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多国間主義が崩壊していく「野蛮人」の世界で、主権のために何をすべきか。イギリスEU離脱ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁。(写真:ロイター/アフロ)

今回は、フランスのル・モンド紙の論説委員、アラン・フラションがイギリスのEU離脱について解説した記事を紹介する(要約)。

3月14日に発表されたものだ。

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イギリスは「ヨーロッパのクラブ」を去ることを望んでいるが、達成できていない。それでもヨーロッパクラブとイギリス人は知っている。私たちは規則に従って入って出ていくのだということを。

なぜブレグジットはそんなに難しいのだろうか。メイ首相が下院で欧州連合(EU)からの離脱計画を発表したときに、失敗しに行った運命に見えるのはなぜだろうか。根本的な理由は、主権の概念についての誤解である。

離脱派は、2016年6月23日の国民投票で、美しい文句で51, 9 %を獲得した。「我が国のコントロールを取り戻すのだ、国境を再び設けるのだ、そしてEUを離脱して完全な独立を取り戻すのだ、ブリュッセルの規則によって束縛されたエネルギーを解放するのだ、イギリスの内外での主権の行使は英下院が独占するのだーー 実は主権を失ったことなど今まで決してなくても、そんなことは問題ではない・・・。

政治的だとか法的だとか、そういったものの厳密な意味を超えて理解されていることは、主権とは美しいものであるということだ。国が自らの運命に基づいて行動し、自らの利益を守ることができる、そのような能力を意味するものであると。

この目的が、EUの中よりも外でより確実に保証されていると考えるなら、EU離脱は単純なことだ。 しかし、イギリスの2年半に及ぶ議論は真実を示した。主権はもはや「以前」のように機能しないという真実だ。 多くの分野で、今日、運命を圧迫するヨーロッパの国の能力とは、各加盟国、候補国、第三国など、EUとの関係によるのだ。

野蛮人たちと、数名のやくざ者

Financial Timesは、最近重要な情報を報じた。 EU離脱が実現したら、ロンドンはワシントンと自由貿易協定を結ぶことを望んでいると。

とても良い、とアメリカ人は言ったーーでも一つ条件があります。あなたは私達の塩素で洗われたニワトリと、ホルモン注入で育った牛肉を受け入れるのです、と。イギリス人が全く望んでいないことだ。

EUと米国の間の貿易対話にも、同じ主張が含まれている。 しかし、これまでのところEUは抵抗している。約5億人の消費者市場は強くて、交渉に一定の重さをもたらしているのだ。

たった一国で、英国はアメリカの要求にどのくらい抵抗できるのか。この場合、誰が「主権者」だろうか。

世界は告げている、小さいよりも大きい方が良いのだとーー ボローニャ大学で2月22日、欧州中央銀行の総裁であるイタリア人のマリオ・ドラギ氏は、鮮やかに描いてみせた。

「ヨーロッパは、どのくらいの割合でしょうか」。答えは、世界の人口の7%。征服に意欲を燃やす中国、それに続く大成長するインドと、1位の座を守ろうとするアメリカ。未来の経済風景は、多国間主義が崩壊していくのを背景にした、野蛮人たちと数名のやくざ者の世界ですーーと。

このような環境の中で、ヨーロッパの国々は、もし「主権」と呼ばれる、自分たちの運命は自分たちでつくるという能力をもちたいのなら、「共に働かなくてはなりません」と、ドラギ氏は言った。「国際貿易交渉に影響を与えるほど、十分に大きいヨーロッパの国は、ほとんどありません」「国民国家は、一国ではほとんど力を持っていません」「EUはその加盟国の主権を全然侵害していません。加盟国に力を再び取り戻す機会を与えているのです」。

経済の重み

EUは、その領域の中で、自分たちの価値に従ってきちんと規定された単一市場を創設した。 領域の外では、自分たちの利益を擁護しながら、約60カ国との自由貿易協定を締結した。

今後、英国はたった一国で再交渉しなければならないのだ。 経済交渉の冷酷なルールとして、米国、中国、またはインドは、一つの統合された貿易ブロックを形成するためにEUが加盟国に課した主権の制限よりも、もっと厳しいものをロンドンに課すだろう。 これは政治ではなく、単なる物量の概念だ。

協定の仕事は、常に長くかかり、激しく交渉され、困難で、細部にこだわり、官僚的で、時には行き過ぎなものだったし、今でもそうである。EUは、域内の貿易のために、安全性や環境、社会の規範において、疑いなく最も高度な規範を定義している。これは加盟国の利益なのだ。

フランスのユーロ懐疑派が、ブードゥー教徒のように唱えるお気に入りの呪文は「フランスの通貨の主権を取り戻すために、ユーロから離脱しろ」。

しかし、(ユーロ導入前、)ヨーロッパのほとんどの通貨が金融市場の独裁(訳注:米ドルのことだろう)に屈服していたか、あるいは脱出するために、ドイツ連邦銀行の政策と歩調を合わせなければならなかったとき、この主権なるものは、どこにあったというのか。

2016年6月の国民投票以来、英国ポンドは価値の15%を失ったし、同じように購買力も減少したが、この価値の下落は対外貿易を改善などしなかった。

アメリカと中国のインターネット巨大大手に対する、ヨーロッパの国だけの主権はどこにあるというのか。宇宙独立のための戦いでは主権はあるのか。これからの産業戦争ではどうか。ブレグジット問題の根幹はここにある。

下院の選挙で選ばれた大多数の議員は、離脱は主権の減少という代価となり、増加ではないことを知っているのだ。それゆえ、EU加盟国とは言わないまでも、EUにより近くにいたいという願望は、国民投票の結果と調和しなければならない。実用主義者にとってさえ、これが内部方程式なのである。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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