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落語好き女優のスランプ脱出。南沢奈央が寄席通いで見つけたものと立川談春の教え

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜

大の落語好きで知られる女優の南沢奈央が初のエッセイ集『今日も寄席に行きたくなって』を発売した。高校時代からの落語にまつわる様々な想いや自ら高座に立った経験まで、生き生きと綴られている。女優ならではの目線ものぞく中で、30代に入った自身の変化と合わせて聞いた。

『厩火事』のサゲは愛情表現に感じます

――『今日も寄席に行きたくなって』は2020年から2022年の雑誌連載から選りすぐったものですが、毎回ネタには困りませんでした?

南沢 締切ギリギリまで待っていただいたりはしましたけど、ネタに関しては全然困らなかったです。書きたいことはいっぱいあったので。落語は常に聞いていて、「最近この寄席に行きました」「あの噺が好きです」みたいなことをずっと書いていたら、あっという間に3年経っていた感じです。

――最初のほうの落語における“ラブ”の表現という話から、面白くて引き込まれました。あれは連載を始める前から考えていたことですか?

南沢 落語を聞いていて、ふと「ラブの表現っていろいろあるな」と思うことはよくあったので、文章にして自分の頭も整理しました。落語を知らない人も身近なところから入れるようにと、考えたこともあります。

――『厩火事』のサゲの「お前に怪我されてみろ。明日っから遊んでて酒が飲めねぇ」を、照れ隠しと取るのが新鮮でした。

南沢 お芝居をやっているからかもしれません。文字面を見たらサゲですけど、その裏に、本当は女房を好きなのにハッキリ言えない旦那さんが見えてきて。私の勝手な解釈ですけど、落語はやる人によっても見る人によっても、ひと言ひと言の捉え方が変わるんです。自由に想像できて、私はあれを“I love you”に感じました。

声を出して笑っていると元気が湧いてきて

――最近も寄席には通っているんですか?

南沢 月に1回くらい行っています。他にホールなどでやる企画にも月に1・2回くらい行っていて、家でも聞いています。

――本の中に、寄席と近くでの飲食をセットで楽しむ話もありました。

南沢 そういう楽しみもありますね。上野の鈴本演芸場に行くときは、街も好きなので上野公園とかを散歩しつつ、だいたい伊豆榮という老舗の鰻屋さんで食べたくなります。夏だと鰻が出てくる落語も多いので、食べずに行っても帰りに寄ることが多くて(笑)。あと、谷中銀座のミニ寄席に、根津のほうを散歩しながら行くと、おそば屋さんとか面白いお店があります。

――寄席は「居場所のひとつ」と書かれていますが、行くとどんな気分になりますか?

南沢 寄席にはみんな笑いに来ているので、それだけで明るくて幸せな空間ですよね。ピリピリしている人はいなくて、リラックスできて。家でテレビを観ているときほどダラダラもせず、あの空間で他のお客さんと一緒に、ただただ声を出して笑っているだけで、すごく元気が湧いてくる感じがします。本当にホッとするんですよね。

――特に行きたくなるタイミングはありますか?

南沢 自分の出演する作品が終わったり、区切りが付いたとき、気分転換になります。落語は別世界に連れていってくれるので、笑ってスッキリして切り替えたいとき、行きたくなります。

(C)新潮社
(C)新潮社

人見知りなのに落語だけは誘えます

――寄席には1人で行くことが多いんですか?

南沢 ほとんど1人です。でも、一緒に行ってくれる人がいるほうが楽しいだろうなと、家族を連れていったり、友だちや共演者でちょっとでも落語に興味ある人を誘ったりもします。私は人見知りなので、自分からプライベートで会おうとすることはないんですけど、落語だけは「今度行こうよ」と誘えて(笑)、オフに一緒に行ったことが結構あります。

――連載が今も続いていたら、どんなことを書きますか?

南沢 最近、初めてリレー落語というのを聞きました。『牡丹灯籠』という長い怪談を、2人の落語家さんが途中で交代して、3日間掛けて語り尽くして完成させていて。同じ噺の続きなのに、違う落語家さんになるとテイストがガラッと変わるんです。日本映画がフランス映画になるくらいの感じで面白かったので、何かの機会に書きたいと思っています。

――近年の落語界だと、春風亭一之輔さんが大人気ですね。

南沢 今回、帯を書いていただきました。『笑点』のレギュラーにもなられましたし、もともと実力が素晴らしくて。落語ファンでも落語を知らなかった人が聞いても面白いので、初めての方には一之輔さんをおすすめするかもしれませんね。

身長や歩幅までイメージしていると思います

――基本的には普通に落語を楽しまれているんでしょうけど、エッセイを読んでいると、女優目線が入ることもあるようですね。

南沢 話芸だけで聞く人にあれだけ想像をさせる表現って、すごいと思います。ちょっとした所作や声色、語りのテンポとか繊細な部分で感じ方が全然変わったり、お芝居に活かせる部分はたくさんあります。

――南沢さんが舞台『ハムレット』に出演された際、立川談春さんに「歩幅がオフィーリアじゃない」と指摘されたという逸話がありました。談春さんはドラマにも出演されていますが、落語家さんがそこを見ていたのが意外でした。

南沢 落語では歩かないのに(笑)。でも、たぶん落語家さんは普段から、頭の中で相当イメージを浮かべながら語られているんだと思います。噺に出てくる人はどのくらいの身長で、歩幅はこれくらいとか見えているんだなと、気づかされたひと言でした。

――役者さんとは違う発想ですか?

南沢 私はそこまで目が向いていませんでした。どうしても台詞の言い方や表情のことを考えてしまうので。近年多くやらせていただいている舞台だと、全身で表現しないといけないので、歩幅や指先でできることは確かにあると思います。

何が違うかわからず悩むことは実際にあります

――歌舞伎役者にまつわる『淀五郎』で、切腹の場面の芝居が下手で「本当に腹を切れ」と言われるくだりには、「気持ちが痛いほどよく分かる」と書かれていました。

南沢 『淀五郎』のように稽古で「違う」と言われて、どう違うかは指摘してくれない演出家さんもいます。そこは自分で考えないといけない。正解はないにしても、核心に近づくにはどうしたらいいのか。いろいろやってみても「違う」と言われ続けて、何が違うのか悩むことは結構あります。

――どんな作品でそういうことがありました?

南沢 それこそ『ハムレット』では、何をしても「他のパターンをやってみて」と言われることがありました。特に、オフィーリアがおかしくなってしまう場面は大変でしたね。1ヵ月以上稽古して、本番前に劇場での稽古に入ったらまた演出が変わって、定まらない。どうすればいいのかわからず、「自分の信じるままに思い切りやってしまえ!」となったら、結果コレというものが見つかりました。

――淀五郎が本当に舞台で腹を切ってやると考えたように?

南沢 それくらい「どうにでもなれ!」という。はっきり「こうして」と言われるほうが楽ですけど、自分でいろいろ考えたチャレンジが、『ハムレット』では結構ありました。

ようやくやりたいことがはっきりしました

――芸歴が同じ春風亭ぴっかり☆さんの15年での真打昇進に際し、「今わたしは女優としてどのあたりにいるのだろう」と自問された話もありますが、現在の南沢さんはデビュー18年目。改めて、どんな状況にいると認識されていますか?

南沢 ようやく好きなことができている感じがします。これまでいろいろな経験をさせてもらったことが土台になって、やりたいことがはっきりしてきました。今、すごく楽しいです。

――その「やりたいこと」が舞台ですか?

南沢 そうです。そもそも女優の仕事を始めたのは、黒木メイサさんの舞台を観たのがきっかけで、自分の初舞台から面白いと思っていたんです。でも、10年以上ずっと、映像を中心にやってきました。お芝居の基礎をしっかり固めたくなって、舞台が多くなったのがここ3~4年。それで、「やっぱりこれがやりたかったんだ」と見えてきました。

――舞台の魅力というと、お客さんの前で生でお芝居をすることですか?

南沢 観てくださる方に直接影響を与えられるものだと思っていました。あと、1ヵ月くらいしっかり準備して作り上げて、役について考える時間があるのも、私の性に合っていて。ドラマだと、監督やプロデューサーさんと話すときもありますけど、自分で役を作ることが多いんです。舞台は共同作業で、みんながそれぞれ作ってきた役を、稽古でバランスを見ながら組み立てていくのも面白いです。

現場で生まれたものが残るのが生々しくて

――では、今後も舞台を中心に女優活動をしていくんですか?

南沢 ただ、今年は『彼女たちの犯罪』などに出させていただいて、ドラマはドラマの面白さがあるなと思いました。共演者と現場でお芝居をぶつけ合って、そこで生まれたものが映像として残るという生々しさ。だから、舞台はもちろん、ドラマとか違う方向でのお芝居もやりたい気持ちでいます。

――余談ですが、『彼女たちの犯罪』で戸籍を売った相手の役だった前田敦子さんとは、10代の頃の『栞と紙魚子の怪奇事件簿』以来の共演でしたよね?

南沢 めちゃくちゃ久々に会いました。15年ぶりくらいです。

――どんな会話になりました?

南沢 「変わらないね」みたいな。あっちゃんはお母さんになって、子どもの写真を見せてもらって「かわいいよ」とか、話の内容は大人になりました。でも、テンションは全然昔のままだったので嬉しくて。お芝居もやりやすかったです。

――南沢さんも外見はあまり変わりませんよね。

南沢 自分では意識してませんけど、以前にご一緒した方と久しぶりに会ったりすると、確かに「変わってない」と言われます。好きなことをずっとしているからかもしれませんね。

20代半ばは何をしてもうまくいかなくて

――これまでに女優人生のピンチはありませんでした?

南沢 何度もやめようと思いました。高校や大学の卒業タイミングもそう。俳優業で壁にぶつかったというより、他にやりたい仕事があるんじゃないかというのが、心残りだったんです。

――南沢さんは芸能界以外でもやっていけるタイプですよね。

南沢 大学を卒業してからは「俳優としてやっていこう」と決意しましたけど、20代の中盤を越えたくらいに、何をやってもうまくいかない時期がありました。ありがたいことにお仕事はいただきながら、自分はそこに見合ってないように感じて。撮影で何度もNGを出したり、「何がいけないんだろう」とすごいスランプに陥っていたんです。同時に何本も抱えて忙しすぎたこともあったかもしれませんけど、当時は本当にやめようかと考えていました。

事務所から独立して舞台で鍛え直して

――でも、それは乗り越えたんですよね?

南沢 ここでやめられない、続けなきゃと、負けず嫌い精神があったので。その後、前の事務所を退所して独立して、「さらに責任を持って、ちゃんとやらないと絶対に続けられない」という意識も芽生えました。「うまくいかない」なんて言ってられない。それもあって、舞台で鍛え直したいと思ったんです。

――そしたら、うまくいくように?

南沢 舞台をやって30代に入ってから、うまくいくというか、肩の力を抜いて演じられるようになりました。今まで考えすぎだったのかもしれないと思えてきて。

――仕事以外でも、30代に入って変わったところはありますか?

南沢 20代は休みの日に、いろいろな人に会っていました。たぶん何かを吸収したかったんだと思います。友だちというより先輩や尊敬する方に、ごはんに連れていってもらったり。遊ぶというより学びたい。勉強しなきゃいけない、みたいな気持ちがありました。

――本当に真面目なんですね。

南沢 30代に入ってからは、1人の時間を持つようになりました。読書したり、趣味に当てたり。人と会うことは減ったので、良いのかどうかわかりませんけど、自分に向き合う時間が増えた気がします。

30代でどんどんアクティブに

――落語以外の新しい趣味もできたんですか?

南沢 山登りをしています。最近も三頭山に行ってきました。

――ハイキングのようなレベルでなく、本格的に?

南沢 本格寄りだと思います。日帰りできる山にも行きますけど、山小屋泊をすることもあります。そのときの体調や元気にもよりますね。

――30代で体力が落ちた感じはしませんか?

南沢 あまり感じません。むしろどんどんアクティブになっている気がします。一方で、文章を書くこともますます好きになりました。アクティブかつ内省的になっている感じです。

――「サンデー毎日」や本のサイトで書評の連載もされていますが、読書の好みには変化はありますか?

南沢 共感したいのか、女性が主人公か女性作家さんの作品を、つい手に取ることが増えました。今村夏子さんが大好きで、新作を出されるたびに全部読んでいて、毎回驚かされます。日常を描きつつ、ちょっと奇妙な世界になっていく感じで、こんな角度からものごとを見られるのかと思います。

高座に立ってから自分を客観的に見られて

――落語番組のMCもされていますが、今後も落語絡みの仕事は続けていくんですよね?

南沢 趣味が発端で、仕事に繋げたくて落語を聞いていたわけではないです。でも、こうして本も書かせていただきましたし、落語に興味がある人への架け橋になれたら。私が普及したいというのもおこがましいですけど、「落語ってこんなに面白いのに!」という気持ちはすごくあって。自分なりに噛み砕いて、まだ落語を知らない人に伝える番組とか、できたらいいなと思います。

――“南亭市にゃお”として、また自身が高座に上がろうとは?

南沢 今は考えていませんけど、またいつかチャレンジできたら、楽しいかもしれませんね。

――本には高座デビューの顛末も書かれていますが、立川談春さんに稽古をつけてもらったことも含め、その後の女優としての演技に影響はありました?

南沢 ガラッと変わりました。落語をやったおかげで、お芝居をしているときの自分を客観的に見られるようになって。前は台詞のやり取りをする相手ばかり見ていたのが、もっと使える空間がある、あっちにも人がいると、視野が広がってきました。

役として落語家になってみたい

――南沢さんが落語に興味を持つきっかけになった『しゃべれども しゃべれども』も映画化されていますが、そうした落語が題材の作品に出演するというのは?

南沢 あっ、いいですね。そういう関わり方はしたことがないので。最近、女流落語家が主人公の漫画や小説も増えているので、ぜひやってみたいです。

――そういう作品を読んではいるんですか?

南沢 読んでいます。『甘夏とオリオン』という小説は大阪が舞台で、上方落語の演目とうまく合わさって、ストーリーが流れていくんです。主人公の駆け出しの女流落語家の師匠が失踪して、「どうしよう?」となる弟子たちのお話で、すごく面白かったです。

――実写化されたら、南沢さんが主演するしかないじゃないですか(笑)。

南沢 確かに、役として落語家をやるのは面白そうですね。

――かつ、高座経験もあって、誰よりもうまく演じられるのでは?

南沢 落語のことを知っているアドバンテージはあるかもしれません。

――仕事以外でも、人生で挑戦したいことはありますか?

南沢 趣味レベルなら、たくさんあります。乗馬とかダイビングとか、いろいろ溜まっていて、どれもまだ手を付けられていません(笑)。やってみないと、本当に好きか向いているかもわかりませんけど、今、興味があることはやっぱりアクティブな方向ですね。

撮影/松下茜

Profile

南沢奈央(みなみさわ・なお)

1990年6月15日生まれ、埼玉県出身。

2006年ドラマ『恋する日曜日 ニュータイプ』で主演デビュー。主な出演作はドラマ・映画『赤い糸』、ドラマ『栞と紙魚子の怪奇事件簿』、『高校入試』、『お父さんは二度死ぬ』、『素敵な選TAXI』、映画『象の背中』、『咲-Saki-阿知賀編episode of side-A』、舞台『ハムレット』、『アーリントン』など。2024年に舞台『メディア/イアソン』(3月/世田谷パブリックシアター、4月/兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール)に主演。ラジオ『nippn ¡ hon-yomokka!』(TOKYO FM)でパーソナリティ。エッセイ集『今日も寄席に行きたくなって』が発売中。

『今日も寄席に行きたくなって』

南沢奈央/漫画 黒田硫黄 

発行:新潮社 1870円(税込)
発行:新潮社 1870円(税込)

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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