと思うのだが」と付け加えた。
自由民主党のニュービー卿は言った。「国際貿易省では一体何が起きているのかと思う・・・彼らはたった数日前に、法律に隙間があることに気づいたということか。何年も前から、適切な協定が成立しないことは明らかだったのに。この『パニック・ステーション法案』が導入されなければならなかったとは、そちらがむしろ心配だ」
「国家百年の計」なのか
彼らの不安は「この真のブレグジットが目の前に迫った今頃になって、そんなこと気づいたのか」である。非常措置法は、EU側からの提案であった。
一般市民としては「議員であるあなたたちが、なぜ気づかなかったのか。そちらがむしろ心配だ」であろう。
なぜこんな事態になったのだろうか。
筆者は以前、「イギリス側は主権ボケしている」と書いた。でも、それだけではない。
一説には、EUに貿易協定を結ぶ主権が譲渡されてから、人材が英国にいなくなったという言い分がある。でも、これはEU加盟国は全部同じだろう。
コロナ禍でそれどころではない? これもEU加盟国は同じ悩みを抱えているだろう。
筆者は思うのだ。様々な欠点はあっても、27カ国の叡智が集められる組織と、たった1国では、知性の結集のレベルが違うのだと。27カ国が結集して27倍になるのではない。相乗作用で、さらにもっと大きな効果が得られるのである。
主権を取り戻したいというイギリス人の気持ちは、法的には完全な主権をもっている国、日本の出身の私は理解できる。でも、イギリスが加盟してから約50年、マーストリヒト条約から見たら約30年。EUを離脱して、その30年来、50年来の成果をご破算にして、今後新たなものを取り戻すのは、もう不可能だと感じる。
日本は、アメリカやEUから見ればちっぽけな存在だ。でも小さいながら一国一城の主として、世界がグローバル化時代を迎えて数十年、少しずつしっかりと築いてきたものをもっている。英国はEUという枠組みで着実に築いてきたものを、自ら壊そうとしているのだ。
「主権を取り戻すのは、国家百年の計ではないか」などと寝言を言ってはいけない。「国家百年の計」とは、輸送と連絡手段が、馬と船しかなかった時代にうまれた表現である。21世紀では、十年で世界は大きな変化を遂げる。イギリスは、数十年分の「遅れ」を取り戻す前に、二流国への道をたどっていってしまうだろう。
参考記事: