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トランプ次期大統領にトヨタが屈したんじゃなくて、まったく逆だろ、という話

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
豊田章男さんは1兆円を米国に投資すると述べたが……。(写真:ロイター/アフロ)

トランプ次期大統領が、メキシコに工場を作ろうとする企業に対し、米国回帰を強く申し入れています。そして、それに各企業が屈しているように見えます。トヨタ自動車にも同様でした。トヨタはメキシコ工場についての計画は変えませんでしたが、米国に今後5年間で1兆円を超す投資をおこなうと発表しました。しかし、トヨタはトランプ次期大統領に屈したのではなく、実に巧妙に発言しているのではないか、というのが本稿の結論です。

トランプ次期大統領のつぶやき

トランプ次期大統領のつぶやきはたしかに衝撃的なものでした。

Toyota Motor said will build a new plant in Baja, Mexico, to build Corolla cars for U.S. NO WAY! Build plant in U.S. or pay big border tax.

出典:@realDonaldTrump

「トヨタ自動車はメキシコのバハにカローラの米国向け工場を作るようだ。そんなの許されない! 米国に工場をつくれ、あるいは、高額な関税を支払え。」

それにたいして、同社社長の豊田章男さんが次のように述べました。

米国で今後5年間で100億ドル(約1兆2千億円)を投資する計画を明らかにした。トランプ米次期大統領からメキシコ新工場の計画を批判されたのを踏まえ、米経済への貢献を強調した。

出典:朝日新聞社

原文でいうと、次の通りです。

we will invest another $10 billion here in just the next five years alone

出典:REUTERS

ただ気になるのが、この報じられ方なんですね。日本での報道を見ると、さも、トヨタ自動車がトランプ次期大統領の期待に応えるかたちで、この1兆円強をこれまで以上に投資するように見えます。

繰り返しますが、報道をふつーに見ていると、トランプ次期大統領に屈した形で、トヨタ自動車がこれまでにない投資をするように思えます。すくなくとも、私はそう感じました。

私はある朝の情報番組のコメンテーターをやっているんですが、さまざまな情報番組やワイドショーでも、多くのコメンテーターが同じように言っておられます。つまり「このような口先介入は怖いですねえ」と。しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。

トヨタ自動車の直近の投資を調べてみると

ということでトヨタ自動車の米国における投資金額(予定含む)を調べてみました。誰もがアクセスできる情報です。

<2016年3月期 有価証券報告書>

(表記は、投資先/投資金額の順)

  • トヨタ・モーター・マニュファクチャリングケンタッキー株式会社/98,500百万円=985億円
  • トヨタ・モーター・ノースアメリカ株式会社/52,100百万円=521億円
  • 米国トヨタ自動車販売株式会社/38,100百万円=381億円
  • トヨタ・モーター・エンジニアリング・アンドマニュファクチャリングノース・アメリカ株式会社/32,000百万円=320億円

http://www.toyota.co.jp/pages/contents/jpn/investors/library/negotiable/2016_3/equipment.pdf

と、なんですか、直近の1年間で220,700百万円=2207億円もすでに投資しているじゃあないですか。しかも、これは主要なものだけです。金型投資とか細かな生産設備投資とかといったものは含んでおりません。もちろん過去5年間を見ると、投資の浮き沈みはあります。しかし、今後5年間で1兆円の投資というのが、べらぼうに大きな金額とは思えないはずです。

トヨタ自動車が米国に提出しているレポートを見てみましょう。

http://www.toyota.co.jp/pages/contents/jpn/investors/library/sec/pdf/20-F_201603_final.pdf当PDFの「Capital Expenditures and Divestitures」ページ以降をご覧ください。主な投資だけでも、この3年間で、米国に向けたものは下記の通りです。

<2016年3月期 Form 20-F>

(表記は、投資先/投資金額の順)

  • Investment primarily to promote localization by Toyota Motor Manufacturing, Kentucky, Inc.→1154億円
  • Investment primarily to promote localization by Toyota Motor Manufacturing, Indiana, Inc.→658億円
  • Investment primarily in leased automobiles by Toyota Motor Credit Corporation→60,282億円
  • Investment primarily in manufacturing facilities by Toyota Motor Manufacturing, Kentucky, Inc. .→985億円
  • Investment primarily in office facilities by Toyota Motor North America, Inc.→521億円
  • Investment primarily in vehicles by Toyota Motor Sales, U.S.A., Inc. .→382億円
  • Investment primarily in manufacturing facilities by Toyota Motor Engineering & Manufacturing North America, Inc.→320億円

このうち、三番目のリース投資を除いても、4020億円ぶんもあるんですよね。繰り返しますが、これは主な投資だけを集計したものです。細々としたものは集計していません。

この金額から眺めてみると

この金額から見るに、トヨタ自動車がトランプ次期大統領のつぶやきに過剰反応して、投資を決めたかというと、ぜんぜん違うのではないか、と考えられます。この1兆円強というのは、突然「米国に多額投資を開始する」というよりも、「これまでのように、これからも投資する」と考えたほうがよさそうです。

流れている報道では、トランプ次期大統領が無双で恐ろしいと。トヨタ自動車までもが妥協したように受け取られています。ただ、そうではないんじゃないかと。むしろ、これはトヨタ自動車の狡猾さを見せられているんじゃないでしょうか。

もっとも、豊田章男さんからすると、当たり前のことをいっただけなのに、メディアが過剰反応したともいえます。「これまでどおり米国が重要なのは変わらない。直近でも主要な投資だけで2200億円は米国に費やした。それに、好調だから、米国には計画通り投資するよ」といっただけなのに、トランプ次期大統領のツイートもあったためか、まわりが騒いでしまっただけなのかもしれません。

しかし、それにしても、この発言によって、トランプ次期大統領が誤解して「おっ! そうか、トヨタ自動車への攻撃はやめよう」と考えてくれたらしめたものですね。その意味で豊田章男さんは策士なのかもしれません。いや、トランプ次期大統領はぜひこの発言を誤解してほしい。

私は豊田章男さんを支持します。トップといえども、政治家が一企業の経営を左右するのは賛成できないためです。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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