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なぜ英議会が主導権を握って投票か。どういう意味か。下院「示唆的投票」へ:イギリスEU離脱ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
3月25日、ウエストミンスター議会前に集まる反離脱で親EU派の人々。(写真:ロイター/アフロ)

イギリスが混迷を極めている。

3度目の合意案の採決は、可決しそうにないので今の段階では見送られた。

そのかわりに、一時的に議会にブレグジットに関する権限を譲渡することになった

筆者は欧州連合(EU)側、あるいは第三者の視点からブレグジットを見ているので、この下院の決断と混迷にはびっくりして、「!??」が頭の中を飛び交ってしまった。一体イギリスはどうしたのだろう・・・。

そもそもバックストップとは、2019年3月29日の離脱後、2020年末まで移行期間があるが、このときまでに英国とEUの新たな貿易協定が締結されず、移行期間の延長もなかった場合に備えての、防御策だ。

つまり、2020年末までにEUと新たな貿易協定が決まれば、バックストップは全く必要ないのだ。

それなのに、バックストップをめぐって紛糾しているのを見ているだけでも、内心ちょっと「何やっているんだろう」とは思っていた。

なのに、今「○○型離脱」を採決? さっさと合意案を可決して、EUとの交渉に入ってから「○○型離脱」を議論すればいいではないか。こんなことをやっていると、ますます時間がなくなっていくのでは・・・と大陸側から見ていると思う。

なぜ今、この段階で「○○型離脱」とか、そんなことを話し合うのか。

そもそも最初の予定では

わかりにくいかもしれないので、背景をもう少し説明したい。

そもそも一番最初の予定では、離脱後にEUとどのような通商(貿易)関係を結ぶのかまで全部決めて、3月29日を迎える予定だったのだ。

よく言われたのは、「ノルウェー型離脱」というものだが、他にもカナダやスイス、トルコなど色々名前が出た。もちろん、これらを参考にイギリス独自の形もありうる。

当初から、両者が優先させると決めていたものは、3つあった。(1)イギリスにいるEU市民、EU域内にいるイギリス人の処遇問題、(2)お金の精算の問題、(3)北アイルランド国境問題である。その次に、「○○型離脱」を話し合う予定だった。

しかし、この3つを話し合っているだけで、時間はあっという間に過ぎてしまい、間に合わなくなってしまったのだ。とてもではないが「○○型離脱」など話し合う時間など無くなってしまった。

関係者は全員焦った。「このままでは大変まずい。最低限のことすら決まらず離脱日が来てしまう」と。「本当に移行期間内に決まるのだろうか」という心配は、現実のものになりそうに思えた。特に「3」の北アイルランド問題が一番深刻だ。

そのために、防御策、すなわち「バックストップ」が決められた。「最低限中の最低限だけはなんとか決めておかないと」「最悪の事態(=いつまでたっても何も決まらない)を想定して防御しておかないと」「離脱日までに英下院で採決されて、3月29日に間に合いますように」ということだった。

しかし、英議会ではもめていて、それすら決まらない。

そのような難解な問題を、たった1日の英下院の採決で決める? 何言っているのかしら。

7つの選択肢

今回、議会が権限を握って3月27日に行われる「示唆的投票」では、7つの選択肢を用意しているという。

1,EU残留。離脱そのものをやめる

2,2回目の国民投票

3,メイ首相の合意+関税同盟・単一市場へのアクセス。ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインと同じように欧州経済領域(EEA)に参加

4,メイ首相の合意+関税同盟。最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首の案

5,メイ首相とEUの離脱合意

6,自由貿易協定(FTA)。EU・カナダ包括的経済貿易協定(CETA)に上乗せする案。強硬離脱派が主張という。

7,合意なき離脱

EU側から見れば、3,4,5,6は同じである。合意が可決されなければ、進まない話なのだから。

報道官は声明で「この修正案によってブレグジットの次の段階は議会に委ねられたが、政府は引き続き、どんな離脱案もEUとの交渉を通じてしか実現できないという現実を訴えていく」、「議会はこの交渉にどれほどの時間がかかるのかを考えるべきだ」と言っているが、まったくそのとおりである。報道官よ、あなたは正しい、100%正しい。

それなのになぜ、このような採択をしようとしているのだろうか。

なぜ採択するのか、意味二つ

これは純粋にイギリス内部の問題でEUにはほとんど関係ないので、もっとイギリスの現場感覚に詳しい人から解説する記事が出てくれないかしらと願っていたのだけど・・・仕方がないので、力不足とは思うが、筆者の観察を書きたいと思う。

もちろん、メイ首相の求心力がおちた結果ではある。再国民投票を支持して保守党に対抗する労働党の思惑もあるだろう。でも、そういう政治権力闘争だけではない。

この採択には、二つの意味があると思う。

一つは「EUを離脱したくない」「このバックストップでは安心できない」と主張して合意案に反対を投じている人たちをなだめたい、何とか方策をみつけたい、ということである。

主にスコットランド人とDUP(北アイルランドの英国派・民主統一党)の人、保守党で反対を投じた人である。

3月12日の2度目の採決の前、メイ首相はグリムスビーで採決前の最後の演説をした(リンクの後半)

「私は支持を必要としています。私のように、EUに残ることに投票したけれど、離脱という(国民投票の)結果を尊重し、合意がないよりも良い合意があって離脱したほうがいいと信じる人たちの支持が必要なのです。そして私は、EU離脱に投票したけれど、私達の国を共に取り戻すためであれば、妥協が必要だと受け入れる人たちの支持が必要です」

「両サイドに、EUと交渉した合意を支持する用意ができていない人たちがいるかもしれません。EUからの離脱をまったく受け入れられないという人もいれば、断固離脱のビジョンをもっていて、いかなる妥協も受け入れることができないという人もいます」

「私は彼らが誠実に考えていることを疑いません。でも、彼らには心底、同意できません。皮肉なことに、両サイドとも望んでいる結果は(断固離脱・絶対残留と)まったく逆なのに、(合意案に反対するという)同じ道を投票していることに気づくでしょう。私は彼らが少数派になることを願っています」

しかし、メイ首相の願いもむなしく、3月12日に合意案は否決されてしまった。

断固離脱派と絶対残留派が対立して、バックストップに懸念をもっている人たちがいる以上、(そして労働党が、国家分裂の危機よりも党略を優先させている以上)、合意案は絶対に可決しない。議会は機能不全に陥っていくだけである。

だから、 ノルウェー型とかカナダ型とか、今後の道筋を具体的に描ければ、残留派やバックストップ心配派を多少なりとも安心させられる。それらの得票数が多ければ「EUを離脱するにしても、それほどEUから遠い位置に行かない」とか、「英国と北アイルランドは○○式離脱になるだろうから、分断されない」と説得することができる。そうすれば、合意案の賛成にまわってくれるかもしれない。だから「示唆的投票」と呼ばれるのだろう。

さて、ここで問題なのはスコットランドである。

スコットランド選出の英下院議員、イアン・ブラックフォードという人がいる。この人はスコットランド国民(民族)党の、英下院における代表者なのだが、彼は議会がコントロールを取り戻すことを強く主張、メイ首相に対して「人々は政府を恥じている」と言った。

こんなツイッターが出回った。

彼はこう述べている。

首相は、議会の主権を無視できると思っている。なんと不名誉なことか。もし私達の(EU残留という)票が数に入れられないというのなら、率直に言って、私達はクニに帰るかもしれない。(ここで保守党席から「帰れ!」というヤジが飛ぶ)。それなら私達の答えは、こうだ。その日は来ようとしている、人々はスコットランド独立賛成に投票し、独立国としてEUに残るのだーー。

上記のツイッターでは「保守党の人たちは、スコットランドの議員に家に帰れと言っている。まただ! これが彼らの本音だ」と書かれて出回っている。

ヤジを飛ばしたのは保守党の一部の人だろうが、この鮮烈な部分だけが切り取られてSNSに出回っている。

公正を期すために付け加えると、実際には、ブラックフォード氏は独立をあおる演説をしたわけでは決してない。「スコットランドの人々と、UK全部の人たちの利益を守らなくてはならない」とも言っている。全体像を捉えるには、もっと長いものを見たほうが良いと思う。

彼の発言に対するメイ首相の答弁も、上記ビデオにのっている。

彼女の言いたいことは、「スコットランドでは住民投票で英国離脱と独立が否決された。その結果を尊重するべきだ」であった。

本人はEU残留派なのに、国民投票の結果だからと、離脱を進めてきたメイ首相。この答弁はそれなりの説得力はあったらしいことが、ブラックフォード氏の表情から見て取れるように感じた。

そして、もう一つの理由である。

議員たちはずっと前から、メイ首相が内容を公開せずにEU側と議論を進め、いきなり合意案をもってきて、「これを飲むか、飲まないで合意なき離脱か、選択しろ」と言われているように思えて、ずっと不満だったという。

下院は二元論になってしまっていた。そんな中で、前述のスコットランド国民党の人のように「自分たちの意見が反映されていない」と思う人が多かったのだろう。

参考記事(小林恭子氏):英ブレグジット 「なぜEUの声が英国に届かないのか?」

だからこのように議会で話し合うのは、良いことだとは思う。実は「さすがに議会の歴史が長い国だなあ」と、改めて尊敬の念がわいているところだ。

ただ・・・。

メイ首相の能力が無いのではないと思う。確かに彼女は二元論で頑固すぎるかもしれない(大変真面目なキリスト教徒に見かけますね。特に北のほう)。

でも、だからこそこの危機に選ばれ、矢面に立ちながらもいまだ首相でいられるのだと思う。こんなに国が分裂しているのに、みんなで話し合って合意案を決められたというのだろうか。無理なのがわかっているから、メイ内閣は一手に引き受けたのではないのか。

彼女の悲劇は、対応できる権限が国のトップに与えられていない、国家分裂の危機に対応できる政治システムが今の英国にないことだ。こういう状況に、議員内閣制が向いていないのだ(前の原稿でも述べたとおりである)。

合意案が可決されればいいが、あの労働党の調子では無理かもしれない(しかし労働党も、国家分裂の危機ということがわかっているのかしら・・・。要するに、結局平和ということか)。

といって、再国民投票をするには、まだお膳立てが整っていないように感じる。今のままだと、2度目をやったのだから3度目もやれ! という状況に陥ってもおかしくないと感じる。

それでもいいのかもしれないが・・・。いっそ、3度でも4度でもやってしまったらどうか。イタリアなんて、上下院のシステムに不備がありすぎて、始終国民投票をやっている(ただしテーマは毎回違う)。何回もやれば、国民投票の結果を絶対視しなくてもすむのかもしれない。人の意見は変わるのだから。しかも、イタリアはそれでもG7の一員である。世界はそんなにハードじゃない。

もっともブレグジットに関しては、EU27カ国側が付き合っていられないので、無理だと思うけど・・・。

となると、議員内閣制のシステムでは、もう総選挙しか方策がないと思う。総選挙をやるなら、欧州議会選挙も、必然的にやることになるのだーーもしEU加盟国が拒否しなければ。そのための「4月12日」デッドラインなのだと思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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