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なぜ4月12日? メイ英首相最後の採決の内容と、4つの道筋の可能性:イギリスEU離脱ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
3月12日ウエストミンスター議事堂の前の市民。離脱派と残留派が向き合う。(写真:ロイター/アフロ)

今週こそ、メイ首相の最後の賭けである。

3度目の離脱合意案の採決に、メイ首相は臨む。

採決の内容はーー

◎前回の採決では「英国が自分の意志だけでバックストップから抜けられる法的保証はない、とコックス法務長官は言った」「永遠につなぎとめられるリスクは、前日にユンケル委員長とメイ首相が合意をしても、何も変わらない』という認識での採決だったが、今回は違う。

◎バックストップの離脱は、国際法的に行政協定として保証された。

◎欧州理事会(EUの27カ国首脳)でちゃんと承認されたからだ。

◎だからこの採決の内容は新しい。下院議長も採決を許可するべきだ。

ということだと思う。

そして下院が通ったら上院の採決も必要になる。これらを行うのが、今週なのだ。

採決内容の詳しい説明記事:メイ英首相が目指す3度目の採決の内容とは。トゥスク大統領への手紙全文

上記で重要なポイントは、欧州理事会が3月21日、「特別会合」の扱いでメイ首相の手紙に答えて、ユンケル委員長とメイ首相がストラスブールで直前に合意した文書を承認したということだ。前回の採決の時点では、おそらく27カ国の大臣レベルでの了承だっただろう。今は正式に首脳が了承したことにより、行政協定として、国際法的効力をもつ資格のあるものになったということだと思う。

(追記:あるいは、ユンケル委員長にその権限がないということなのかもしれない。貿易協定では主権はEUにあり、加盟国にはもうないとリスボン条約に明記されている。だから、日本とEUが経済協定(EPA)を結んだとき、ユンケル委員長+トゥスク大統領が日本にやってきて、安倍首相と共に署名したが、あれは条約となるのだ。でも、バックストップ問題は違う。この点で主権をもっているのは加盟国である、ユンケル委員長ではない、ということか)。

合意が上院と下院の両方で可決されれば問題なし。5月22日まで延長が可能で、それまでに合意がある離脱となる。

それにしても、欧州議会選挙の直前に離脱か・・・。これはどういう心理的影響をEU市民に与えるのだろう。その心配よりも、もういいかげん英国にふりまわされて、EU側はみんなうんざりしているので、欧州議会選挙前にきっぱりケリを付けたい気持ちが大きいのに違いない。その上で選挙キャンペーンに集中したいのだろう。ユンケル委員長も、自分の任期で片がつくのか次に託すのか、はっきりさせたいのだと思う。

しかし、問題は否決された場合なのだ。否決された場合は、4月12日までに次の道を決めなければならない。

イギリスが行く4つの道の可能性

筆者の予測では、以下の4つの道があると思う。

1,可決されて、5月22日までに合意がある離脱をする。

2,否決されたが、合意なき離脱は嫌なので、何かの申し出(総選挙含む)と共に延期申請をEU側にする。しかしEU加盟国に拒絶される。この場合は「合意なき離脱」になる可能性が極めて高い。

3,否決されて、英国自身が「合意なき離脱」を選択する。あるいは、ぐちゃぐちゃで制御不能の状態になる。欧州議会選挙にはもちろん参加しない=事実上EUから脱退している状態になり、なし崩し的に「合意なき離脱」となる。

4,否決されて総選挙を決意し、それを理由にEU側に延期申請をして、EU加盟国に承認される。欧州議会選挙にも参加する。欧州議会選挙は、再国民投票の代わりとなる。選挙の結果、どうなるかは未知数。ユンケル委員会が任期を終え、メイ首相も交替しているだろうから、新しい人達で仕切り直しになることも、行く末に影響するだろう。(詳しくは、筆者の過去記事をご参照ください)。

6月30日希望が却下。日程から読む謎

筆者は、メイ首相のトゥスク大統領宛の手紙を読んだときから、日付が大変気になっていた。

欧州理事会は、3月21日の決定で、はっきりとこう書いている。

「離脱協定が来週(注:既に今週)の下院で承認されなかった場合、欧州理事会は2019年4月12日までの延長に同意し、欧州理事会による審議のために、英国はこの日付より前に、進むべき道を示すことを期待する」。

メイ首相は、6月30日までの延長を欧州理事会に申し出た。

メイ首相は手紙にはっきり書いている。「私は、英国が欧州議会選挙を行うことは、私たちのどちらの利益になるとも思いません」と。6月30日なら、欧州議会選挙(5月下旬)が終わっているので、英国が選挙に参加する可能性は限りなくゼロに近くなるのだ。

でもEU側に断られた。そのかわり、上記のように別の日程「否決なら4月12日まで」とEU側から提示されたのだ。

ということは、「長期の延期+欧州議会選挙の参加」は、欧州委員会側からの提案だったのだろう。メイ首相はその案に今もって賛成はしていないようだ。筆者は「万が一」の時のために、EU側とメイ首相両者の合意はできているのかと思っていたが、話は既にしていても、メイ首相は全く乗り気ではないようだと、この手紙を読んで思った。

彼女は国民に「国民投票の結果を尊重する」と約束したのだ。今まで色々あったが、「合意がある離脱」にするための奮闘であって、離脱の線だけは守ってきた。それが国民投票の結果だからだ。だからこそ、彼女は今でも首相でいられるのだろう。彼女の考えていることは「なんとしても合意案を可決する」。

しかし「もちろんです、最後まで合意案の可決に全力を尽くしてください。でも、もし本当にダメだったら? 最後まで否決をくつがせなかったら? 合意なき離脱でいいのですか」という問いが残る。

その時のために、欧州委員会側が提案したのが、総選挙と、欧州議会選挙への参加(=再国民投票の代わり)だったのではないかと推測する。

どのみち、「合意がある離脱を可決できなかった」というのは、首相辞職と解散の十分な理由になると思う。

なぜ4月12日? もし本当に2つの選挙をやるとしたら?

なぜ「否決されたら4月12日までに次を決めて申し出る」と欧州理事会は決めたのだろう。4月12日にはどういう意味があるのだろうか。

ここで、今までの観察から筆者が主張してきた「総選挙と欧州議会選挙(=再国民投票の代わり)」の線から、考察をしてみたいと思う。

●英国総選挙の日程を分析

まず、3月末に合意案が否決されたとして、4月12日まで大体2週間。下院における解散・総選挙の決定は不可能ではない期間である。

(注!イギリスではもはや、小泉首相が郵政民営化で行ったように、首相の決断で議会を解散することはできない。このリンク記事の真ん中あたりを参照)。

英国では、解散から総選挙日まで25日が必要である(日本の40日に比べると、かなり短い)。もし4月12日に解散したら、総選挙は5月7日ということになる。

ただ、4月12日までに次の道が決まっていればいいのだから、解散は4月12日とは限らない。英国では選挙は木曜日にやることが慣例となっている。4月12日は金曜日なので、もし週明けの4月14日月曜日に解散すれば、総選挙は25日後の5月9日、どんぴしゃりで木曜日だ。

(ちなみに、前回木曜日以外に行われた総選挙は1931年10月27日で、火曜日だったという。今年の5月7日は火曜日である。イギリス人は古い先例が大好きなので、一応書いておく)。

英国の総選挙の仕組みについての参照記事(記事の真ん中あたり):メイ英首相がEUに手紙。ギリギリまで勝負、延期を両院で採決へ。総選挙は。

●次に欧州議会選挙の分析

では欧州議会選挙は? 英国ではいつも木曜日に選挙をしているので、もし参加するなら投票日は5月23日だ。

重要なのは、欧州議会選挙の日までに、総選挙が終わっていることだと思う。有権者は、総選挙の結果を見た上で、欧州議会選挙に投票することが大事なのだ。

確かに、総選挙はEUのためにあるのではない。地元の代議士を選ぶのだから、最も大事なのは自分の生活に関わることだ。それに、保守党の中に離脱派・残留派、労働党の中に離脱派・残留派がいる。政党では測れない。

それでも、この状況での総選挙は、必ず民意を反映した思いもかけない結果が出るだろう。それを見た上で、欧州議会選挙の投票にのぞむ。それでこそ、欧州議会選挙が、EU離脱か残留かを問う国民投票の代わりになるのだと思う。

もし5月7日か9日に総選挙をするなら、5月10日には結果が出ている。23日の欧州議会選挙まで2週間程度あるわけだ。有権者が熟考する期間としてはやや短いが、まあ一応大丈夫だと感じる。民主主義を損なうほどの短さではない。

実際にはその前から総選挙のキャンペーンと同じく、欧州議会選挙の選挙キャンペーンも始まるだろうが、やはり国民にとっては総選挙のほうが大事だろう。二つの選挙戦が同時であることの効果がどう出るのか。初めてのことなので、とても興味がある。

それでは、欧州議会選挙に議員として立候補したい人は、いつまでにしなくてはならないのだろうか。

この規定は、国によって微妙に違う。英国の例を知るために、2014年の欧州議会選挙のケースを見てみたい。

◎投票日は2014年5月22日(木)。今年は23日だから、1日早かった。

◎立候補の締切は、4月24日(南西部では22日)。

政党が候補者リストを提出することになるのだが、この例で行くと今年は4月25日(南西部では23日)が締め切りとなるのだろう。

政党は総選挙に欧州議会選挙の候補者選びにと大忙しになるが、やれないことはない。それに、同時に二つをやることで、党がEU離脱問題に対する方針をはっきりせざるをえず、意見が収斂されていく効果はあるかもしれない。

それと、この日程は欧州レベルで決められているわけではないので、多少の変更は各国で可能である。ただ、十分な選挙キャンペーン期間をとることが有権者の選択には大事であること、それに、欧州議会は英国がもっていた73議席を、数を減らした上で各国に配分することを決定済みなのだ(例えばフランスは、5議席増えることになっている)。

英国が選挙に参加するなら、議席数を元に戻さなくてはならない。27カ国に影響が及ぶので、この日付を大幅にずらすのは無理だろう。

参照記事:欧州議会、欧州委員会、そして加盟国。イギリスの運命を握るEUの内部はいま

それよりもっと大事なのは、有権者の投票である。欧州機関側のメンタリティとしては、こちらのほうを重視しているかもしれない。

前回の例をあげるなら。

◎郵便投票の申し込みの締め切りは、2014年5月7日の午後5時。

◎代理投票の申請期限は、2014年5月14日の午後5時。

◎北アイルランドでは、郵便投票または代理投票の申請期限は2014年5月1日。

この例を踏襲するなら、今年は1日足せばいい。

◎郵便投票の締切は5月8日

◎代理投票の申請期限は5月15日

◎北アイルランドでは5月2日。

もし5月7日か9日に総選挙をするのなら、結果は10日には出ている。代理投票の申請には、大きな問題はなさそうだ。

総選挙の結果を見て考える時間を有権者に与えるためには、郵便投票の締切や北アイルランドの締切だけを変えればいいのだ。23日の投票日に向けて、なんとか1−2週間、後ろに動かせないことはない。選対では急ぎの仕事が必要になるが、やってできないことはない日程だ。フランス人には無理かもしれないが、イギリス人とイギリスの郵便ならできる。大丈夫だ。

ーーーこうやって計算していくと、4月12日を起点にすれば、とても大変だけれど、有権者の権利を犠牲にすることなく、全てがなんとか収まる日程になる。4月12日という日付は、このようなことを欧州委員会側は全部考慮して決めたのではないだろうか。

でもやっぱりダメかも?

ただ、これはあくまで計算だ。そもそも、3月末にもし「否決」の結果が出たとしても、4月12日までに解散を決められるのだろうか。

それに、仮に総選挙を理由にEU側に「延期申請」を申し込んだとして、受け入れられるのか。27加盟国の全一致が必要なのに。

何度も書いているように、欧州機関側と加盟国の論理は別である。

欧州委員会などは、EU市民のメンタリティなので、合意案が否決になった際には「総選挙+欧州議会選挙(=再国民投票の代わり)」を願っているかもしれない。残留への希望を託して。

でも、加盟国はどうだろう。3度も合意案を否決した国の「離脱延期申請」を、果たして加盟国は受け入れるだろうか。筆者はずっと「イギリスが合意なき離脱をして、パニックに陥る期間は、欧州議会選挙のキャンペーン期間に重なる。これこそ、極右の台頭やEU懐疑派の台頭に、最も効果的なカウンターパンチである。そう計算する首脳は必ずいると思う」と主張している。(やっぱりマクロン大統領は怪しかった・・・)。

もちろん、英国側が総選挙や欧州議会選挙など望まないという可能性も、とても高い。

これらの場合は上記に書いた2か3のケースになる。つまりーー

2,否決されたが、合意なき離脱は嫌なので、何かの申し出(総選挙含む)と共に延期申請をEU側にする。しかし、EU加盟国に拒絶される。この場合は「合意なき離脱」になる可能性が極めて高い。

3,否決されて、英国自身が「合意なき離脱」を選択する。あるいは、ぐちゃぐちゃで制御不能の状態になり、欧州議会選挙にはもちろん参加しない=事実上EUから脱退している状態になり、なし崩し的に「合意なき離脱」となる。

となるのではないか。

でも「合意なき離脱」を過半数の議員は望んでいないはずだ。合意案は消え失せて、方策がなくなり途方にくれて、混乱だけになる。そんなとき、総選挙以外に方策が思いつくだろうか。議員内閣制の元では、総選挙しかないのではないか。

つくづく、このような国の危機に瀕するような状況に、議員内閣制は向いていないと思う。アメリカやフランスのような大統領制のほうが良い。

メイ首相の能力が無いのではない。国家分裂の危機に対応できる政治システムが今の英国にない、対応できる権限が国のトップに与えられていないのだ。

英国の状況を見ていて、筆者は何度も思った。「もし同じ状況がフランスに起きていたら、大統領が決断するだろうに」と。

フランスは第2次世界大戦後、ドイツの占領から解放されて、議員の権力が強い第4共和制が発足した。しかし、敗戦とともに植民地をすべて失った日本と異なり、戦後徐々に植民地が独立していくという危機にみまわれたフランスでは、大混乱が起きた。議員の意見は割れに割れ、議会の収拾がつかなくなった。

機能麻痺に陥った議会を見て、人々は大戦の英雄であるシャルル・ドゴールに助けを求めた。そして復活したドゴールは、大統領の権限が大変強い第5共和制を発足させ、事態を収めたのだった。

この政体は今でも続いている。平時の今、大統領の権限が強すぎることが問題になり、「第6共和制を」という意見が常に出ている。

でも、やはり今でも続いているのは大陸だからなのだと思う。

欧州大陸にも議院内閣制の国はあるが、どんなパフォーマンスをしようとも、行政は決して欧州連合を出るようなリスクは侵さない。

このことを、移民問題とブレグジットは改めて気づかせてくれた。

イギリスはやっぱり、島国だ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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