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映画『ミステリと言う勿れ』でヒロインの原菜乃華。躍進の原動力は「選ばれない恐怖がずっとあるから」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/河野英喜 ヘア&メイク/馬場麻子 スタイリング/山田安莉沙

菅田将暉が演じる天然パーマの大学生・久能整が、おしゃべりだけで人の悩みも事件の謎も解きほぐし、話題を呼んだドラマ『ミステリと言う勿れ』。原作で人気の通称“広島編”が映画化された。名家の遺産相続候補の1人の女子高生役が原菜乃華。昨年大ヒットしたアニメ映画『すずめの戸締まり』の声優から、「丸亀シェイクうどん」のCMも大量に流れ、今回は整を巻き込むヒロイン。躍進が続く原動力は?

自分と似てなくても演じたい気持ちは強くて

――この『ミステリと言う勿れ』の狩集汐路役のために、長かった髪を30cm切ったんですよね。自分に似合うとも思いました?

 私は黒髪ロングがすごく好きなんですけど、周りに聞くと、みんな「ボブのほうが似合ってる」と言います(笑)。人の言うことは聞いておくべきだと思っているので、これからもボブのままでいいかなという気持ちです。

――キャラクター的にも汐路役にハマりそうな感じはしました?

 オーディションの時点では髪は長くて、たぶん切れば、より幼く見えるだろうなとは思いました。原作を読むと、汐路に自分と似ている部分はないですけど、とにかくやりたい気持ちは強かったです。ドラマを1ファンとして観ていて、皆さんのお芝居が本当に素敵で。自分もこの作品に出られるくらいの役者になることが、ひとつの目標になっていたんです。

――そこまででしたか。

 映画のオーディションがあると聞いて、絶対に受かりたかったし、落ちたら半年はヘコむなと(笑)。自分の精神衛生的にも、受からなければと思っていました。

受かってから大変なことになったなと

――でも、汐路と似ているところはないと思ったんですか?

 あまりないですかね。整くんを振り回す役どころで、勢いがあって。自分にない要素が多い役でした。

――オーディションでは、どんなシーンをやったんですか?

 冒頭の整くんに「バイトしませんか?」と持ち掛けるシーンと、植木鉢が自分を狙ったように落ちてきたあと、何を思って整くんを家に連れてきたのか話すシーンのふたつです。

――手応えはありました?

 すごく緊張していて、手応えはちょっとわからなくて。自分のできることはやれたかな……というくらいの感覚でした。

――結果、見事に汐路役に選ばれました。

 メンタルが落ちずに済んだかと思いきや(笑)、むしろ大変なことになったと責任の大きさを感じました。

自分が何をしたいかわからないのが難しくて

――演じるうえでは難しい役だったわけですか。

 個人的には、今までやってきた中で一番難しい役だなと思いました。汐路には自分で自分が何をしたいのかわからないまま、動いてしまう幼さがあって。自分の本当の気持ちに気づいているのか、気づかないふりをしているのかもわからない瞬間がありました。そういう心情のあいまいさをどう表現したらいいのか。

――確かに、汐路は強引なところも素直なところも見せていて。

 すごく子どもらしく笑うシーンもあれば、抱えてる闇が垣間見えるシーンもある。「こういう子だな」という枠にハメられない役でした。果たして私がちゃんと汐路に見えているのか、撮影中も終わってからも、ずっと不安でした。

――撮影前に準備でしたこともありました?

 闇がある子なので、小さい頃にどういう言葉に傷ついたのか。死んだお父さんのことをどう好きだったのか。一族の人たちそれぞれとどんな距離感なのか。そういうことをいろいろ考えました。小さい頃の記憶が重要になる役どころで、汐路の記憶の解析度を上げる作業として、原作を読みながら「こういうふうに思っていたんじゃないか」とか補って、台本に書いたり。

――それは他の役でもやることではあって?

 でも、今回は他の役よりもやっていました。わからないことがわかるまで、とりあえず書き出してみようと。

幼さと強引さをどうしたら表現できるか

――撮影のどこかの段階で、掴めた感覚もありませんでした?

 やればやるほど、よくわからなくなっていく感覚もありました。撮影の序盤で、監督に「汐路に見えている自信がないです」とお話ししたんです。監督は汐路の少女らしさを大切にしたいとおっしゃっていて、幼さと強引さがどうしたら見えるのか、アドバイスをいただきました。根本的なことより、この台詞は語尾を強く言ったほうがいいとか、要所で細かいことが多かったです。

――試写を拝見すると、原作の汐路っぽさはありつつ、菜乃華さんならではの味も出ていたように感じました。

 撮影期間中はとにかく必死で、あまり記憶がないんです。切羽詰まっていたんでしょうね(笑)。好きな作品ですし、現場はすごく温かくて楽しかったんです。でも、大事な役だから、自分で自分を過度に追い込む悪いクセが出てしまって。

――ごはんが食べられなくなったり?

 そんなことはなくて、ごはんは普通に食べてました(笑)。

――劇中で、汐路が「絵が下手で才能がないと思って描くのをやめた」という話をしたとき、整が「目が肥えてきたから下手だとわかる。下手だと思ったときこそ伸びどき」と言ってましたよね。菜乃華さんが汐路役を難しく感じたのも、そういうようなことだったのでは?

 ああ……。そうだったのなら良かったなと、今初めて思いました(笑)。

できないのが悔しくて初めて現場で泣いてしまって

――予告にも出ている、整と洗濯物を引っ張り合うシーンは、楽しくできました?

 楽しかったです。あのシーンもあまり覚えてはいないんですけど(笑)、何度かテストをして「もっと思い切り」と言われて。本番で一番いい感じで引っ張れたと思います。

――川に落ちて戻ってきた整に「ざまぁ!」と悪態をつくのも面白かったです。

 あそこも監督に「もっとやって」と言ってもらって、ああなりました。私は普段、あんなことは言いません(笑)。自分で観ていて「汐路ちゃんっぽいかも」と思えたシーンです。

――泣くシーンはいつもながら、涙がきれいに流れていました。

 感情がすごく溢れてしまったんです。後半の重要なシーンで、ドライで抑えられずに涙が出て、本番では逆に何の感情も湧いてこなくなって。何度やっても納得がいきませんでした。申し訳なくて悔しくて、初めて現場でトイレに駆け込んで泣いてしまいました。戻ったら音声さんに心配されて、マイクが入ったままだったと気づくということがありました(笑)。それで、監督に「チャンスがあれば、もう1回やらせてください」とお願いしたんです。

――OKは出ていたんですね。

 でも、たぶん皆さんも納得いってなかったと思います。他のキャストさんのスケジュールもあったはずですけど、菅田さんも「これがトラウマになってしまったら良くないから、やりましょう」と言ってくださって。後日もう一度、やり直す時間を作っていただいて、それが本編で使われています。

――そのときは自分でも納得のいく演技に?

 それはよくわかりません。とにかく「ここでやらねば」という気持ちが強くて、冷静に分析はできなかったです。

自分にプレッシャーを与えないとできません

――そういうシーンを撮る前は、かなり集中するんですか?

 集中もしますし、監督がお父さんとの回想シーンを見せてくださったり、テストからカメラを回していただいたり。現場で皆さんに支えられて、何とか汐路を演じることができて、感謝しきれません。

――昔はプロフィールの特技にも「泣く演技」とありました。

 得意という認識はなかったです。特技と書いていたら、そういうお仕事が来やすいと思っていただけです(笑)。

――とはいえ、『罪の声』など菜乃華さんの涙のシーンで胸を打たれたことは多くて。昔とは臨み方が変わってもいますか?

 変わってないです。自分にプレッシャーを与えて、「ここで泣けなければ切腹!」くらいの勢いで(笑)、毎回撮っています。そうしないと、できないので。

――普段は泣くことはありますか?

 意外とないかもしれません。1人ではよく泣きますけど、嬉し泣きならともかく、ネガティブな涙は人に見せたくなくて。

遺産があったらマッサージチェアーを買います(笑)

――この映画で「極寒の撮影」とのコメントもありました。どの辺のシーンが特に寒かったですか?

 12月から2月にかけて撮ったので、とにかく寒くて。狩集家のみんなが揃って正座で遺言書を聞くシーンも、外は吹雪いていました(笑)。しかも、重要文化財みたいな建物で暖房が効かないので、スタッフさんにカイロをたくさん貼っていただいて。カットが掛かった瞬間、レッグウォーマーに毛布とダウンで暖めて、何とか乗り切りました(笑)。寒すぎると、台詞を言うときに舌が回らなくなるのが大変です。

――狩集家のような大きな豪邸と県立公園ばりの敷地に住みたいとは思いますか?

 落ち着かないので、私はいいです(笑)。

――敷地の中の坂を上るシーンも大変そうでした。

 大変でした(笑)。何テイクか撮りましたけど、汐路は整くんより元気に上っていかないといけなくて。「もうちょっと頑張って」と言われながら、腕を一生懸命振って、できる限りのダッシュをしました(笑)。

――もし莫大な遺産を自分が相続できたら、どう使いたいですか?

 何だろう? 人並みに物欲はあって……。マッサージチェアーが欲しいです!

――それは莫大な遺産はなくても買えると思いますが(笑)。

 今、肩凝りがひどくて。整体に通って良くなってきましたけど、家にいるのが好きなので、おうち時間を充実させるグッズで溢れさせたいです。良いマッサージチェアーは欠かせません(笑)。

負けず嫌いだとは思っていません

――整の台詞に「子どもは乾く前のセメント。落としたものの形がそのまま残る」というのがありました。菜乃華さんはそういうふうに、子どもの頃に植え付けられたようなものはありますか?

 私は小さい頃から、このお仕事をやらせてもらっていて、オーディションをたくさん受けて、たくさん落ちているんですね。選ばれない恐怖みたいなものは、今も現在進行形でずっとあります。頑張るのを「負けず嫌いなんだね」と言われますけど、自分では全然そう思っていなくて。誰かに負けたくないというより、受からないことが怖い。この先どうなるのか……という。そういうネガティブな感情が良くも悪くも、私の小さい頃からの原動力になっている気がします。

――近年だと今回の『ミステリと言う勿れ』も『すずめの戸締まり』も、オーディションでたったひとつの大役を勝ち取っています。

 落ちたオーディションも全然あります。ただ、オファーでお話をいただくこともあって、昔だったら考えられません。つい「私なんかでいいのかな?」と思ってしまいますけど、声を掛けていただいたなら落胆されないように、いっそう頑張りたい気持ちになります。

――『ナンバMG5』や『波よ聞いてくれ』のようなコメディで声が掛かっているんですよね。

 昔は感情を爆発させる役でオーディションに受かることが多くて、自分はそっちが得意なんだろうなと何となく思っていたんです。それが最近、コメディで「いいよね」と誉めてもらうことが増えてきて。自分ではわからなかったことが武器かもしれないと学んで、磨けるところは磨きたいと思いました。

高校を卒業して退路を断って覚悟はできたかなと

――映画が公開される前に、菜乃華さんは20歳になっています。『波よ聞いてくれ』の頃は「実感ない」とのことでした。

 だいぶ近づいてきても、実感なかったですね。ついこの間、高校を卒業したくらいの感覚なので。20歳になるのが楽しみではなかったです(笑)。10代が終わってしまうな……という。

――10代最後の夏の思い出作りもしたり?

 少しゆっくりできる期間だったので、計画はいろいろ立てました。普段なかなか予定が合わない友だちと会おうとか。私は月に一回、友だちと会うか会わないかなので、信じられないくらいアクティブになっています(笑)。

――子役出身だと、親戚以外にも「大きくなったね」とか言われがち?

 私は小さい頃、たいして出てなかったので(笑)。ここ数年いろいろな役をやらせていただいて、髪も切ったから、逆に「幼くなったね」と言われることもあります(笑)。でも、何だかんだ、表情や顔つきはここ数年で変わったと思います。

――見た目以外でも、大人になりました?

 そんなに変わってないと思いますけど、高校を卒業して、大学に進学せず退路を断って、お仕事1本で行くと決めたので。覚悟はできたかなと自分では思っています。

闇が深い役から明るい役が増えてきました

――昔と変わってないのは、どんなところですか?

 変わってないところばかりですね(笑)。先ほどお話ししたように、悪いほうに考えてしまうクセはずっとあって。その分しっかり準備しなければと、良い焦りになっている気はします。

――個人的には菜乃華さんを取材させていただくのは、おはガールだった中1の頃からで。そういう場での印象だと、純粋さが変わってない感じがします。

 本当ですか? その頃と比べたら、ちょっと落ち着いたかもしれません(笑)。

――演技の準備ですることは変わりました? いつも念入りな役作りをしてきたそうですが。

 やることは同じ気がしますけど、演じる役がちょっとずつ変わってきています。前は何かを抱えていたり闇が深い役が多かったのが、最近は年相応に明るくフレッシュな役が増えてきました。改めて意外とやってなかったんだと思って、楽しいです。

ポジティブでもネガティブでも行動に結び付けば

――重ねてきた努力が実ってきてもいるのでは?

 努力というか、「私は頑張ってもダメだから」みたいな考えがどこかにあったのが、「それじゃダメだよ」と周りが気づかせてくれました。2番でいい、ではなく、1番を獲りにいく。現状維持とか甘ったれたことを言っていたら、どんどん呼ばれなくなる。そういう意識改革が大きかったと思います。

――大きい役も増えて、自信も付いてきてますよね?

 いえ、どんどん怖くなっています(笑)。自信なんてものは、正直まったくなくて。今回の試写もまだ1回しか観てなくて、不安ですし……。

――それこそ、さっき出た「目が肥えただけに」ということかも。

 そうなのかもしれません。でも、結果的に自己満足することなく、頑張れたらいいのかなと。ポジティブでもネガティブでも、行動に結び付けば大丈夫。ダメなところがあれば軌道修正してくださる方が、ありがたいことに周りにいっぱいいるので。

整体で肩が軽くなると幸福度が違います(笑)

――1回観た『ミステリと言う勿れ』の試写では、どんなことを感じました?

 ボロボロかもしれないと思っていたので、「今のは汐路っぽいかも」という瞬間があって、正直ホッとしました。公開が楽しみになりました。

――もともと作品のファンだったという意味では、整と自分が絡んでいるのも感動でしたか?

 それもありますし、皆さんのお芝居を間近で勉強できたことへの感謝が一番大きくて。愛のある現場に入れて、すごく幸せな時間でした。

――仕事は好調の菜乃華さん、プライベートでも良いことはありました?

 初めて行った整体で、肩が見違えるように軽くなって、それだけで日々の幸福度が違います(笑)。

――激しい整体なんですか?

 痛くも何ともなくて、もっと早く行っておけば良かったです。整体が趣味という芸能人の方は多い印象があって、皆さんが行かれる理由がわかったというか。

――そもそも、19歳でそんなに肩が凝っていたんですか(笑)?

 おかしいですよね(笑)。やっぱり体のメンテナンスは大事。これからも整体にサボらず通って、姿勢が良くないのも気をつけたいです(笑)。

撮影/河野英喜

Profile

原菜乃華(はら・なのか)

2003年8月26日生まれ、東京都出身。

2009年に子役としてデビューし、映画『地獄でなぜ悪い』やドラマ『朝が来る』で注目される。主な出演作はドラマ『ナイト・ドクター』、『真犯人フラグ』、『ナンバMG5』、『波よ聞いてくれ』、映画『3月のライオン』、『はらはらなのか。』、『罪の声』、『胸が鳴るのは君のせい』、アニメ映画『すずめの戸締まり』(声優)など。ドラマ『どうする家康』(NHK)に出演中。「丸亀シェイクうどん」CMが放送中。9月15日公開の映画『ミステリと言う勿れ』に出演。9月30日、10月7日に放送のドラマ『こむぎの満腹記』(テレビ東京系)に主演。1st写真集『はなのいろ』が10月30日に発売。

『ミステリと言う勿れ』

原作/田村由美 監督/松山博昭 脚本/相沢友子

出演/菅田将暉、松下洸平、町田啓太、原菜乃華、萩原利久、柴咲コウほか

9月15日より全国東宝系にて公開

公式HP

(c)田村由美/小学館 (c)2023 フジテレビジョン 小学館 TopCoat 東宝 FNS27社
(c)田村由美/小学館 (c)2023 フジテレビジョン 小学館 TopCoat 東宝 FNS27社

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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