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貫地谷しほりの名女優へのプロセス。真面目すぎて「深く考えないで」と言われてからの転換

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜

小野武彦が81歳で初主演と話題の映画『シェアの法則』。シェアハウスを経営する老夫婦と様々な背景を持つ住人たちの物語の中、昼は事務、夜はキャバクラで働く役を貫地谷しほりが演じている。勤務先でトラブルを起こし、訳ありぶりがリアルだ。10代の頃から演技力に定評があり、20年に渡り活躍を続けているが、自身の中では方法論に変遷があったという。

マレーシアから帰ったら日本のほうが暑くて

――今年の夏はどう過ごしてました?

貫地谷 暑かったですねー。夏って、こんな暑いものでした(笑)? 私、マレーシアに3月、7月と行ったんです。3月のときは日本は寒かったから、やっぱりマレーシアは暑いなと思ったんですけど、7月は帰ってきたら、日本のほうが全然暑くて。

――日本も亜熱帯気候になったかのようで、マレーシアのスコールのようなゲリラ豪雨も増えました。

貫地谷 ありますよね。本当になぜなんだろう?

――そんな中で、貫地谷さんは8月に朗読音楽劇『銀河鉄道ノ夜』に出演されてましたが、夏バテはしませんでした?

貫地谷 そうですね。クーラーが生命維持装置と言われてましたけど、私もおかげで夜は快適に眠れました。

女優1本の自信はなかったけど退路を断ちました

――『シェアの法則』の久万真路監督とは、19歳のときにご出演の『探偵事務所5”』以来だったとか。あの作品は貫地谷さんにとって大きかったですか?

貫地谷 家族のようなスタッフさんとの出会いがありました。今回のエグゼクティブ・プロデューサーさんともご一緒していて、この前の還暦のお誕生日会でも、当時の方たちが集まりました。すごいご縁だと思います。

――あの映画では、貫地谷さんが行方不明だった友だちが見つかって抱きしめたとき、一瞬の泣き出しそうな表情がすごく切なくて、今でも印象に残っています。でも、当時の貫地谷さんは女優の道について悩んでいたとか。

貫地谷 ちょうど大学をやめるか、やめないか、いろいろな方に相談していました。「自分の夢がもう決まっているなら、やめていいと思う」と言う方もいれば、久万さんには「俺は女子大生の貫地谷が好きだな」と言われました(笑)。久万さんもお子さんがいらっしゃって、そういう言い方で「学業を続ければいい」と伝えてくれたのかなと。

――女優を続けるのは大前提だったんですね。

貫地谷 女優1本に絞る自信はなかったから、大学に入ったんですけど、退路を断つ形になりました。

もう気持ちが変わることはないだろうなと

――その頃は『スウィングガールズ』も公開されて評判になって、明るい未来が見えていたのでは?

貫地谷 ちょっとずつお仕事はありましたけど、オーディションで獲ってきていて、オファーを受けることはありませんでした。『探偵事務所5”』もオーディションで、林海象監督と顔合わせもして、探偵七つ道具というのを熱心に説明されたんです(笑)。これで落ちたらショックだなと思っていたら、カメラマンさんが『スウィングガールズ』の方で、「貫地谷さんがやるなら」という鶴のひと声で受かったと後から聞きました。

――やっぱり当時からそれだけ買われていたんですね。先行きに不安があったのは、朝ドラ『ちりとてちん』のヒロインに決まる前までですか?

貫地谷 朝ドラが決まる半年くらい前に、大学をやめていました。もちろん朝ドラが決まるとは思っていませんし、オーディションもまだ受けてなかったのかな。でも、もう気持ちが変わることはないだろうなと。

――女優として自信が付いたから?

貫地谷 自信というより、大学の朝の1限には起きられないのに、朝イチの早い撮影には起きて行けていたので。必修科目があって、マネージャーがスケジュールを調整してくれてましたけど、時間的に参加できない作品も出てくる。今しかできない役をやりたくて、こちらの道を選びました。

――正解でしたね。

貫地谷 どうですかね。大学で学んでいたら、もしかすると、すごい人になっていたかもしれませんから(笑)。

人を信じないで壁がある感じを意識しました

――『シェアの法則』の高柳美穂はキャバクラ嬢の役と聞いて、オッと思いましたが、お店でのシーンはありませんでした(笑)。

貫地谷 そうですね。出勤前の服はボディラインが出るとか、メイクがちょっと濃いとか、そういう役作りはしました。

――朝の気だるさとか、やさぐれた感じも意識しました?

貫地谷 意識したのは、シェアハウスの人たちと打ち解ける前の、人を信じない、壁が1枚ある感じですね。私は朝は気だるかったら起きてもこないので(笑)、起きてまた仕事に行くのは偉いなと思っていました。

――実際の生活にある朝の光景ではないと。

貫地谷 昔はあったかな。二日酔いで(笑)。20代のお酒を飲み始めた頃は、楽しくてそういうこともありました。だけど、当時はそれでも元気でしたね。美穂さんは昼間に事務の仕事をして、夜もキャバクラで働くわけですから、物理的に疲れますよね。

――でも、シェアハウスにキャバクラの客でもある清掃業者の野沢さんが来ると、急に「野沢っち、イエーイ!」とハイテンションになったり。

貫地谷 営業モードに入るという(笑)。あれも自分の素を見せないという意味では、壁が1枚あって。

――ああいう切り替えも自然に?

貫地谷 人間いつも絶好調ではないし、私も全然元気がないときもありますけど、仕事に行ったら笑顔でいようとなります。それは誰でもやることかと思います。

だるーんとするのは得意かもしれません(笑)

――美穂はキャバクラでは22歳で通していて、そう見えるようにも気をつかいました?

貫地谷 取材で絶対その22歳のことを聞かれますけど(笑)、そこら辺はあまり意識しませんでした。22歳に見えなかったとしても面白いし、ただのノリですね(笑)。出勤前のシーン以外はほぼメイクもしていません。

――随所で疲れ切った顔をしているのは、リアルでした。

貫地谷 そう見えていたら良かったです。実際の私は元気いっぱいだったので(笑)。でも、「気だるさが良かった」と誉められることは結構あります。昔、『パレード』という映画でだるーんとしていたときもそうでしたし、得意なのかもしれません(笑)。

――映画の舞台となった雑司ヶ谷近辺に、馴染みはありました?

貫地谷 下町な感じで、自分の地元と似ていました。都電(荒川線)などにも懐かしさがあって。

――実際に行ってた場所ではないけど、親近感があったと。

貫地谷 そうですね。お祓いをした神社も、地元に似た場所があるなと思ったり。まあ、神社はどこでも似ていますかね(笑)。

ニュースで心を痛めて何が最善か考えて

――シェアハウスの住人は、外国人労働者、ひきこもり、震災の心の傷など、それぞれに事情を抱えています。普段、身近にはない問題ですか?

貫地谷 ニュースで観るたびに心を痛めています。女性の貧困の映画をやったことがありますし、知人の舞台で入国管理局の話もやっていたので、そうしたことに関心はあります。当事者の方の状況が良くなったらいいなとか、何が最善だろうかとか、考えたりはしています。

――劇中で野沢さんが発した「女性は30歳がボーダーライン」的な言葉を、向けられたことはありますか?

貫地谷 ありました。27歳くらいの頃、年齢を聞かれて答えたら「ピークは過ぎたね」みたいに言われて。そのときは笑い話のような感じで、私もまだ自分が当たり前に若いつもりでいたから、冗談と受け取って失礼だとは思いませんでした。でも、自分でもちょっと老いを感じてから言われたら、カチンとくるでしょうね。

――特に女性に対して、若さに価値を求める風潮は感じますか?

貫地谷 まだまだありますよね。それを「いい加減にして!」とは思いませんけど、逆に男性がすごく年上の女性と熱愛中と聞くと、きっと見る目があるんだなと。好感度が爆上がりして、勝手に肩入れしてしまいます(笑)。

いつの間にか年下の方が増えていて

――今回も演技的には、そんなに悩むことはありませんでした?

貫地谷 台本に文字で書いてあることを実際に演じると、頭で思い描いていたのと違うときはあります。「これは物理的に難しくない?」ということがあったりもしますけど、今回は大先輩の方たちがいらして、小野さんが全部解決してくださったり。すごくありがたかったです。

――先輩に言われて腑に落ちたこともありました?

貫地谷 1人で台本を読んでいると「こうかな?」と固まってきちゃうんですけど、ひと言の台詞でも「ここはまだ決心ができてないと思う」と言われると、「なるほど」と思ったり。そこで納得できるのは、自分にも今までの経験があるからだろうなという気はします。

――貫地谷さんも最近では、現場で年上組のことが多いんですよね。

貫地谷 昔はみんな自分より年上の方で当たり前だったのに、いつの間にか年下のスタッフさんも多くなっていて。今回は大先輩の方たちがいたので心強かったです。

――さらに学ぶこともありました?

貫地谷 やっぱり柔軟なんですよ。「だったら、こうしよう」という切り替えが早くて。私が「どうしよう?」と思っても、先輩たちが動きをああしよう、こうしようと組み立ててくださったり。年齢を重ねると知恵が増えて、機転が利くようになっていくんだと感じました。

人間は自分でも考えてないことをするので

――貫地谷さんは基本、事前にあれこれ考えるより、現場で生まれるものを大事にされているんですよね?

貫地谷 ものによりますね。(知的障害者の役を演じた)『くちづけ』のときはホームに行って、どういう人たちがいて、どんな環境なのか、見させていただいたりはしました。今回は特殊な役ではなかったので、聞けるものは聞いておきつつ、キャバクラに体験入店とかはしなかったです。

――女優さんにお話を聞くと、新人時代は事前の役作りに力を入れていたのが、キャリアを重ねるごとに、現場での感覚を重視するようになったという方が多い印象があります。でも、貫地谷さんの事務所の後輩の小島藤子さんは、最初から「現場でスッと役に入っていた」と。なぜかというと「デビュー作でご一緒した先輩の貫地谷しほりさんがすごく切り替えの早い方で、それが普通かと思っていた」とのことでした。

貫地谷 そんなこと言ってました(笑)? でも、私も頭でっかちに「こうしたい」という時期はありました。あるドラマで、監督に「ここはどう考えてもわかりません。辻つまが合わないと思うんです」と言いに行ったら、「これはね、台本の最初に書いた通り、深く考えないで」と言われたんです(笑)。

――貫地谷さんが生真面目すぎたんですかね。

貫地谷 「考えすぎるな」と言われることは多かったです。そう言われても、考えてしまうわけですよ(笑)。お芝居って、ウソの世界の中で本当の感情を動員して、自分の中では現実かのようにやるわけですから。それがうまくいかなければという想いがあったので、ちょっと面倒くさがられたりはしました(笑)。

――とことん役を追求しようとして?

貫地谷 そうですね。でも、だんだんわかったのが、「こうでないといけない」と思っているから引っ掛かるけど、人間って自分でも考えていないことをするよなと。後から「何であんなことをしたんだろう?」と思うような行動を取る。それでいろいろ腑に落ちて、お芝居の選択肢が広がりました。

吹き替えは自分と違う芝居への共感力で

――最近のお仕事だと、フランスのテレビドラマ『アストリッドとラファエル』シリーズで、主人公のアストリッドの吹き替えを担当されています。声優業で道が広がった感じですか?

貫地谷 チャンスがあればやりたいと思っていて、『アストリッド~』の前にもNHKで『ビクトリアス』という吹き替えのドラマをやらせていただいたんです。結構空いてから、またお話をいただきました。もう「やりたい! 嬉しい!」とふたつ返事でしたね。

――今年の声優アワードでは外国映画・ドラマ賞を受賞しました。

貫地谷 そうなんです。もう棚からぼた餅、みたいな(笑)。

――吹き替えは普段のお芝居の延長ですか? 別ものですか?

貫地谷 もともとの映像があるので、どれだけ気持ちをリンクさせて自分の声を出すか。どちらかというと共感能力みたいなものが要るので、役者の演技とはちょっと違うかもしれません。

――吹き替えは塗り絵、という声優さんもいました。

貫地谷 なるほど。やっぱり自分とは全然違うお芝居で、私だったらもっと大きく演じているなと思いながら、アストリッドをやっています。自分では「こんな微妙な差でいいんだ」というところでOKが出るので、表現としてはすごく繊細。でも、共感は持っています。

シレッと歌デビューのつもりが12曲もあって

――『銀河鉄道ノ夜』では、生の舞台で歌ったんですよね。

貫地谷 3日間の公演と聞いて、シレッと歌でデビューする目論見だったんですけど、蓋を開けたら12曲もあって(笑)。オリジナル曲が多くて、「こんなに?」と思いながら、歌うには技術が必要なこともわかりました。カラオケとは全然違っていて。

――カラオケでは歌っていたんですか。

貫地谷 はい。カラオケは好きで、家でも歌っています。ポップ・イン・アラジンという照明と一体になっているプロジェクターのマイクが期間限定で出たとき、速攻で買いました(笑)。

――どんな曲を歌うんですか?

貫地谷 最近の曲もナツメロも歌いますけど、オハコというと森高千里さん。『渡良瀬橋』とかですかね。

生活の中でも「すごく」を目指します

――前回の取材で「生活の充実が役に返ってくる」というお話がありました。この秋の生活も充実しそうですか?

貫地谷 コロナ禍もだいぶ落ち着いてきて、旅行にも行けるようになったので、いろいろ出掛けたいなと思っています。

――マレーシアの次はどこに?

貫地谷 ヨーロッパにも行きたいですね。前にパリには行きました。あと、高校の同級生だった友だちが、モロッコで宿を始めたんです。それは行きたいなと。友だちはずっと住んでいるので、コアなところにも連れて行ってもらえるかなと思って。新しい文化に触れてきたいです。

――それがいつか仕事にも活きると。

貫地谷 今は役に立つとか考えずに楽しみたいです。ただ生活しているだけでは、役に返ってこない気がしていて。「すごく楽しかった」でも「すごく苦しかった」でもいいんですけど、「すごく」を目指したいなと思っています。

撮影/松下茜

Profile

貫地谷しほり(かんじや・しほり)

1985年12月12日生まれ、東京都出身。

2002年に映画デビュー。2007年に連続テレビ小説『ちりとてちん』で初主演。主な出演作は映画『スウィングガールズ』、『くちづけ』、『夕陽のあと』、『オレンジ・ランプ』、ドラマ『あんどーなつ』、『ディア・ペイシャント~絆のカルテ~』、『顔だけ先生』、『大奥』、舞台『ハムレット』、『頭痛肩こり樋口一葉』、海外ドラマ『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』シリーズ(吹き替え)など。映画『シェアの法則』が10月14日より公開。

『シェアの法則』

監督/久万真路 脚本/岩瀬顕子

出演/小野武彦、貫地谷しほり、浅香航大、岩瀬顕子、鷲尾真知子、宮崎美子

10月14日より新宿K’s cinema、10月21日より横浜シネマ・ジャック&ベティほか全国順次ロードショー

公式HP

東京の一軒家で暮らす春山夫妻が自宅を改装したシェアハウスには、年齢も職業も国籍もバラバラな面々が共同生活を営んでいる。管理人である妻の喜代子(宮崎美子)は住人たちの母親のような存在だが、事故で入院。夫の秀夫(小野武彦)がしばらく代わりを務めることになるが、人づき合いが嫌いで打ち解けようとしない。そんな中、キャバクラで働く美穂(貫地谷しほり)が勤務先でトラブルを起こしたと呼び出されて……。

(C)2022ジャパンコンシェルジュ
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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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