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『どうする家康』で本多忠勝の娘・稲役の鳴海唯。1st写真集では「恥ずかしいほどの素を出しました」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)川島小鳥/玄光社

『どうする家康』で本多忠勝の娘の稲を演じる鳴海唯。朝ドラ『なつぞら』でドラマデビューして、大河ドラマには初出演となる。初の写真集『Sugarless』も発売中。水着やランジェリーに初挑戦しつつ、無防備な素の表情も満載で話題を呼んでいる。転機となりそうな作品が続く中で、25歳の心境を語ってもらった。

憧れはあっても現実にならないと思っていて

――写真集を出すのは「夢だった」とのことですが、いつ頃からの夢だったんですか?

鳴海 女優さんの写真集を見るのが好きだったので、仕事を始めた20歳の頃から憧れはありました。現実にはならないと思っていましたけど。

――鳴海さんは私服での取材にラフなGパンでいらっしゃる印象があって、グラビア的なものにはあまり興味ないのかと思っていました。

鳴海 確かに水着やランジェリーで自分をさらけ出して写るのは恥ずかしいですし、「私がやっていいのかな?」というところはありました。でも、声を掛けていただいたなら喜んでもらえるものにしようと、気持ちを変換しました。

――自分で見ていた写真集というのは、ファンだった広瀬すずさんのものとか?

鳴海 広瀬さんもそうですし、小松菜奈さん、広末涼子さん、上戸彩さん……。あと、宮沢りえさんの写真集も見てました。

――宮沢りえさんの写真集というと、鳴海さんが生まれる前に出ていますよね?

鳴海 社会現象になったと聞いて、すごく興味があって。ウェブの電子書籍で見たりしていました。

(C)川島小鳥/玄光社
(C)川島小鳥/玄光社

80~90年代のノスタルジックな雰囲気を

――自分が写真集を出すなら、どういうものにしたいか、イメージもありました?

鳴海 お芝居をしているときとは違う、ナチュラルな一面を見られるのが写真集の魅力だと、見る側としては思っていたので。もし自分が出させてもらえるなら、普段は見せない素の部分を収められたらという想いで、撮影に臨みました。

――先ほど挙げられた広末涼子さんや上戸彩さんの写真集から、参考にしたことも?

鳴海 私は80年代、90年代の洋服が好きなんです。デニムにタンクトップとかボーダーの水着とか、昭和から平成初期のレトロな服は参考にしました。

――衣装選びにも自ら携わったんですか?

鳴海 スタイリストさんがずっとお世話になっている方で、自分の好みを投影した服をたくさん持ってきてくださって、その中から「これがいい」と意見させていただきました。駄菓子屋さんで撮ったカットは、スタイリストさんが着ていた服をカメラマンの(川島)小鳥さんが「そっちのほうがかわいくない?」と、私の衣装と急きょ交換したんです。結構こだわったので、ノスタルジックな感じを楽しんでもらえたらいいなと思います。

大好きなホットスナックを数ヵ月控えて

――水着やランジェリーは初めてだったんですよね。

鳴海 緊張しましたけど、こんな機会はこの先ないかもしれませんから。撮影までに体作りを頑張りました。週2回ピラティスに通って、筋トレは毎日して。大変でしたけど、体がみるみる変わっていくのがわかりました。

――どんな筋トレをしたんですか?

鳴海 腹筋やスクワットに、普通に歩いたり。脚、腕、背中とか部位に分けて、トレーニングをしていた感じです。目指したのはムキムキではなく、インナーマッスルが付いた女性らしい体でした。腹筋にうっすら線が入るとか、二の腕をキュッと引き締めることを目標にしたので、ピラティスをやって正解でした。

――食事にも気を配りました?

鳴海 私はごはんを我慢すると顔がコケるんです。ストレスで逆に太ったり。だから、いつも通りに食べて運動を増やしました。ただ、大好きなコンビニのホットスナックは数ヵ月控えました。アメリカンドッグ、肉まん、チキンとか、レジ横の一連のコーナーから、仕事終わりにつまんでしまいがちなんです(笑)。

おでんの屋台で撮影できて良かったです

――写真集の中では、食べたり飲んだりしているカットが多いですね。

鳴海 撮影当日はめちゃくちゃ食べています(笑)。ごはんを食べると、すぐお腹がポッコリになってしまうので、水着やランジェリーの撮影のときは苦労しました。その日は朝ごはんも控えて、撮影が終わってから食べました。

――屋台でビールを飲みながら、おでんを食べている写真もあります。普段もある光景ですか?

鳴海 屋台は大好きです。東京ではあまりないので、地方でお仕事をさせてもらったら行きますね。おでんだと牛すじ、大根、卵が好きで(笑)。今回の写真集で、有名な福岡の屋台で食べる経験ができたのは、すごく良かったです。駄菓子屋さんも大好きだし、鳴海の休日を見ている気持ちになっていただけたら。

――福岡と長崎で撮影したのも、鳴海さんの希望だったんですか?

鳴海 「九州に行きたいです」とお話ししました。いろいろな地方に行っているわりに、意外と九州は一度もなかったので、わがままを言わせてもらいました。福岡は絶対行きたい。長崎は行きたい場所をいくつか挙げたら、映えるスポットが多くて。結果的にその二県になった感じです。行ってみたら、ごはんもおいしくて、良い旅になりました(笑)。

――どんなものがおいしかったですか?

鳴海 撮影が4日の中で、お刺身定食を2回食べました。九州の甘いしょうゆに衝撃を受けて、ハマってしまって。帰ってからもネットや売っているスーパーで買っています。九州でビックリしたのは、どこでもごはんがおいしいんです。東京だと食べログとかで調べてからでないと不安ですけど、九州ではフラッと入ったごはん屋さんが全部当たり。撮影でも裏でも楽しませてもりました(笑)。

駄菓子を買いまくって家で食べるのが至福(笑)

――表紙の写真は駄菓子屋で撮ったんですか?

鳴海 ココアシガレットをくわえて撮影しました。私自身、駄菓子で育った身なので(笑)。今回の写真集は懐かしさがテーマのひとつで、駄菓子屋さんとかおでんとか、皆さんが一度は経験あるようなスポットを結構回りました。

――鳴海さんの世代でも、駄菓子屋ってありました?

鳴海 子どもの頃はありました。大学生になったら、近所の駄菓子屋さんは店じまいしていったので、私より5歳くらい下だと知らないかもしれません。100円でどれだけ買えるか、今思い返すとロマンでしたね(笑)。よっちゃんイカは定番。うまい棒も絶対買って、あとはスルメイカとか、当たりが出るガムとかありましたね。

――懐かしいですね。

鳴海 大人になっても実家に帰ると、スーパーに入っているチェーン店の駄菓子屋さんが、親友と行く定番コース。今はお金を気にせず買いまくって、家で食べるのが至福のひとときですね(笑)。

――いいんですけど、女優さんにしては地味な至福で(笑)。

鳴海 そうですかね(笑)。私はそういうことに一番幸せを感じます。高級レストランとかより、駄菓子やコンビニのスナックのほうが全然いいです(笑)。

――ホウキにまたがって飛んでるふうのカットとかは、その場のノリで撮ったんですか?

鳴海 ふざけずにはいられないタチなので(笑)。小物を与えられたら、モノボケ感覚でやらせてもらいました。

――出来上がった写真集は満足いくものになりました?

鳴海 爆笑している顔とか恥ずかしいくらい素ですし(笑)、自分の好きなものも詰まっています。他では見られない姿が、たくさん載った1冊になったかなと思います。

(C)川島小鳥/玄光社
(C)川島小鳥/玄光社

姫の少女期は想像を膨らませました

――大河ドラマの『どうする家康』で時代劇に初出演となりますが、歴史には興味ありました?

鳴海 高校生の頃は世界史でなく日本史を選択していて、好きではありましたけど、だいぶ時間が経ったので勉強し直しました。のちに小松姫になる稲は戦国時代の有名なお姫様の1人で、情報はたくさんありました。ただ、私が演じる少女期の史実はなくて、想像を膨らませないといけない部分も多くて。

――好きな武将や歴史上の人物はいますか?

鳴海 みんなが知ってる織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ですね。中でも、あの時代にしかない残酷性を持った信長は好きかもしれません。

――時代劇を観てはいたんですか?

鳴海 『必殺仕事人』は大好きでした。小学生の頃、TOKIOの松岡昌宏さんが出演されていた時代に毎回観ていて。高校生になってからの大河ドラマだと、『軍師官兵衛』や前作の『鎌倉殿の13人』が好きでした。

14歳でも精神年齢的には等身大で

――大河ドラマとなると、所作はだいぶ練習するんですか?

鳴海 歩いていて方向を変えるときに着物を捌く動きなどを教わりました。脚を閉じて歩かないといけないとか、畳の線を踏んだらいけないとか、当たり前と言われることも私は知らなくて。それを意識しながらお芝居をする難しさは、現代劇と違って大変ですね。

――所作は意識しなくてもできるくらいにならないと、芝居に集中できないと?

鳴海 それを実感しています。お芝居優先でやらせてはくださいますけど、昔の人がしない動きをしてしまいがちで。たとえば、指を差したりはしないんです。手のひらを広げて手を出すので。あと、所作ではないですけど、台詞以外のアドリブはしにくくて。「えっ」とか現代の言葉だから、ひとつひとつ確認しないといけないんです。

――「ヤバい」とか言わないわけですよね。

鳴海 でも、つい出そうになってしまいます。現代劇だと、台詞と台詞の間を自分のアドリブで埋められますけど、時代劇では簡単にはできません。

――着物におでこを出したかつらは似合っていますね。

鳴海 そう言っていただけますけど、自分では見慣れなくて(笑)。かつらをかぶったら、最初はすごく重くて、引っ張られる感じもありました。昔の人はこんな重い髪の毛を結んで生活していたのかと思うと、それだけで背筋が伸びるというか。かつらをかぶるだけで気持ちが変わるのは、初めてのことで新鮮でした。

――少女期というと、何歳から何歳までを演じるんですか?

鳴海 14歳から18歳で、嫁いだあとも描かれます。最初の登場が14歳で、監督に「私、25歳ですけど、大丈夫ですか?」と話したら、昔の人は若くして嫁ぐから、精神年齢的に今の私のままでいいということでした。だから、そこでは苦労せず、等身大で演じました。

死と隣り合わせで覚悟のレベルが違っていて

――稲のキャラクター的には、大胆で頑固で肝が据わっていると。

鳴海 共感する部分はたくさんありました。ただ、現代を生きている自分とは覚悟のレベルが遥かに違います。常に死と隣り合わせで生きてきた人なので。そういうところは意識しつつ、想像しかできませんけど、強い想いをどんどん上乗せしていった感じです。

――想像力を働かせないといけない部分は多いんでしょうね。

鳴海 そうですね。でも、稲を演じるうえでは、父の平八郎(本多忠勝)の背中を見て育ったことを一番大切にしました。自分が出演する前の平八郎のシーンを観たり、演じてらっしゃる山田(裕貴)さんとお会いして、一歩後ろからお父さんの背中を見る感じにしたり。そんなことをして、役を作っていきました。

――実際は山田裕貴さんとは、親子ほどの年の差はないですよね。

鳴海 8歳くらい上なのかな。全然親子ほど離れていませんけど、山田さんが1年以上、平八郎を演じてらっしゃるゆえの貫禄が出来上がっていたので。背中を見てきた父親のように思うことができました。

フラーム提供
フラーム提供

普段は出せない自分の一部を芝居で前面に

――稲の肝が据わっている部分は、鳴海さん自身とも重なるのでは?

鳴海 やると決めたからにはやり通す覚悟みたいなものは、自分もあるほうだと思います。ちょっと気が強い部分も通じるところがありますけど、普段はそういう部分は親とかにしか見せられなくて。だからこそ、お芝居で普段は出せない自分の一部を、前面に出せたらいいなと思いながら演じていました。

――女優になるために大学を辞めて上京したときは、退路を断って覚悟を決めたんですよね。

鳴海 稲が嫁いだときの覚悟とは比べものになりませんけど、私の人生では大事なターニングポイントでした。基本的には、そんな覚悟ができないチキンで(笑)、女優になりたいと思ってから、すごく時間を掛けて起こした行動です。

――『どうする家康』の現場では、大河ドラマならではのことはありますか?

鳴海 朝ドラにも共通するかもしれませんけど、そんなにカットを割らないで一連で撮ります。カメラが何台もあって、結構長いシーンでも一発で撮り続けるので、「NHKに帰ってきたな」という緊張感がすごくあります。スタジオに行くと毎回セットが変わるのも新鮮ですし、キャストの方々が豪華すぎます。かつ、そんな豪華な方々がどんどん入れ替わって。私も途中から入った身ですけど、そうやってお話が進んでいくのは、他のドラマではなかなかないですよね。

(C)川島小鳥/玄光社
(C)川島小鳥/玄光社

長い目で見て焦るより1コずつ紡いで

――2年前の取材では「日本の映画が海外の作品と肩を並べる力になりたい」と話されていました。

鳴海 1人でも多くの方に作品を通じて希望を与えたい気持ちは、今もずーっとあります。そういった意味で、日本の作品がどんどん世界でも認められたらいいなと思いますし、自分自身も日本の作品で世界に行きたい想いはすごく持っています。それは変わっていません。

――最近刺激を受けた海外の作品もありますか?

鳴海 日本では絶対作れないかもしれないと思ったのは『バビロン』です。どれだけお金を掛けているのか(笑)、本当に衝撃を受けました。そういうとんでもないスケールの映画を観ると、悔しいほどすごいと思いますし、大きく言えば同じ世界でこんな素晴らしい作品があるならと、可能性も感じられて。自分もまだまだ頑張らなければいけないと、刺激になりました。

――日本の作品もご覧になっているんですか?

鳴海 そうですね。邦画でも洋画でもエンタメが大好きなので、ジャンルも関係なく気になったものを観ています。基本的には脳みそを使わず(笑)、ただ楽しんでいて。『君たちはどう生きるか』も賛否あると聞きますけど、私はすごく面白かったです。宮崎駿監督の集大成というか、あのシーンは『千と千尋の神隠し』のあそこに似ているとか、純粋に楽しめました。

――鳴海さんは今年25歳になりましたが、20代後半をどんな時期にしていきますか?

鳴海 ずっとこのお仕事を楽しいと思っていたいので、目の前のことをていねいにやっていくのが目標です。30歳やその先も続けるための土台作りをしていきたいですね。長い目で見たら、焦るより1コずつ紡いでいくほうが大事だと思います。

(C)川島小鳥/玄光社
(C)川島小鳥/玄光社

Profile

鳴海唯(なるみ・ゆい)

1998年5月16日生まれ、兵庫県出身。

2019年にNHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』でドラマデビュー。主な出演作はドラマ『ムショぼけ』、『すべて忘れてしまうから』、『ひともんちゃくなら喜んで!』、映画『偽りのないhappy end』など。大河ドラマ『どうする家康』(NHK)に9月17日放送の第35回から出演。

鳴海唯 1st写真集 『Sugarless』

撮影/川島小鳥 発行/玄光社 定価/3300円(税込)
撮影/川島小鳥 発行/玄光社 定価/3300円(税込)

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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