エリザベス女王はブレグジットに拒否権を行使するか。メイ首相が要請すれば可能だ:イギリスEU離脱問題で

2017年6月英国議会開会式で。女王の帽子が「EUの旗」?と評判になった(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

英国の国王は、常に中立の立場をとって、政治的な発言はしない。

でも、国王が欧州連合(EU)の離脱法案に署名を拒否することは、不可能ではないという。

英国のデイリー・ミラー紙は、このことを「核兵器のオプション」と表現している。誰もが王室の中立や政治不介入を信じているようだ。それこそが、王室が長く続いている最大の要因でもあるのだと。

「合意なき離脱」は、国を揺るがす前例のない事態である。スコットランドはEUへの残留派が強く、はっきりと「英国がEUを離脱したら、スコットランドは独立国してEUに残る」とスコットランド国民(民族)党の代表議員が議会で発言している。

国家分裂の危機に瀕している英国において、国家元首の役割はどういうものなのだろうか。

以下、解説も含めてよくまとまっているフランスの週刊誌「ル・ポワン」(中道右派)の記事翻訳を元に構成したものをお届けしたい。

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エリザベス女王はブレグジットの最前線にいる。

君主の3つの力とは「警告をし、励まし、助言を与える」

19世紀のジャーナリストであるウオルター・バジェットは、彼の主要な著書である『イギリスの憲法』でこのように定義した。

更に専門家は「賢明で良識のある支配者は、他のことは考えません」という。

国家元首である英国の国王は、他者による決定に署名する公証人的な役割を果たすだけである。

とはいえ、これはあくまで慣習である。英国の憲法は不文憲法である。そう法律に書いてあるわけではないのだ。

エリザベス女王が、慣習を破って、下院で可決された法律に署名することを拒否することは、不可能ではない。

確かに女王は、67年間の統治の間、そのようなことをしたことは一度もなかった。そんな行為は、1688年の名誉革命と権利章典から確立されている慣習に反することになる。これらは、人権を法制化して、議会制民主主義の到来を告げたものだった。

しかし、ブレグジットのために、女王はその厳格な中立を手放すことは可能なのだ。もし議会が主導権を握って、政府に対して今後の手続きに従うことを課すならば、メイ首相は女王に対して、拒否権を行使するよう求めることが許されるのだ。

3月25日のことだ。英国のウエストミンスターにある下院議会では、議事進行を政府に代わって議会が管理する動議が可決された。

メイ首相から主導権を奪った下院議会は、3月27日と4月1日、「示唆的投票」を行った。議員が具体的なブレグジットの道筋を提案して、その中から採決にかけるものを下院議長が選び、採決したのだ。

1回目は8つ、2回目は4つ採決にかけられたが、過半数をとったものは一つもなく失敗に終わった。議員たちは必ずまた同じことを繰り返すだろう。

引き裂かれた国のただ中にいる女王

メイ首相は、4月2日に議会の投票の結果を尊重することを公約した。しかし首相は同時に「ソフトな」ブレグジットだけが受け入れられると示唆した。

この事態を受けて、公法専門のStephen LewisとRichard Ekinsはレポートを発表した。シンクタンクPolicy Exchangeのレポートである。

「君主の同意は形式的なものである。しかし、もし議会の介入が憲法の手続きの乱用であると行政(政府)が信じるならば、行政は君主に法の調印を拒否するように求める権利を持っている」

二人の専門家のブレグジットに関する最近の報告を読むと「議会の行動は、政府が支配する能力を弱体化させるもので、選挙による民主主義の精神に反する」とある。

92歳のエリザベス2世が、もしこの二人の専門家の文書を読んだら、いかに国が引き裂かれているかを感じるに違いない。イギリスの社会は、残留派と強硬離脱派という和解できない二つの主張で真っ二つに分かれているが、女王の意見から何かが生じたことはない。元来、女王は両極が合意することを好むのだ。

実のところ、2016年6月23日の国民投票で「離脱」が思いがけなく勝利をして以来、エリザベス2世は厳格な中立から逸脱することはなかった。

2014年9月18日にスコットランドの独立住民投票に関する協議の際に、女王が公に「現状を維持したい」と言って、独立阻止を支援するために介入したときとは違う。

女王がEU色の帽子をかぶった?

1月24日、女王は英国の国会議員に「中道」と「一歩後退することを決して忘れない」ことを求めるという、平凡なことを言うにとどめていた。

ただ、彼女は2017年6月22日に、EUの旗の色を彷彿とさせる色の帽子をかぶったことがある(上記写真)。当時、女王はEU離脱に賛成であるという噂がたっていたのだ。

EU離脱に反対するジェスチャーであるということではなく、軌道を混乱させて噂を終わらせるための、ただのだまし絵効果だった。

「英国は君主制国家ですが、憲法はありません。女王は国家の象徴です。それが唯一の役割です。 女王は意見を述べる必要はありません」と、政治学者のヴァーノン・ボグダナーは説明する。

エリザベス2世は、政府の問題に干渉しないように常に慎重に注意を払ってきた。このことは、女王が意見を持っていないという意味ではないが、女王は個人的な信念を、自分の義務と混同することは決してない。

明らかに、君主制は、ブレグジットがもたらす有毒物質から免れられない。1936年に女王の伯父であり、結婚のために退位したエドワード8世以来、王国で最も深刻な憲法上の危機である。(終)

●上記の記事を読んで

ちょっと解説を加えたいと思う。

なぜ内閣(政府)から議会が主導を奪うという事態が生じたのだろうか。

メイ内閣の進行では「合意なき離脱か、それともメイ首相が取り付けたEUとの合意文書を飲むか」の二択になっていて、完全に膠着していた事態に不満をもっていた議員が大勢いたからだ。

参照記事:なぜ英議会が主導権を握って投票か。どういう意味か。下院「示唆的投票」へ

一方で、膠着してギスギスが最高潮に達した状況を救うためでもあったと思う。議会は、今後の道筋を具体的に複数の設問で問う「示唆的投票」を行うことになっていた。

メイ首相や内閣は、主導権を議会に奪われることに断固抗議したというわけではなかった。全般的に受け入れていたように見えた。

ただ首相は「この投票で、EUと交渉することができない結果が出るかもしれない」と警告はしたし、報道官は声明で「政府が今週、議会で支持を得られるプロセスを提供すると明らかにしている中で、この修正案が可決されたのは遺憾だ」と話した。

結果は、2回にわたる合計12の採決はすべて否決されたが、なかなか面白い具体的な進展があった。やって良かったのではと思わせた。

1回目の投票の参照記事:8つの示唆的投票で、各党の投票結果と特筆すべきこと。なぜか明るい議場

2度目の示唆的投票。切羽つまり明確になってゆく各党議員の投票傾向

2014年のスコットランド独立投票に関しては、女王が独立問題で明確に言ったのは、投票日前に「注意深く将来のことを考えて」だけである。

「現状維持で」というのは、スコットランド問題を問われて言ったわけではない。もっと一般的な文脈だったと思う。それでも、スコットランドに独立してもらいたくなかったイギリスのメディアは「女王は望んでいない!」と喜んで報じていた記憶がある。

スコットランド独立は「国家元首はエリザベス女王で、通貨はポンドで」というソフトな主張での住民投票だった。結果は独立反対55.3%、賛成44.7%で、独立は否定された。

あれから4年半が経った。英国がEUを離脱したら、また独立問題の再燃になるのだろうか。

でも・・・92歳の女王には、荷が重いことばかりではないか。

2012年、天皇皇后両陛下は、エリザベス女王の即位60周年記念式典に列席された。特別なもてなしを受けたと報道されたが、それもそのはずで、60年前の女王の戴冠式にも出席した世界の王族は、皇太子時代の陛下を含めて二人しかいないということだった(三人だったかも・・・すみません資料がみつからなかったのですが、記事即時アップを優先しました)。

85歳の天皇陛下は、もうすぐ譲位の日を迎えようとしている。これからはのんびりと楽しんで頂きたいと思う。それなのに、年上のエリザベス女王は、現役であるばかりではなく、国家が分裂しそうな状況の中にある。

いつも思い出すのがハプスブルク家の、事実上最後の皇帝フランス・ヨーゼフである。常に「一致協力して」しか言わず、50年近くも帝国を統治してきた皇帝は、瓦解しそうなオーストリア・ハンガリー帝国をつなぐ最後のきずなだった。

若い皇太子はほとんど人々に知られていなかった。一人目の皇太子(息子)は自殺に見える死亡、次の皇太子(甥)はサラエボで暗殺されていたからだ。

86歳で皇帝は亡くなり、神聖ローマ帝国から何百年も続いた帝国は崩壊した。

筆者は20代のころ、江村洋先生のハプスブルク家の本を読んで、なぜ皇帝が亡くなったら、中心が真空になって帝国が崩壊してしまったのかわからなかった。スコットランド独立問題のとき英国を見ていて、初めてこの意味がわかったのだ。

あの時も同じことを書いたのだが、問題は、お世継ぎのチャールズ皇太子とカミラ夫人が、全然人気がないことだ。筆者は英国滞在時代に、女王やウイリアム王子(夫妻)の写真が飾ってある店はたくさん見たが、チャールズ皇太子(夫妻)の写真が飾ってある店は、一度も見たことがなかった。

ブレグジット問題は、本当に英国解体の危機を感じさせる。「大変なご高齢なのに、何という重荷だろう」とお気の毒に思いながらも、筆者はイギリスもイギリス人も好きなので、せめてこの危機から脱出するまでは、どうか女王が無事に健康であってほしいと願うばかりである。